第41話 特機隊、結界内へ

 ヘルメットを両手で押さえて全員が顔を伏せている中、七宝しちほうだけは立ち上がって編み上げブーツの踵でリズムを刻む。


「三、二、一、ハイッ! みんな入りますよー!」


 七宝は蠅たちが結界けっかい内に入る寸前、足元の百足むかでが瞬間だけ結界を切断することをんでいた。理由は聞かず、緒方おがたたちは七宝に続いて前転をするように思い切って転がった。


 硬質ゴムさながらの弾力を持つ結界であったが、珠三郎たまさぶろうの遠隔操作によって切断され、蠅たちが中へ入ると同時に再び膜が張られた。


「ふーっ」


 緒方は息を吐きながら、すぐに片膝をついて周囲に気を配る。他の隊員もそれぞれが違う方向に視線を飛ばす。


 投光器によって浮かび上がる採掘穴。すぐそばにはプレハブの小屋があり、数台のワンボックスカーにベンツが停まっている。左側には金色矢遮こんじきやしゃによってドロドロに融かされた子疫鬼こえききたちの残骸が、金色と緑色の淡い光を反射していた。


 そしてたったひとり、泥だらけのスーツで気絶しているベクをその近くに発見する。


 せりは小銃を用心深く構え、その後ろに金剛寺こんごうじが続く。金剛寺は左手に藪鮫やぶさめと同じ土蜘蛛つちぐもを持っていた。


 ベクは口を半開きにし、目を閉じている。芹は小銃の銃口でベクの身体を突く。


「副隊長、こいつがですかねえ」


「そうだな。どうやら息はあるみたいだが」


 金剛寺はしゃがんでベクの身体を念入りに探る。


「目を覚まして逃げられると困るな」


 ベルトに取り付けている手錠をベクの両手にかけながら、金剛寺は言った。インカムで緒方に伝える。


「そうか、キタの野郎かい。だったら手錠だけでは、ちと不安だな。“塗壁ぬりかべ” で固めちまえ。作戦が終了したら、公安にしょっぴいてもらおうぜ」


 金剛寺はベルトから十センチほどの銀色の筒をはずすと、ベクの身体に筒の先を向けた。


 シュッと音がして、勢いよく霧状の白い粉がベクの身体にまんべんなくまかれる。粉はすぐに固まっていった。


「これでよし」


 金剛寺は芹を見ながらうなずく。


「藪鮫はあの穴の中にいる。祀宮まつりみやっ」


 緒方は声を掛け、穴を指さした。祀宮は前傾姿勢で走り、穴の中へ飛び込んだ。

 緒方の肩を七宝が無言で突いた。振り返った緒方に、七宝が右手方向を指さす。


「あれは?」


 投光器の光から遠く離れた所を、数人の人影が走っていた。


「私、追いかけますねえ」


 七宝は緒方に告げると、足音を殺して駆けだした。


「あっちは七宝に任せるか」


 緒方は立ち上がると穴に向かって走る。


 重機によって穿たれた広い空洞。中心部には疫鬼が潜る際に抉った土が山盛りになっていた。


 藪鮫はうつ伏せで横たわっており、祀宮が携行している医薬品で手当てをする。そこへ緒方と芹、金剛寺が土を蹴って飛び降りてくる。


「祀宮、藪鮫の容態はどうだ?」


「ああん、やっぱり素敵だわぁ、藪鮫保安官って。傷ついた身体を私が優しく介抱してあげる」


 妖艶な口調ながらも、確実に応急処置を施していく。


「骨折はないようですわ。このスーツのお蔭でしょうね。そうそう、こんな時には」


 祀宮は背負っていた黒いリュックから、小さな赤い箱を取り出す。中には栄養ドリンクのようなアンプルが入っていた。


「これは懇意のエクソシストから頂戴した、とっておきの秘薬」


 金剛寺が眉をしかめる。


「それは、なんだい?」


 祀宮はややエロティックな目つきで、アンプルをながめる。


「とても強力な滋養強壮薬ですの」


「って、まさか男女がをいたす時に用いるアレか?」


 緒方の言葉に、祀宮はキッと睨む。美しい顔立ちだけに、緒方でさえ祀宮の目力にはかなわない。


「隊長、これは “人魚の涙” と呼ばれるもので、エクソシストが悪魔と闘って傷ついた時に服用する回復剤ですのよ。

 ったく、本部に戻ったら、セクハラで人事部に訴えますから」


 緒方はあわてて両手を合わせて

「す、すいません!」と謝罪した。祀宮は苦笑を浮かべて藪鮫を上向けにし、首を優しく支えるとその口に薬をふくませた。


つづく

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