第44話 “敷次郎” 現る
芹は持ち前の勘の良さがあった。危険物をあらかじめキャッチできるのだ。土に隠れた尖った岩や、切り株の類は無論の事、妖物についてもその出現を予知できる。
「うんっ?」
小銃を両手で持って駆けながら、芹の勘がアラートを鳴らした。
ズザザザーッ!
芹の向かう前方の大地が音を立てて吹き飛んだ。すかざす芹は斜め左の草原に転がり、インカムで後方を走る仲間に叫んだ。
「正体不明の物体出現―っ」
芹は片膝をついて小銃を構え、暗視ゴーグルを通して対象物を確認する。
土煙を上げて大地から姿を現したのは、
「えっ? こいつは」
芹は銃口を向けた。頭部が異様に大きな人間もどきであった。ザンバラ髪からのぞく双眸は燐光を放っており、つぶれた鼻の下には唇のない大きな裂け目があり、むき出した乱杭歯が、ガチガチと嫌な音を立てている。
土だらけの
「それは “
緒方がインカムで叫ぶ。
敷次郎とは、炭鉱で亡くなった多くの人間の霊が変化した妖物である。
「どうして敷次郎がここに?」
藪鮫は前方を見つめ言った。敷次郎は大きな口を開けると、芹に向かって飛びかかってきた。
「気をつけろっ、そいつに噛まれた傷は、祀宮でも治せねえ」
緒方は怒鳴りながら土蜘蛛を構えて走り出す。
芹は小銃を撃ちながら敷次郎から距離を取る。弾丸は敷次郎の身体を撃ち抜くが、むろん鉛の塊が妖物にダメージを与えることはない。
「チッ」と舌打ちした芹は、小銃の
芹の背後から緒方も、銀色に輝く鋼鉄よりも堅い糸を撃ち出す。
ハリネズミのようになった敷次郎は芹の数メートル手前で、ドウッと大地に倒れた。
「隊長っ!」
緒方は金剛寺の大声に振り返った。
「な、なんじゃあ? これはっ!」
緒方の目に、数体の敷次郎が土中か
らゾンビのごとく現れ始めている姿が写った。芹は土蜘蛛を持った腕を振りながら走りだす。そこへ斥候に行っている
「隊長、まだですかぁっ」
「どうしたぁ、七宝」
緒方も引き返しながら問う。
「疫鬼が姿を見せたんですが、増えてますう!」
七宝の切羽詰まった声に、緒方は唇をかんだ。地上に出現した敷次郎は五十体以上になっており、金剛寺たちは土蜘蛛で応戦しているが数で圧倒されそうだ。
「おりゃああっ」
緒方は大声で怒鳴り、向かってくる敷次郎たちに土蜘蛛の糸を連射する。
「藪鮫―っ」
人魚の涙によって体力が回復した藪鮫は、祀宮と背中合わせになり襲い来る敷次郎を撃ち倒していた。
「ここは俺たちに任せろ。おまえは民間人の救出に向かってくれ!」
七宝の報告はインカムを通して全員が聞いている。祀宮は藪鮫にうなずく。
「了解です! あとはよろしくっ」
藪鮫は土蜘蛛から
九尾剣は鞭のようにしなり、敷次郎を斬り棄てた。藪鮫の背後を狙う敷次郎に、祀宮が銀色に輝く糸を発射する。
倒れた敷次郎の腹部の土が盛り上がり、新たな敷次郎が大きな口を開けて飛び出してきた。
「けへっ、こりゃあ全国の敷次郎が集結しちまったな。疫鬼の野郎が現れて、それに吸い寄せられたか」
緒方は獲物を狙う猛禽類のごとく、目を光らせ口元をつり上げた。
つづく
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