第23話 霞が関の検非違使庁

 東京都とうきょうと千代田区ちよだく霞が関かすみがせき、文部科学省のあるビル。その部屋は喧噪に包まれていた。


 警察や消防本部の指令センターを小さくしたようなルーム内には十名ほどの黒い制服を着用した職員たちがヘッドセットを装着し、長いテーブルにそれぞれ設置された画面や通信設備でやりとりをしている。


 壁には大型の液晶画面が備えられ、詳細な地図が写しだされていた。


 室内を見渡せる机にはスーツ姿の佐々波さざなみが座り、職員から告げられる報告に対応していた。


岐阜ぎふ県下の警察及び消防には、すでに指揮権が我々に移譲されていることは連絡済みだ。緊急の出動以外にはすべてこちらの指示に従うように、警察庁及び総務省から通達が出ている。

 現在岐阜県O市で発生した事案については、駐在武官の藪鮫やぶさめから逐一報告が入る。

 木下きのした!」


 佐々波の大きなよく通る声が響く。


「はい!」


 テーブルで画面をみつめる女性職員がふりむく。


「特別機動部隊の状況を報告せよ」


 二十歳代の若い木下は画面に目をやりながら佐々波に告げる。


「N空港に待機中の第三方面特機隊は、いつでも出場可能です」


「よし、ただちに現地へ向かわせろ。藪鮫の情報によれば、今回は疫鬼えききと呼ぶ妖物だ。全員完全武装の上、すぐに出場!」


「了解しました!」


 木下は通信用のカフを上げた。


 佐々波の後ろに合羅ごうらが現れ、腕を組んで壁の画面をながめる。


「まあ藪鮫くんがO市に居てくれてよかったわねえ。

 検非違使庁けびいしちょう地区保安官の中でも、抜群の腕の持ち主だからね」


 合羅の言葉に佐々波は相槌を打つ。


「ただ今回は、後ろで糸を引く連中が気になりますな」


 そこへひとりの職員が資料を持って走ってきた。


「副長、外務省と警察の外事課よりたった今送られてきました」


 佐々波は資料に目をやった。


「ほうこれは」


「どうしたい、佐々波くんよ」


 合羅にその資料を渡す。


「今回はやはり自然発生ではありませんでした。こやつらが我が国に不法入国し、あの妖物を甦らせたようです」


「キタの情報員だね。そうか、疫鬼ってえのは元々この大和やまとの国におわす荒ぶる神じゃないからね。どうやって朝鮮半島からあんな物騒な妖物を持ちこんだのやら」


「はい。それと藪鮫が送ってくれた写真の女を、バチカンの情報部に問い合わせてみたところ、薩満シャーマンではないかとの回答を得ています」


「つまり呪術師ってかい。これまたやっかいさね。すっかり絶えたと思っていたのに、まだいたのかい。我が国にはもう陰陽師おんみょうじなんていないからねえ」


「所詮はいにしえやからです。検非違使庁の近代呪法であれば殲滅せんめつは可能でしょう」


 佐々波の言葉に、合羅はうなずく。


 検非違使庁とは平安時代に、非違(非法、違法)を検察する使者として設置された、もしくは平安初期に設置された令外りょうげの官である。


 京都の犯罪・風俗の取り締まりなど警察業務を担当し、訴訟・裁判をも扱って強大な権力を持ったとされる。平安後期には諸国にも置かれたが、武士が勢力を持つようになって衰退したという。


 しかしその実態は時の権力者から極秘に引き継がれていった。


 日本には他国にはみられない多くの神が存在している。八百万やおよろずの神々だ。神といってもすべてがこの地に暮らす民の味方ではない。荒ぶる神、その眷属けんぞくである悪鬼や妖物もまた多く存在している。


 検非違使庁はその悪行から人々を守るために、影となり今日まで戦ってきているのであった。


 現在は文部科学省の一庁として存在しており、彼らの任務は常に極秘裏に遂行されていた。そして今回のような有事の際には内閣総理大臣の直轄機関となり、防衛攻撃のすべての指揮権が移譲されるのであった。


つづく

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