第35話 “土蜘蛛” の糸

 藪鮫やぶさめはホルスターから拳銃を取り出した。一見、陸海空自衛隊員が通常装備しているSIG社の九ミリ拳銃のようだが、全体が濃い紫色に塗装され、銃口マズルにはレンズのような球体が組み込まれている。


「さすがに “天狗筒てんぐづつ” を使っちゃうには躊躇ちゅうちょするからなあ。この “土蜘蛛つちぐも” でなんとかしてみるかな」


 藪鮫は言いながら土蜘蛛と呼ぶ火器を疫鬼えききに向けた。トリガーを弾くと、先端の球体がカッと発光し、数十本の光る超極細の金属糸が矢のように放たれた。弾丸同様の速度で飛び、疫鬼の身体に突き刺さる。


 糸は鋼鉄よりも堅い。厚さ十センチの鉄板でも軽く突き通す。


 グワラアァッ!


 疫鬼は立ち上がったまま骸骨の頭部を上に向け叫んだ。藪鮫は走りながら次々と糸を発射していく。 “金色矢遮こんじきやしゃ” の蛇は親疫鬼に対し無効であったが、土蜘蛛は疫鬼の動きを止める効果があったようだ。


 それを横目にリンメイは宙を舞い、鋭く伸びた爪で疫鬼を引っ掻く。


 ハリネズミのように糸を打ちこまれ、疫鬼はどすんと尻を落とした。うごめいていた数十本の尾が音を立てて大地に投げ出される。


「やったか!」


 藪鮫は油断なく、ライティングに浮かぶ疫鬼を注視する。

 リンメイは地面を蹴り宙に舞うと、疫鬼の顔めがけて爪を伸ばした。


 ブゥンッ!


 いきなり一本の尾がうなりを上げてリンメイの身体を叩く。


「ギャッ!」


 ふいを喰らったリンメイは、くの字になったまま吹き飛ばされた。


 疫鬼の身体が細かく揺れ始めた。一本、また一本と打たれた土蜘蛛の糸が疫鬼の身体から抜けていく。みるみるうちに何百本もの硬質の糸が大地に落ちていった。


「へえっ、さすが超疫鬼、ってかな。困ったもんだぁ。大抵の妖物はこの土蜘蛛の糸で封印できるんだけどなあ」


 検非違使庁けびいしちょうの対妖物保安官たちは、神宮じんぐうで清められた “土蜘蛛” の糸を武器として使用する。なんといっても、神宮は天照大御神あまてらすおおみかみを主祭神として祀り、神階のない、すべての神社の上に位置する最高神社である。


 藪鮫はさして深刻な表情を浮かべていない。


「仕方ないかあ。やはり “天狗筒” を使わざるをえないか」


 土蜘蛛をホルスターへ素早くもどすと、ベルトの後ろへ手を回した。


 その時、いきなり藪鮫の立つ足元の土がはじけ飛んだ。地中から疫鬼の尻尾が飛び出し、藪鮫の身体を跳ね上げたのだ。


 うつむいていた疫鬼が顔を上げた。スクッと立ち上がる。空中でバランスを崩した藪鮫は大地に激突した。寸でのところで受け身を取り、衝撃を分散したもののすぐには起きられないほどのダメージをくらってしまった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る