第48話 珠三郎と磯女
「おおっ、どうしたことぞ! 光っておるではないか」
赤い石は発光していた。
リンメイは尾の攻撃を避けるため、天井から吊るされたクレーンの鎖に跳びついていた。その目に、小さな赤い光が写った。
「ま、まさか! あれは」
地上ではナーティと
「その石は!」
「これを知っておるのか」
リンメイは油断なく三人を見まわす。そして、コクリとうなずいた。
「師から教えてもらっていた、疫鬼を操る石」
「これの使いかたは?」
「知っている」
オオッと五条は安堵の息を漏らした。
「だけど、あいつの武器である尾が
リンメイは悔しげにうつむいた。
「タマサブッ!」
珠三郎とぬえのインカムに、ナーティの悲痛な声が響いた。
「まったく歯が立たないわよっ。ワタクシの愛刀で受けるの精一杯、蛇でも何でもいいから、どうにかしなさいな!」
疫鬼はゆっくりと歩き始めている。ナーティと
「ぐへへっ、ナーティ嬢に頼まれたんなら、ボクとしては動かざるを得ませんなあ」
座っていた珠三郎がすくっと立ち上がった。わっさぁと髪が波打つ。
「せっかくボクに懐いてくれていたんだけどなあ。まあ、仕方ないか」
珠三郎は黒髪をなでながらつぶやいた。
「悪いけどさあ、友人を助けなきゃいけないから。協力してねえ」
ぬえ、五条、リンメイは驚愕の表情を浮かべた。珠三郎の長い髪がズルリと垂れ下がり、床のコンクリートに落ちたのだ。大量の髪が珠三郎から抜け落ちた。だが珠三郎の頭部には、オカッパヘアが残っている。
「こ、これは」
五条は床に落ちた長い不気味な髪を見つめる。珠三郎は自慢そうに鼻の穴をふくらませた。
「ぐへへっ。じいさまは “
ぬえは背中に
「そ、それを、なぜ風船オタクのおまえさんが?」
「うん。半年ほど前に九州へ出かけた時に、この子がボクを襲ったの。ところが天才であるボクの血をすこーし吸っただけで、びっくりしたんだろうねえ。
それ以来ボクの頭から片時も離れようとしなくてさ。多少血を吸われたほうが、ボクの脳の活性化にもなるし。まあいわゆる共存ってやつ? すっかりボクに懐いてるから、いつも一緒にいるんだ」
ニタニタ笑う珠三郎を、コワいモノでも見るようにぬえと五条は距離を空ける。
「さあ、猫娘くん」
「リンメイだ」
「この子が今からあやつの尻尾を押さえるから、その間にチャッチャッとやっておくれよ」
リンメイは顔を疫鬼に向けた。その手にぬえが赤く光る石を握らせた。
「さあ、いい子だから、あそこにいる化け物の尻尾をぐるぐる巻きにしちゃってきて。
えっ? もちろんもどってきたらたっぷりとご馳走してあ・げ・る」
珠三郎の言葉を理解したのか、もずくの塊のような長い黒髪がコンクリートの床をすべりだした。
「ナーティ嬢、今援軍を向かわせましたからな」
「ハアハア、えっ? 援軍って、今度は
「うーん、はずれ。
「ケ? ケってなにさあ!」
「いいからいいから。その後に猫娘、じゃなかった、リンメイちゃんがそいつを制御しにいくからね。合図したらそこにいるミリタリーのサバイバルごっこしている二人と退避してちょうだいねえ」
ナーティは珠三郎の言っていることがまったく理解できなかったが、もう腕の感覚がなくなってきているほど疲労していた。
疫鬼は追い打ちをかけるように、三人に攻撃を加えている。床を蛇のように這う磯女には気づいていない。
リンメイは赤い石のついた鎖を口にくわえ、走りながら鉄柱伝って天井の梁へ登る。
「七宝くん! もっと下がって。土蜘蛛の糸も無限じゃない。いざって時に取っておかないと」
藪鮫は九尾剣で防戦しながら叫んだ。
「はいーっ、そのつもりなんですが、エヘッ、弾切れになっちゃいましたあ」
七宝は光らなくなった
「ヒエーッ」
七宝は動けなかった。
「くそっ」
藪鮫は駆けつけようとするが、何本もの尾が縦横無尽に襲ってくるため身動きが取れない。七宝がしゃがみこんで、両腕で頭を押さえた。
シュルルルッと床から黒い影が走った。磯女が長い髪をその尾に巻きつけた。すぐに何千もの細い黒髪が伸びて、疫鬼の他の尾に吸い付くように巻き込んでいく。
「えっ」
やられたと思った七宝は片目を開けて、ちらりと仰いだ。大量の黒髪が次々と疫鬼の凶器にからみついていく。それも相当強力であるらしく、疫鬼の尾が強引に髪によって束ねられていった。
「ケって、毛のこと?」
ナーティはその様を見つめ、口を開いた。疫鬼の脚が停まった。何十本とある尾がすべてまとめられていっているのだ。
藪鮫も口をポカンと開けたまま、立ちすくんでいた。磯女はさらに四方の鉄柱や天井の梁に髪を伸ばし、ロープを巻きつけるようにして完全に疫鬼の行動をストップさせてしまった。
疫鬼の細長い腕が伸び、磯女を引っ張りはがそうともがくが、絡みついた髪は一本も切断できない。
リンメイは疫鬼の真上の梁の上に立ち、くわえていた鎖を取ると赤い石を手のひらに乗せ、呪法を唱える。発光する赤い石が、さらに輝きを増す。
石から赤い光の筋が放たれた。レーザー光線を照射するように、疫鬼の頭部に当たる。
「動きが止まったわ」
ナーティはつぶやいた。カチューシャ型のインカムから珠三郎の声が聴こえた。
「今のうちに、サバイバルチームの二人を連れてさ、そこから離れたほうがいいかもー」
はっと我に返ったナーティは、その光景を見つめている藪鮫と七宝の肩を叩いた。
「離脱するわよ」
二人はうなずくと、静止している疫鬼から視線をはずさずに後退する。
ナーティに引っ張られ、珠三郎たちのいる場所まで退避した。
「ここからどうするのかしら」
ナーティは誰にでもなく口にした。珠三郎は思案気な表情を浮かべ、もぞもぞとリュックを漁り出した。中から取り出したのは、薄い光沢のある絹を織った布である。
「どうなるかわからないから、とりあえず安全策として」
珠三郎は両手でその布を広げた。ふわりと広がった布は、五メートル四方はあろうか。
「この中にみんな入ってもいいよ、なるべくくっついてね。グヘヘッ」
全員顔を見合わせながらも、肩を寄り添うようにしゃがむ。ふぁさっと布が頭からかぶせられた。ナーティと七宝は左右から藪鮫の肩に頭を預ける。二人の目が合い、一瞬火花が飛んだ。
藪鮫はそんな二人の肩を両腕で抱える。ぬえは五条とくっつき、珠三郎だけは誰もがなるべく接地面積が少なくなるように遠巻きにした。
「この布って、もしかして “
七宝は衣を指でなでながら問うた。
「ピンポーン。よくご存じですなあ」
「って、これは北陸のとあるお寺から、苦情が来てましたよぉ。なんでも口八丁手八丁で丸め込まれて、ただ同然でだまし取られたって。この織衣はあらゆる災難から守る、世に一枚の貴重な国宝級の品物ですよ」
「ワッハッハッ。それは解釈の違いですなあ。ボクは正当な代金をお支払いいたしましたから」
珠三郎は愉快そうに笑った。
「ちょっと、アンタの笑い声はでかいんだから静かにしてよね。
あっ、うっすらと透けて見えるけど、赤い光がどんどん強く大きくなってきたわ」
リンメイは額に汗を浮かべ、疫鬼を封印する呪法を唱え続ける。
鉛筆の芯ほどの太さであった赤い光が、今では茶筒ほどになってきている。本来この赤い石は疫鬼が甦る前に、その光を当てていなければならなかったのだ。これだけ巨大化した後に使用すればどうなるのか、リンメイは知らない。
だがやらなければならない。
つづく
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