第40話 百足と黒蠅の式神

 ホバーリングしているヘリコプターから一本の牽引けんいんロープが下がり、先にせりがそれを伝って降りた。採掘現場から三十メートルほど離れた木々の繁る麓のそばだ。


 芹はロープの先端を持ってインカムで、緒方おがたに続けの合図を送る。

 七宝しちほう祀宮まつりみや金剛寺こんごうじ、そして緒方がロープを伝って素早く大地に降り立った。全員しゃがみ、周囲の気配を探る。採掘場の投光器が掘られた穴を照らしているため、林付近は影となっている。


 五人はそれぞれ荷物を背負っていた。ロープが機体に回収されると。緒方は無言で前方を指さす。どう動くかはすでに連携ができている。やはり芹が背負った八十九式小銃を構えて、姿勢を低く保ったまま走り出した。


 目に見えぬ結界けっかいのバリアが張り巡らされている。

 芹はヘルメットのゴーグルを目の位置におろし、枠にあるボタンを押す。


「へえっ、これは凄いな」


 思わず声に出す。ゴーグルは霊波れいはを視覚に変えることができる。芹の目には珠三郎たまさぶろう百足むかで式神しきがみを使って張った結界が、紫色の膜として映っていた。


 芹は後方を振り向き、腕を軽く振る。その合図で残りの四人が素早く移動してきた。ゴーグル越しに前方を注視する。


「こいつは強烈な結界だな」


 緒方の嘆息交じりの声に、金剛寺がうなずく。


「並みの術者じゃあないってことですね。その民間人たちは」


 祀宮はそっと紫色の幕に触れる。固いゴムのような感触である。

 緒方は背負っていた大きな布袋を地面に置いた。


「ふん。どんな結界であろうと、闇土竜やみもぐらを使えばどうってことないさ」


 布袋に手を入れた時、しゃがんでじっと見つめていた七宝が素っ頓狂な声を上げた。


「あれえ、ここに百足さんがいるわ」


 指さす土の上に、全員の視線が注がれた。

 大地には長さ十五センチほどの百足が、その場で幾本もの腿節を懸命に動かしていた。


「ははーん、この百足さんを使って結界を形成してるのかもしれないわね」


 七宝は嬉しそうに百足の腹部を指でつついた。形の良い眉をしかめて祀宮がうめく。


「七宝、あんた気持ち悪くないの?」


 えっ? と不思議そうな表情で七宝は祀宮を見る。金剛寺は苦笑を浮かべた。


「まあ七宝は “蟲讀むしよみ” でもあるからなあ」


「さあ、無駄口きいてねえで始めるぞ」


 緒方が言うと、七宝は首を振った。


「隊長、闇土竜を使わなくてもこの中に入れそうですよぉ」


 七宝はふいに後方の夜空を見上げた。そして指さす。


「ほらあ、別の式神さんたちが来ましたよ」


 全員の視線がそちらを向いた。祀宮は「ヒッ」と悲鳴を漏らした。


 上空の彼方から真っ黒な雲が、猛スピードでこちらに向かってきているのだ。それは雲ではなく、珠三郎が哨戒のために放っていた何千匹もの黒蠅の大群であった。


 ウワーンッと羽音を響かせながら、まっすぐに飛んでくる。七宝をのぞく全員が戦慄した。


 蠅の大群は速度を緩めることなく、緒方たちのいる所へ突っ込んできた。


つづく

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