第14話 ハートのカチューシャ

 畳の上に腹ばいになってタブレットの画面を見つめる珠三郎たまさぶろうの左右に、ナーティとぬえは同じように腹ばいになっている。


「何を言い合ってるのか、まったくわからないわ。アンタ、これはマイクとか付いていないの? えっ、ないの? 使えないわねえ」


 ナーティの嫌味をさらりと流した珠三郎は、横のぬえに顔を向ける。


「おばば、あの不思議な女子が魔法みたいに作業している人たちを気絶させちゃっていたけど、あの白髪のじいさまが何とかゲンゴローだったっけ」


「うむうむ、さようじゃ。げんちゃんに間違いないわい。しかし一瞬にしてあれだけの人数を相手に、まるで遠当とおあての術を使ったように倒すとはのう」


 ぬえは感心した口調で言った。


 珠三郎の飛ばしたドローンは遠隔操作によって金生山きんしょうざん一帯を俯瞰ふかんし、そして採掘現場を探し当てた。様子を観るため三百メートルほど上空でホバーリングしながら、カメラアイが詳細映像を送り続けていたのである。


「あら、黒いベンツが走って来たわ」


 ナーティは液晶画面を指さす。


 小笠原たちが驚く様子、百目がピストルを取り出す映像が映しだされる。


「なにやら言い合っていたみたいじゃな」


「うーむ、ここからどういう展開になるのかボクの頭脳で予測してみようかな、かな?」


 ナーティは巨体を畳の上に立たせた。


「ちょっと、アンタ、そんな将棋の勝負じゃないんだから悠長なこと言ってないでっ」


 ナーティは珠三郎の荷物から距離を取って置いていた、自分の荷物に近寄る。壁に立てかけていた日傘を手にした。


「さあ、タマサブ、行くわよ!」


 珠三郎は畳に肘をつき、ぶつぶつつぶやいていたが、やおらのっそりと立ち上がった。


「なーるほどねえ、うんうん、そうかも。プププッ」


 口元に手を当てて笑いを押さえようとしている。どうやら脳が描いたシミュレーションを頭に思い浮かべているようだ。ぬえは慣れていないせいか、珠三郎の奇行にポカンと口を開けたままである。


「そうとなれば作戦『シータ』でいきますかな」


 長い髪をひるがえし、珠三郎は荷物を置いた玄関わきにスキップで進んだ。


「おばあさま、ワタクシたち、ちょっと出かけて参りますわ。ここでお待ちになっていてくださいな」


 ナーティの言葉に、ぬえも「よっこらせ」と立ち上がった。


「道案内が必要じゃろうて。わしが案内してしんぜよう」


「大丈夫よ、おばあさま。タマサブなら世界中どこへでも案内なしでいけるはずですから。

 ねえ、そうでしょう」


 ナーティは玄関わきに座り込んで持参したスーツケースから、大量の下着を引っ張り出している珠三郎を振り返った。しかし完全に自分の世界に入り込んでいる珠三郎の耳には届いていないようだ。


「そう年寄り扱いするもんでもないわいな。どれ、足代わりに誰かの車でも借りてくるとするかい」


 ぬえは杖を持つと、よちよちと玄関から出ていく。


「準備万端、いざ出陣―っ」


 珠三郎は素っ頓狂な声で叫ぶ。ナーティはその姿を見て驚愕の表情を浮かべた。


「アンタ、今度は何するつもり?」


 頭にはピンクのハートが二つ、バネで揺れているカチューシャを、両肩に金属のベルト製で抱っこひもを装着していた。


 胸元にはタブレットが組まれたアームにセッティングされ、背中には折りたたまれたノートブックPCらしき物体が同じようにアームに固定されている。


 そして腰には金属のベルトが巻かれ、電気工事技師のように用途不明の器具が何本もぶら下がっていた。


「はい、ナーティ嬢」


 珠三郎が差し出した手には、ブルーのハートが二つ付いた、カチューシャが握られていた。


「ちょっとお、オヤジたちの忘年会じゃないのよ。こんなプラプラした玩具なんてワタクシの美意識に反するわ」


「これはねえ、無線通信用のインカムじゃーん。骨伝導だから大抵の場所でもやりとりできるしー」


「だったらこんなバネ付きハートなんていらないじゃないさ!」


「みやびちゃんには、かわいーってウケるのに。やっぱり本物のカワイイ女の子と、できそこないのオカマじゃあ感性がちが」


 最後まで言わせずに、ナーティはカチューシャをふんだくった。


「華麗な乙女には、ブルーよりもパープルのほうが似合うってことよっ。それになんでも“みやびちゃん基準”だなんてオタクの鑑ね!」


 ナーティは眉間にしわを寄せたまま、カチューシャを頭部に装着した。


つづく

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