第8話 イケメンばかりの秘密苑

 ナーティと珠三郎たまさぶろう、そしてレイの師匠であるぬえを乗せたレクサスは、藪鮫やぶさめの運転によって市内の国道を走っていく。


「今日は道路が空いているから、十分もかからないと思うよ」


 ハンドルを握りながら藪鮫は言った。

 車内は空調が効いており、コンポからはなぜか演歌が流れている。


「イッちゃんはわしの音楽の好みを、よーく知っていてくれるからのぉ」


 ぬえは振り向いて、ナーティに自慢げに言う。


「サブちゃんはワタクシも好きですのよ、おばあさま」


「ほほほっ、意見が合うの、オカマさんよ」


 ナーティは聞こえないように舌打ちし「ナーティとお呼びくださいな」と、やや険のある声音で返す。


 レクサスは水郷すいごう街道を南下し、東海道新幹線の高架をくぐると左折した。

 O市民会館が見えたところを右折する。


「さあ、到着じゃ」 


 赤レンガで作られた洒落しゃれた外塀の奥に建つ五階建ての高級マンションが、車窓に写る。


「あらっ、とても立派なマンションですこと!」


「うーむ、これをアパートと呼ぶには、解釈の相違がありますなあ」


 ナーティと珠三郎は驚いた。


「あははっ、そうなんだよう。ここらじゃあまりないよねえ、こんな立派なマンションはさ。中もとっても素敵なんだよ」


 藪鮫はマンションに並行して建っている立体駐車場前に車を停めた。

 ナーティは「よっこらしょ」と後部席から降りると、マンションを見上げる。


(各階五ルームとして二十五室。ここらのお家賃の相場は知りませんけど一室十万円として、えっ、二百五十万円! ? んまあーっ、なにが年金じゃ足りないって!)


 自身も飲食店の経営で荒稼ぎしているのであるが、欲深さでは誰にも引けを取らない自信を持っているナーティであった。


「おばばはどの階に住んでんの?」


 珠三郎は荷物を降ろすのを藪鮫に任せたまま、見上げる。


「わしは大家じゃが、独身を謳歌しておるでの」


 ぬえは曲がった背を伸ばすようにして五階を差した。


「へえっ、五階かあ」


「いや、その上じゃな」


 珠三郎は細い目でぬえを見た。


「もしかして、ペントハウスゥ?」


 ぬえはうなずいた。


「さあみんなぁ、荷物を運ぶよぅ」

 

そのほとんどが珠三郎の荷物であったが、藪鮫が器用に両手でトランクを移動させていく。


 マンションのエントランスホールは、シティホテルを彷彿とさせるお洒落な内装であった。自動ドアを入ると大理石の女神が出迎えてくれる。フロアにはゆったりとくつろげるソファセットが合計で三つ。


 ナーティは足を踏み入れるなり、感嘆の声を上げた。


「まあっ! なんて素敵な殿方たちが、あっちにもこっちにも」


 マンションの住人であろうか、二十歳代から三十歳代とおぼしき男性たちが六名ほどソファにくつろいで談笑しているのだ。スーツ姿あり、ラフなシャツにパンツ姿あり、しかも全員モデル並みの美形の若者たちであった。


「あっ、ぬえちゃんのお帰りだ」


「お帰りなさーい、マイスイート」


「ぬえちゃん、お疲れさまっ」


 イケメンたちが気づいて声をかけてくる。


「なんだ、今日も市丸さんがぬえちゃんを独占してるんだ」


「ぬえちゃん、今度僕のフェラーリでドライブしようよ」


 ぬえは「フホホホッ」と奇妙な笑いかたをしながら、よちよちと杖をついて歩いていく。

 ナーティは紅潮した顔で藪鮫を振り返った。


「ま、まさか、このマンションって」


「うーん、そうだねえ。ここは独身の男性限定の賃貸マンションなんだよー。みんな若いけど、会社経営やデイトレーダーなんかで結構稼いでいる連中さ」


 藪鮫はソファでくつろぐ住人達と挨拶を交わしながら、エントランスホールの奥にあるエレベーターホールへ荷物を運んでいく。


 舌舐めずりし、今にも若者たちに飛びかかりそうに身構えているナーティを後ろから押し、珠三郎はつぶやいた。


「牧歌的なルンルンの場所に、腹を空かした猛獣を放り込んだらどうなるのか? グフフッ、今夜このマンションは阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄に変わるかもー」


つづく

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