第4話 車中のナーティとタマサブ

 電車の車窓から、初秋の陽射しを受けた田畑や住宅地が見える。


 愛知県あいちN市から隣接する岐阜県ぎふけんO市へ向かう、ジェイアール東海道本線新快速。平日お昼前の乗車率は五割ほどである。


 車両の中ほどに、珍妙な乗客が向かい合わせに座っていた。


 シックなブルーの丈の長いワンピースを着たナーティと、黒い作務衣姿の珠三郎たまさぶろうである。


 ナーティは窓側に、珠三郎は通路側に腰を降ろしていた。


 ナーティの巨体は二人掛けの椅子をほほ独占しており、珠三郎は大きな旅行用スーツケースを二つ、動かないように押さえている。


 しかも横の窓側のシートにもいつものリュックサックと、今は見かけない半円形型紺色マジソンバッグをパンパンにふくらませて載せている。


「アンタさあ、アフリカへ一ヶ月旅行するわけじゃないんだから。いったい何をそんなに持ってきたのよ」


 窓枠に太い腕を乗せ、ナーティは眉をしかめる。当の本人はブランド物の洒落た大ぶりなバッグと日傘のみである。バッグは網棚に置いてあった。


「潔癖症のボクは毎日下着を替えないと、眠れないんだもーん」


「ゴミ屋敷のぬしがなに言ってんのよ。その着ている作務衣なんて昨夜と同じでしょ。しかも何日着てるのか、ちょっと臭うわよ」


「ぐへへっ。替えるのは下着だけで充分なんだよーん。それとこの荷物は今回の人捜しで利用できそうな品を選別してきてるんだからね」


 フンと鼻を鳴らすと、ナーティはスマホを取り出す。


「もう一度復習しておくわよ」


 言いながら予定表のアプリを起動させた。


「えっと、いいこと、アンタもしっかり覚えておいてね。レイちゃんからのお願い事。

 レイちゃんのお師匠さんのお友達が行方をくらませたらしく、その捜索のお手伝いってこと」


「でもさあ、それなら警察に頼んだほうが早いじゃーん」


 珠三郎は両手がふさがっているため、顔にかかる髪を、頭をふって別けようとする。


「そんなに簡単で単純じゃないってことよ。でなかったら、レイちゃんがワタクシたちに頼むわけないでしょ」


 ナーティは目の前をかすめる珠三郎の髪を手で払った。


「そりゃあ、そうですなあ」


「行方をくらます直前に、そのお友達がお師匠さんにもらした言葉が引っかかるのよね」


 レイが電話口及びメールで伝えてきたことを要約すると、こんな具合である。


 友人である考古学者は岐阜県下の大学で教鞭を執りながら、時間を見つけては山を歩いて化石や鉱石を発掘する趣味を持っていた。


 O市では昼飯ひるいにある千六百年前の大塚古墳や、荒尾町あらおちょうでの遺跡発掘調査が現在も行われており、太古に夢を馳せる人々の聖地でもある。


 行方をくらます数日前に、「とんでもないお宝を発見するかもしれない」と興奮気味に話していたと言う。どんな宝物なのかは、レイの師匠にも話さなかった。


 そして先日、「しばらく帰らないかもしれないが、心配はいらない。小笠原おがさわら先生と一緒だから」と言葉を残していった、とのことであった。


「その小笠原ってのが、ちと厄介なのよ」


「つまり警察に相談できない、もしくは無駄ってことなのかな? かな?」


「お師匠さんがどうしてレイちゃんに相談したのか、それがヒントね」


「ぐふぐふっ、ボクにとってそんな問題は、相対性理論を幼稚園児に解説するよりも簡単だな。つまり、レイさんは今でこそ一般企業の秘書室長さんだけど、その前は泣く子もだまる極道組織の若頭わかがしら。ということは、その世界について詳しいってこと。

 小笠原何某なにがしって人物も、多分にその世界に通じてる人。しかも警察に相談できないってことは、何かしらおかみでも中途半端に手を出せない権力を握っているやもしれないっと。先生って呼ぶのは県か市、もしかしたら国会議員かもー。

 どう? やっぱり天才は違うでしょ。グヘヘヘッ」


「まあ正解ね。実際はO市会議員を二十年近く務めているらしいの。警察の上層部にもかなり顔が利くらしいわ。だから警察には相談できないってこと。

 しかもよ、そのお師匠さんの話によると、胡散臭うさんくさげな連中がいつも以上に動いてるらしくて、一般市民では怖くて何もできないようなの」


「いや、ボクは一般市民だけど」


 ナーティは珠三郎の頭を叩いた。


「なーにが、一般市民が聞いて呆れるわ!」


 珠三郎の長い髪が静電気でくっついたように手にまとわりつく。「ウヒャ! キモイッ」ナーティは思わず悲鳴を上げた。


「そのお師匠さんは、お友達が悪事に巻き込まれてるんじゃないかと心配しているわけなんだな。ふむふむ。そこで超天才に助けてほしいとお願いにあがったわけか。

 ワーッハッハーッ! 任せておきたまえっ」


 突然の珠三郎の大きな笑い声に、同じ車両の乗客が驚いて顔をのぞかせる。

 ナーティはあわてて珠三郎の口をその巨大な手でふさいだ。


「ちょっとっ、なに大声張り上げて! 恥ずかしいじゃないの」


 中腰になりながらナーティは愛想笑いを周囲にふりまく。手のひらにビクンッビクンッと振動がありあわてて手を放すと、珠三郎は酸欠状態で失神していたのであった。


つづく

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