第25話 効かない呪法

 ベクは油断なく疫鬼えききから視線をはずさず言った。


「手遅れとはどういうことだ? 薩満シャーマンのきさまなら、あの化け物を操れるはずだろ」


 十体ほどのが動き出した。腹をすかしたハイエナのように、真っ黒な眼窩がんかが四方を見まわす。


「ジャーッ」


 骸骨の顎が開き、虫唾の走る金切り声をあげた。それを合図に動きだした。


 掘られた穴から上を目指して、ゆっくりと登り始める。


 ベクは足元から這い上がってくる子疫鬼に向け、拳銃の引き金を引いた。


 タンッ!


 乾いた音と共に、一体のの胸板が弾けた。ドピュッと発光する緑色の粘液が舞う。しかし銃弾によって穿うがたれた穴は粘土を指でこねるように塞がっていく。


「ば、化け物かっ」


 ベクはのことを口にしながらも、続けざまに撃つ。

 まったく意に介すことなく、疫鬼はその醜い全身を地面の上に現した。親と同じように尻から生えた十数本ある尾が蠢いている。


「作戦は失敗だ! リンメイ、退却するぞ」


 ベクはきびすを返して走り出した。後をリンメイが追う。


 投光器によって一帯は見渡すことができる。すでにたちは大地に姿を現し、何かを探すように首を動かしていた。


 ベクは逃げ足早く小笠原のベンツに向かった。ところが、いきなり壁に衝突したように弾かれた。「グワッ」と悲鳴を上げながら大地に転がる。

 リンメイは気づいた。


「こ、こんなところに結界けっかいが」


 ベクは地面に尻をついたまま叫んだ。


「どういうことだっ、リンメイ!」


 リンメイは、すかさず口の中で呪法を唱える。突き出された両手を包む空気が熱を帯びたように揺らめく。


「ハッ!」


 鋭い気合が、リンメイのオレンジ色の唇から発せられた。

 バチンッと紫色の火花が飛ぶ。


「だ、だめ、この結界は破れない」


 穴から這い上がったたちは、まだ横たわったままの残りの作業員に顔を向けた。スローモーションテープのように両腕を持ち上げ、動き出す。まるで水中を泳ぐような格好だ。


 うち一体のがベクとリンメイに向かってくる。


「ヒッ」


 ベクは喉を引きつらせ立ち上がろうとするが、足がもつれる。リンメイは無言のままベクの前に立ち、胸元から銀色の扇子せんすを取り出し構えた。


 骸骨の口元から不気味な吠え声を上げたが、いきなり跳んだ。


「ハッ!」


 リンメイは気合いを発し、扇子を一回転させる。すると銀色の丸い光の環が現れ、に向かって発射された。空中での身体に食い込む。そのままストンと大地に落ちる。


 リンメイの顔に勝機の笑みが浮かんだ直後、光の環が塵となって霧散し、が上半身をガバッと持ち上げた。


「き、効かない」


 リンメイは今度こそ蒼ざめ、驚愕した。


つづく

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