第17話 選民解放軍の情報将校
リンメイは穿たれた大地に呪符を書き終えると、五芒星の中心部に土器を置いた。
「彼女はね。偉大なる
問われてもいないのに、
「今より千年前のことです。我が祖国
「なぜ日本で」
中尾は百目を刺激しないように、押し殺した声で訊く。
百目は片眉をあげ、馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「わかりませんか? 疫鬼をこの世に復活させてしまえば、その生まれし土地は百年もの間使い物にならないからですよ。いくら高麗を滅したところで、大地が汚染されてしまっては本末転倒、そういうことなのです。
したがって父祖は遠い
そして千年の長きに渡って、疫鬼は眠ったままであった」
「そんな汚れたものを復活させられる日本はどうなる? そもそもその疫鬼とはなんなのだ!」
中尾は会話を長引かせることによって、どこかで相手の隙を突こうと考えていた。
「この国がどうなろうと、私たちの関知するところではない。それに間もなくその目で見ることになりますよ、疫鬼の姿をね。
我が祖国は今こそ世界の指導者として、退廃した文明を根こそぎ刷新するために疫鬼の力を使うことに決めたのですよ。核兵器など無秩序の破壊しか生まない、所詮は人間の浅知恵が作り上げた玩具」
黙っていた小笠原が乾いた声を出した。
「おまえさんは、いったい誰なんだね?」
百目はゆっくりと振り向いた。
「私ですか? 私は
「キタの軍人か!」
中尾は叫んだ。ハーバード大学の考古学教授デビッド百目とは、まったく偽りの名前であったのだ。
「し、しかし、東京の先生からは、確かにあんたを大学の学者と紹介されたが」
小笠原はゴクリと生唾を嚥下する。
百目、ベクはやれやれと首を振った。
「情報本部は諜報及び破壊活動、そして今回のような特殊任務を職務としております。したがってあの程度の人間には何を持って操れるのか、熟知していますよ」
「金でも握らせたのかっ」
小笠原は吐き捨てるように言い、
「我々は人の欲望にまみれた金なぞ使いません。先ほども言いましたように、あそこにいるリンメイは薩満の濃い血を受け継いでいます。人を意のままに操ることなど造作もない」
そこで中尾はあることに気づき、顔面を蒼白に変えた。
「俺たちにそんな秘密をペラペラとしゃべるなんて、まさか」
「やっとわかりましたか。どうせあなたたちは疫鬼の
ピストルの銃口を向けたまま、ベクは憐れみを顔に浮かべた。とたんに小笠原は中尾を押しのけ前に進むと、大地にひれ伏した。
「た、たのむっ! わしはこのO市、いや国にとってなくてはならぬ存在だ。金ならいくらでもやる! せめてわしだけでも助けてくれぬかっ。もちろん、あんたたちの事は決して口にせぬ。約束しよう、なっ、だから」
土下座までして命乞いをする小笠原に、中尾は唾を吐きたかった。こんな所で死んでたまるか、とベクの隙を狙う中尾は、小笠原が土の上をひざまずいたまま這ってベクのズボンをつかもうとする姿を目にした。
「汚れるじゃないか!」
冷静沈着なベクが激昂した。ボコッと小笠原がベクに爪先で蹴飛ばされ、情けない悲鳴を上げる。
(今だ!)
その瞬間に中尾は駆けだした。
背後に立つ防音幕を突き破る勢いで、思いっきり走った。
シューッ!
窪地の中から、まばゆく光る緑色のロープが勢いよく飛び出す。太さ三センチほどのそれは、防音幕まであと一歩の中尾の身体に巻きついた。あっという間に頭部からつま先まで、グルグル巻きになった。
「ゲハッ!」
中尾が肺からしぼり出された悲鳴を口にする。ロープは伸びたゴムが縮むように、瞬時に窪地へ中尾の身体ごともどっていく。
小笠原は何が起きたのかわからない表情で、ベクに蹴飛ばされたままの態勢で目だけを動かした。
窪地の中から中尾の断末魔の悲鳴とともに、肉の塊と骨を圧倒的な力でねじ切りこね回す不気味な音が重なった。
小笠原の目線では見えないが、ベクにはその様子が確認できているようだ。
「オオッ、疫鬼が、千年の長き眠りから目覚めたぞ!」
ベクは身体を振わし興奮した口調で叫んだ。
つづく
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