天零刹歌 第5話 天空桜華・始曲

歌が、聞こえた。

響き渡る。奏で紡ぐ。調べ詠う。

そんな歌が聞こえていた。

それは神話。

誰かが、全力で人生いのちを駆け抜けた証。

顔も知らない、名前も知らない。人であるかさえわからない。

誰かが、誰か達が、全力でその在り方を貫き通した証。


「寝ていたか」

どんな夢を見ていたのかすら、起きたときには曖昧あいまいで。

それが普通と解っているのに、なぜかとても悲しかった。


———始めなければ

左手に握った黄金色の林檎を見る。

———終わらせなければ

右手に握った白銀色の刀身を見る。

———ならない。

前を向く。


立ち上がる、歩き出す。

投げ捨てた荷物を拾う。


旅立ちに祝福を。

旅路は長い、果てしなく永い。

遥か彼方のその先に、己が最果てを目指す旅。


「林檎は一人で生きていた」

「星はその実に世界を託した」

楽園の林檎は守られた。

崩壊からの唯一の生存者は、絶望の世界を眺め続けた。

その絶望を希望と変えるため、命を与える黄金の林檎を育んだ。

「桜花は空から落ちてきた」

「世界はその身に星を託した」

生命と世界の生存競争。

確定した終わりに抗い続け、生命は死に絶えた。

戦いの果てに残った最後の力で、世界は終わりの刀を落とした。


「命を与える、命を散らす」

希望の林檎、絶望の刀。

「命は始まり、命は終わる」

星は、始まりと終わりを同時に起こす。

「原初の丘は友の墓、その歴史全てに感謝を送ろう」

この世界最初の命が生まれた場所。

「終焉の丘は友の墓、その歩みを永遠に語り継ごう」

この世界最後の命が死んだ場所。


全てを知った丘の頂上、高らかに歌い上げる。

「どんな、歌を聴かせようか」

「どんな、詩を紡ごうか」

「黄金の歌を空に捧げ、白銀の旋律を地に注ごう」

争いの歴史の継承者は、関係のない異邦人。

語り部は一人、いつまでも紡ぎ続けると決めた。


「この命果てるまで、この刀に信念を乗せ続けよう」

「この命尽きるまで、この心に誇りを持ち続けよう」

「この命絶えるまで、この体に希望を抱き続けよう」

空と地への誓い。

旧世界への別れ、新世界への旅立ち。


「始めよう、新しい世界の幕明けを」

「伝えよう、新しい世界の歴史を」

「奏でよう、新しい世界の奇跡の歌を」


「終わらせよう、旧世界を」

太陽に煌めく黄金を投げる。

日輪に輝く白銀を振りかざす。


「天空桜華・始曲——Skyhigh forth wing」

黄金の林檎が白銀の刀に切り裂かれて、ふるい世界は終わりを迎えた。

黄金の林檎を白銀の刀に切り裂かれて、新しい世界は始まりを迎えた。

天高き風の翼で舞い上がった。

終わりの始まり、始まりの終わり。

世界は、新しい始まりを迎えた。

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