五話 声かけ男とお話 (リータ)
リータは声かけ男と共に『メープルタウン高和田』の一階にあるフードコートへと移動する。それほど広くはないが、学生や家族連れなんかでそれなりに賑わっていた。ちょうど間食にはいい時間だ。
<サーシャ、味覚も共有する?>
<結構よ。好きなのをお食べなさい>
<はいよ>
ハンバーガー、うどん、カレーにたこやき。さて、何を食べようかと、自他共に認める食いしん坊のリータは首をひねった。
「宗作は何食べる?」
「え? いや……水で……」
「水? 水でいいの?」
うなずいた宗作は、ようやく息は整ったもののずっと青い顔をしている。とはいえ初対面なので、今の顔色が彼の標準かもしれない。いまいち判断が付かなかった。
「ハンバーガーとかは?」
リータなりに気を使って聞いてみる。
「い、いや、水でいいです……」
「そう? あ、私は空気読まないで食べちゃうよ?」
「はぁ、どうぞ……」
そしてたこやき十個入りを買った。
「いっただきまぁ~す! あちちっ!」
表面はかりっとしていて、中はとろり。ここのたこやきは当たりのようだ。
「あの~、それで……」
三個目を口に放り込んだところで、宗作がおそるおそるといったふうに声をかけてきた。ここでリータは自分の目的を思い出す。口の中のたこやきをよく味わって飲み込んだ後、本題を持ち出した。
「キミさ、電器店さんで子供に声かけちゃったじゃない? その辺の話を聞きたかったの」
「やっぱり、その話は終わってなかったんですか……」
声かけ男は絶望的な表情を見せた後、うなだれてしまう。
<うわ、すごいヘコんじゃったよ、サーシャ。……て、また自分だけでなんか食べてる! それマフィン?>
<あなたはたこやきを食べているじゃない。私は私でひと休みしているだけよ>
<ぶぅ~>
たこやきに夢中になりすぎて、姉がマフィンを食べているのに気付かなかった。感覚を共有していようが、相手の感覚に意識が向いていないと意味がない。
姉妹はどのように感覚を共有しているのか? そう人に聞かれても、リータはいつもうまく説明できないでいた。別々の場所を映したテレビが二台くっつけて並べてあり、その二つの画面の中ならどこでも見ることができる。そんな例えで説明しているが、微妙に本人の感覚とはズレがあってお尻がむずがゆいような気分に陥る。
空を大きく見渡すように、両方の感覚を同時に認識することが姉妹にはできた。その場合でも姉妹は情報の切り分けを意識することなく行い、大きく混乱することはない。
しかし、広い範囲を見渡すと注意は散漫になってしまう。一度に注意を向けられる範囲はごく狭いというのは、一人の人間の場合と同じである。大抵の場合は、姉か妹どちらか一方の感覚の、さらに狭い範囲にしか注意を向けられない。そして、目をきょろきょろさせて広い範囲を見るように、姉と妹の感覚を行ったり来たりしながら両方の感覚を把握するというやり方をよくした。
<そんなことより目の前の話に集中なさい。まず、自分たちは警察じゃないと安心させて>
では言われたとおりにと、リータはまず軽く咳払い。
「あのさ、宗作。私は別に警察じゃないんだよ?」
「え? そうなんですか?」
顔を上げた男は呆気に取られたような表情。
「そうなんだよ。私のことはソフィって呼んで」
宗作の方へ手を差し出す。相手は戸惑いを顔に浮かべていたが、やがてもたもたと脇腹で手を拭き、それをリータの方へと伸ばした。リータはその手を掴んでぶんぶん縦に振る。
「あ、それで俺は……」
「高杉宗作、二十九才。みもろ台に住んでいる。半年前に仕事を辞めちゃって、今はニート。ずっとゲームばっかしてる」
リータが得意げな笑みを向けると、男は口をぽかんと開けた。
「キミは何者なの? なんでそんなに詳しいの?」
「私は身近に迫る監視社会について調べてるジャーナリストのタマゴなの。ただ町を歩いてるだけなのに、見た目だけで不審者扱いしてくるって酷い話が最近はゴロゴロしてる。それで小さなナイフでも持っていたらもう犯罪者扱いだ。宗作だってそうだよ。ただ子供とゲームしてただけなのに、近くにいたオバサンが警察に通報しちゃった。そして警察はキミを犯罪者扱いだ」
サーシャに言われたとおりのことを繰り返すリータ。
「いや、まぁ、声をかけてしまったのは事実だしねぇ……」
「でも酷いと思わない? 家まで押しかけてきちゃってさ。別に子供にハァハァしてもいいじゃない」
「え?」
「あ、言っちゃった!」
やはり指示のとおり、慌てたふうに口元を両手で覆う。
「い、いや、俺は別に子供にヘンなアレはないよ? ただ遊ぶのが好きなだけで……」
「いやいや、私のことです。他言無用だよ? 正直なところ、小さな男の子は大好物です」
ここでリータは指示どおり頬を染めてみせる。というか、言ってる内容が恥ずかしいので、自然と赤くなってしまう。
「え? キミ、ショタコンなの?」
「しっ! 大きな声で言わないでっ!」
口元に人差し指を当てて注意する。
「ゴ、ゴメン……」
宗作が大きな身体を縮こまらせてしまう。
「いや、別に具体的に悪さするわけじゃないよ? ホントはギュッと抱き締めたいし愛し合いたい。でも、子供にそんなことするのは許されないってよく分かってる。ただ、遠くから眺めるしかできないんだよね。子供が好きって性癖を抱えることは、とてもツラい生き方を強いられてしまう……。宗作もそうなんだよね?」
「え、俺? いやいや、俺にそういうのはないから」
「なんでよ、私は腹を割って話してるのに、宗作はまだしらばっくれるの?」
「ホントに違うんだよ!」
宗作の語気が荒くなる。
「……そうなんだ」
「そうだよ。キミこそ俺を犯罪者扱いしてないかな? 確かに俺はうかつなことをしたけど、子供相手にヘンな感情なんて持ってないんだ。そんなに子供と遊ぶことはいけないことなのかな?」
今度は弱々しい声でうなだれてしまった。
「いや、私も子供と遊ぶだけで不審者扱いは酷いと思ってるよ? ホントにそう思う」
ここは本心をしっかりと伝えた。段々、最初から相手をヘンタイ扱いしていた自分が恥ずかしくなってくる。
<ねぇ、サーシャ。この人はヘンタイじゃない気がするよ?>
<うーん、どうもそうみたいねぇ。幼稚なゲームオタクがヒマをいいことに子供と遊び呆けてただけなのかしら? もういいわ、適当に話を打ち切って帰ってらっしゃい>
サーシャはもう興味を失ったらしく、投げやりな言い方をしてきた。
<え? うーん、でもなぁ。私、この人の話をもっと聞いてみたいと思うんだけど>
サーシャは幼稚なゲームオタクだと言うけど、それだけで片付けてしまっていいのだろうか? もっと本当の彼を知りたい。それが彼を深く傷付けてしまったことへの詫びになるはずだ。
そうサーシャに伝える。
<真面目なリータね……。確かに、彼が今何をしているのか、どんな事情で会社を辞めたのか、どうして子どもと遊んでいたのか、そういったことは相変わらず分からないままよ。それぞれ彼なりの事情や理由があるのかもね。そういうのをちゃんと分かってあげて、分かっているってことを彼に伝えるのは、彼にとっての癒やしになるはずよ。自分のことを誰かに理解してもらうというのは人が生きていく上でとても大切なことなの>
<よしっ! じゃあ、宗作と仲よくなっちゃうね!>
<え? ちょっと待って、リータ。話を聞けばいいだけで、仲よくなる必要はないのよ?>
でも、彼を知ろうと思えば仲よくなるのが一番のはずだ。さっそくリータは宗作に笑顔を向けた。
「どうしたの?」
急に笑顔になったので宗作は驚いた様子。
「まずはゴメンね。全部ウソです」
「はぁ? え、全部?」
「そう、全部。私のホントの名前はリータ。声かけの話を聞いて、その人がヘンタイかどうかを調べにきたの」
ちなみにソフィは姉妹の母の名前である。嘘をつく時によく借用していた。
「だから、俺は……」
「うん、分かってる。宗作はヘンタイなんかじゃない。昼間っから子供と遊んでたのにしても、ちゃんとした事情があるんじゃないかな? キミを見てたらそう思うんだ」
「まぁ、俺にもいろいろと……」
少し視線をさまよわせ、あごを指でかく宗作。
「そのいろいろを知りたいんだ。宗作をちゃんと理解したい。でもいきなりはムリだよね? 私は酷いウソをついちゃったし。だから一緒に遊ぼうよ。宗作と仲よくなりたいんだ、私」
「うーん、でも俺にはやることがあるからなぁ……」
困ったように頭の後ろをかくけど、強くリータを拒絶するわけでもない。ものすごく気が弱いようにリータには見える。
「それってゲームだよね? 私も一緒にしたいな。宗作の部屋へ遊びにいってもいい? 一緒にゲームしようよ」
「え? いや、それは……」
「あ、分かった~」
リータはにや~っと笑みを宗作に向ける。
「え? な、何?」
「エッチなゲームとか漫画とかDVDとか、そういうのがいっぱいあるんだ~。だ~いじょうぶ、大丈夫。適当に隠してくれたら私は気にしないから」
軽くウインク。
「いやいやいや、そういうわけじゃないって!」
焦った様子の宗作が両手を前に出してきた。そのうちの右手をリータはぎゅっと握る。そして小首を傾げて笑顔。
「じゃあ、一緒に遊んで?」
<それを計算なしにしでかすリータが怖いわ>
サーシャが言ってくる意味は今いち分からない。
「う、うーん、部屋は勘弁してよ」
「じゃあ、外は? 外でなら遊んでくれる?」
「う、うーん、まぁ、外なら……一回くらい?」
「よし、き~まりっ! じゃあ、明日遊ぼうね? それですっごく仲よくなっちゃおう!」
うれしさをそのまま表に出した笑みを向けると、宗作は顔を赤らめてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます