五話 宗作とゲーム (リータ)
次の日、土曜日。午前だけの授業を終えたリータは、宗作の家へとマウンテンバイクを走らせる。制服のまま行けば手間がかからないのだが、宗作に懇願されたのでいったん家へ着替えに帰っていた。今日は白のタイトなコットンパンツに、鮮やかなネイビーのセーターという組み合わせ。
宗作が家へ呼んでくれて、リータはうれしくて仕方がない。昨日の話しぶりだと一晩でお部屋のお片付けをするのは大変だったろうが、その姿を想像するだけでにんまりしてしまう。そんなの気にしないのに。
<多少片付けたところで、どうにかなるような状態ではないでしょうに。半年も自堕落な生活を送っているんだから>
<ていうか、サーシャはオタクに対する偏見が強すぎるよ。雑誌の読みすぎだ>
<リータ、もっと警戒なさい? ヘンタイではないにしても、かわいい女子高生を部屋に連れ込んで何をする気やら。いきなりスタンガンの可能性すらあると、私は憂慮しているわ>
<余計な心配ご苦労様>
心配しているらしいサーシャとは聴覚と視覚を共有している。危機を的確に察知するのだそうだ。
宗作の家に到着。インターホンを鳴らすと、前と同じくお母さんだろう人が応答した。
「あの、宗作さんの友だちのリータって言いますけど」
『はいはい、リータさんね。宗作から聞いてるわ』
と、すぐに玄関扉を開いて迎え入れてくれる。ふくよかな温和そうな人だ。
「あ、この前はすみません、ネットの知り合いだっていうのはウソだったんです」
ぺこりと謝っておく。
「ああ、そんなことあったわね。別にいいわよ、宗作が電器店でやらかした件の調査をしてたんでしょ?」
「あ、そこまで聞いてるんですか」
馬鹿正直だ。適当に誤魔化しておけばいいものを。
<正直に言わないと、リータみたいなかわいい女の子がデブオタニートに用があるだなんて、リアリティのない話を納得させられなかったのよ>
<またそういう言い方でしょ?>
玄関に入ったところで、宗作が慌ただしく階段を下りてきた。
「やあ、わざわざ悪いね」
「ううん、私も来たかったから」
サーシャに言われて持ってきたクッキーを、ちゃんとおばさんに渡してから二階へ。
さて、宗作の部屋だ。宗作が扉を開く前に、軽く呼吸を整えて衝撃に備えた。そして中へ。
「あ、思ってたよりマシだ」
少なくともゴミが散乱しているなどという事態は回避されている。大量のマンガは本棚だけでは収まらないらしく床にもうずたかく積み上げられていた。他にも小説やラノベがある。テレビの周りに積まれたゲームの数も、ものすごい。そしてベッド脇の壁にはハリウッド映画やロボットアニメのポスターが貼られていた。
<いくつかポスターを剥がした跡があるわね。半裸の女の子がデカデカと載っている類を剥がしたに違いないわ>
<いちいち深掘りしない>
「ゴメンね、汚くて」
「ううん、全然平気」
用意してあったジュースを勧められたが、それより今日の用件の方が気になる。
「あ、そうだね。じゃあまず、今作ってるゲームを見てもらおうかな」
パソコンラックに据えられたデスクトップパソコンの前に座らされ、ゲーム機と同じコントローラを渡された。
「まだまだ動くだけって程度だけど、ゲームパッドで操作はできるから」
と、宗作がマウスを操作してソフトを立ち上げる。
「うわっ! すごい!」
素人が作っているというから、相当ショボいのだとリータは思っていた。点とか丸がピヨピヨ動く程度。
なのに今見ている画面には、すごくきれいな草原が背景として描かれてある。ちょうちょまで飛んでいた。
画面の左端にいる、腰に布を巻いただけの人間のキャラが自分のようだ。コントローラのとおりに動くし、ボタンを押すとパンチをする。真横からの視点になっているこれは、横スクロールのアクションゲームだろう。
「へぇ~、宗作すごい! こんなの簡単に作れちゃうんだ?」
「俺たちがすごいんじゃなくて、使ってるゲームエンジンがすごいんだ。昔だったら作るのがものすごく大変だった機能を、ゲームエンジンを使えば簡単に実現できるの。だからヘッポコプログラマの俺でもこれくらいは作れるんだよ」
「このCGも宗作が描いたの?」
「ゲームを作ってるメンバーは四人いて、CG担当は別の奴なんだ。全員離れた場所に住んでるから普段はネットでやり取りしてるよ。俺の担当はゲーム全体の取りまとめとプログラミング」
「へぇ~。サーシャ、これってすごくない?」
<どうかしら? 最近はアマチュアでもこれよりうまいイラストを描く人はいくらでもいるわ>
「ぶー」
サーシャは宗作に対してどこまでも辛口だ。
右から敵らしいキャラが近付いてくる。ウサギみたいだけど顔つきが凶悪だ。取りあえず踏み付けてみると、目がバッテンになってふらふらしだした。それへパンチを喰らわせると簡単に倒せてしまう。
敵は続々と来る。ウサギの他に鹿や蛇も来た。攻撃は殴る以外に投げもできた。さらには上からのし掛かって何度も殴ったり。
「そうか、パンクラチオンなんだ」
「そうそう! さすがに全裸はマズいから布だけは巻いてるんだ」
古代ギリシアの格闘技。目潰しと噛み付き以外は何でもありだったはず。
「関節技もできるの?」
「うーん、実装したいんだけどね……。その辺りでキミの手助けが欲しいんだ」
「私の?」
ポーズボタンを押してから横にいる宗作に聞く。
「メンバー全員、格闘技の経験がないんだよ。キャラの動きを付けるのは俺がやってるんだけど、動画なんかを見ただけじゃうまくいかないんだよね。もっとリアリティのある動きをさせたいんだけど……」
「なるほど、それでこのリータ様の出番てわけですね?」
「そう、格闘技ができるリータさんが助けてくれたら、今よりずっといい動きをキャラに付けられるはずなんだ。関節技も実装できる」
「うん、分かった。私、手伝うよ。いいよね、サーシャ?」
<うーん、どうかしら?>
<え、なんで?>
<だって、リータがポーズを取ってるところを、宗作はゲームの為と称してジロジロ見るんでしょ? デブオタオヤジのエロい視線にかわいいリータを晒すわけにはいかないわ。断りなさい>
<サーシャこそ脳内ピンク色だよ。あくまで真剣にゲームを作るんだから。宗作に邪な考えなんてありませんっ!>
<でもねぇ……。リータのナイスバディを見ているうちに、ついムラムラと。そして前に買っておいたスタンガンの存在を思いだし……>
<そんなことにはなりませんっ! もういいよ、サーシャがなんて言おうとも、私は宗作とゲームを作るんだから! 止めても聞かないよ?>
<分かった、分かったわよ。好きにすればいいわ。でも私はそんな七面倒くさいことに付き合う気はないから。何かあっても自分でなんとかしなさいよ?>
<はーいよっ>
サーシャとの言い争いが終わったところで、宗作がきょとんとした顔をしていることに気付いた。
「あ、サーシャと相談してたの。全然問題ないよ。サーシャもオッケーだってさ」
「そうなんだ、よかった」
ほっとしたように顔をほころばせる宗作。
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