七話 宗作の苦悩とリータの気持ち (リータ)
榎本を家から追い出したリータは宗作の部屋へ戻る。宗作はノートパソコンを抱えてうずくまっていた。
カウントダウンを止めるように説得すべきだろうか? リータは少し迷ったけど彼の意志を尊重しようと思った。これほど苦悩しているからには相応の覚悟を持って決断したのだろうから。
リータは宗作の隣に腰を下ろすと優しく肩を抱いてあげた。こうやって宗作の体温を感じているとリータの方こそ安心する。
「要求は簡単なものなんだ」
宗作がこぼす。
「サイトのページを消すんだっけ?」
「うん……」
宗作は立ち上がるとデスクトップパソコンと向かい合った。リータも横に立ってモニタをのぞき込んでみる。
ブラウザに表示されたのは、青々と葉を茂らせた木の画像を背景にした爽やかな印象を受けるサイトだった。
「これが『インクリメント・オペレータ』のサイト。会社紹介なんかが載っている」
「なんか、普通のサイトだね」
「うん、見た目はね。で、ここに人材募集のページがある。実際に働いている社員のメッセージが書いてあるんだ」
「うん。あ、この人イケメンだね」
爽やかな笑顔が印象的だ。この会社で楽しく働いてるんだな、と思わせる。写真と一緒にあるメッセージには、この会社で働いてどれだけ充実した毎日を送れているか書かれてある。とてもポジティブ。
「こいつが鍋島。この笑顔を見ているだけで俺の胸は締め付けられる」
「え? もしかして?」
「そう、このページを消したいんだ」
「それだけ?」
リータは言ってしまってすぐに自分の失敗に気付いた。サーシャに心ないことを言って怒らせたのに、また……。
「うん、たったこれだけなんだ。鍋島はこの会社の理不尽な環境のせいで深い傷を負わされた。なのに、このサイトでは未だにその会社の宣伝をしてるんだ。明るい笑顔で、嘘に塗れた言葉でね。鍋島の尊厳を二重に冒涜しているって俺は思ってしまうんだ」
「……そうなんだ。それだけなんて言ってゴメンね」
「ううん、俺の考えは誰でも共感できるようなものじゃないって分かってる。こんなのにこだわるなんて弱い人間の感傷だよ。でも、俺は許せない」
宗作の思いつめた表情を見るだけで彼の怒りが伝わってくる。リータには理解できなかったが、宗作にとってはこのページはどうしても許せないものなのだ。
リータはせめて宗作の怒りそのものだけは共有したいと思った。
「うん、宗作はこのページを消したいんだね。じゃあ、二人であの社長と戦おう」
「でも、あいつは俺の言うことなんて聞かない。サイトの管理をしてる社員と話をして榎本に断りなくページを消したこともあるんだ。でも、あいつはすぐに元に戻させた。そうやって鍋島を今でも支配しているつもりなのかもしれない。分からないけど。あいつの考えてることなんて分からない」
宗作が奥歯を噛みしめる音が聞こえる。
「ポイントを全部消す以外に方法はないのかな? もっとよく考えてみようよ」
本当はサーシャに相談したいけど今は喧嘩している。どうしたらいいのかリータには見当も付かない。やっぱり自分はサーシャがいないとダメなんだ。
「榎本は痛い目を見ないといけない。人を傷付けるとどれだけの代償を払わないといけないか、それを分からせるんだ。いいや、きっとあいつは最後まで鍋島の傷を理解できないだろう。ただ、痛みだけを与えないと……。それじゃ、ただの俺の憂さ晴らしなのか? ダメだ……俺は何を考えてるんだろう? どうしたいんだ? 分からない……。俺がやってることは本当に鍋島のためなのか……?」
宗作は床にしゃがみ込むと頭をかきむしり始めた。
この人を支えてあげないといけない。床に膝を付けたリータは覆い被さるように宗作をぎゅっと抱き締めた。リータにできるのはこれくらい。
「分かったよ。宗作の気が済むまであいつを懲らしめよう。私、ずっと側にいるからね。私が側にいたらちょっとは楽にならない?」
宗作の身体はずっと強ばったままだ。自分なんかでは宗作の助けにならないのだろうか? リータは自分の無力を噛みしめる。
どれくらいの時間そうしていたのか分からない。宗作の身体から少しずつ力が抜けてきたような気がする。
「……ありがとう、リータさん。ちょっと楽になった。もう離れてくれていいよ」
「うん」
リータが後ろに下がると宗作は微笑みを向けてくれた。
「情けない奴だよね、十二才も年下に慰められてさ」
ちょっと冗談ぽい言い方で。
「ふふ、そういう宗作が私は好きだよ」
リータは自分の言葉に驚いてしまった。宗作が好き? そんなはずはない。これは友だちとしての好きだ。
……違う。リータは自分が鈍感な人間だとよく知っていたが、さすがにもう分かった。
自分は宗作が好き。情けないくらい繊細な心を持つこの人が好きなんだ。
そう自覚した途端、今まで感じたことのない温かなものが胸に広がっていった。
サーシャとは喧嘩してる、宗作は深く悩んでいる、なのにリータは幸せでいっぱい。なんて厄介なんだろう好きって気持ちは。でも幸せだ。
この気持ちはすぐに宗作に伝えた方がいい? 正直、今ここで伝えたかった。でも、今はそんな時ではないとさすがのリータでも分かっていた。宗作を余計に混乱させてしまうだけだ。
リータはぐっと我慢しようと決めた。
「ねぇ、宗作。格ゲーしない? ちょっと気が落ち着くかもよ?」
「ああ、そうだね、そうしようか」
そしてまた二人並んでゲームを始める。
「あれ? 負けちゃった。宗作、ヘコんでくせにあいかわらず強いんだ?」
「ふふ、これでもゲーマーだからね」
「ええ~!」
リータはいつもの調子で宗作にもたれかかった。でも宗作の肩に自分の身体が触れた途端、猛烈に恥ずかしくなって跳ね退いてしまう。
「ゴ、ゴメン、宗作」
「え? ああ、ん?」
宗作は不思議そうな顔をしている。
ええ? これが好きって奴なの? リータは自分がおかしくなっていることにひたすら戸惑ってしまう。
宗作を混乱させるから告白は我慢する?
それ以前の問題だ。好きな人に面と向かって好きって気持ちを伝えるなんて、そんなの恥ずかしくって絶対にムリ!
「さ、さぁ、もう一回しよう。次は負けないからねぇ~!」
「うん。リータさん、いつもの明るさが出てきたね」
「え? そうかな?」
ヤバい! バレる! 今バレるの非常にマズかった。リータの方で覚悟ができていない。
「よかったよ、元気になってくれて。その元気で向かっていけばサーシャさんともすぐに仲直りできるよ」
「え? サーシャ? うん、そうだね、サーシャだね」
宗作自身も大変なのにリータの心配をしてくれる。リータはうれしくってくすぐったくて仕方がない。顔がニヤけるのを必死でこらえる。
サーシャのことが頭から離れてしまったが今は仕方がない。宗作のことでリータはいっぱいいっぱいだった。
ともかく格ゲー以外にもいろいろとゲームをしていく。昔のゲームは絵こそショボいけどやってみると意外と面白かった。
「あ、リータさん、もうそろそろ帰った方がいいよ」
宗作に言われて気付いたがとっくに夕食の時間になっている。
でも……
「宗作のカウントダウンを見届けたいよ。今日はここに泊まる」
今の宗作は一人にしてはいけないとリータは思った。一人になったらまた悩んでしまうかもしれない。ずっと支えてあげないと。
「え? 泊まる? いや……それは……」
頭の後ろをかいて宗作が困った顔をする。
別に友だちの家にお泊まりするくらい……って、リータは自分が口走った言葉の大胆さに気付いた。
好きな人と一晩過ごすの? そんなことしていいの? いやいや、宗作が何か悪さをしてくるなんてあり得ない。でもリータの方は? 自分の気持ちを抑えられなくなって……な、何をする気だ?
自分の脳内が突っ走りすぎてると分かっているが、リータはドキドキが止まらない。なんで今、友だちに借りたちょっとエッチなマンガのことを思い出すんだ?
いやいや、今はそんな時ではない。おちつけ、リータ。
「大丈夫だよ。私、友だちの家によくお泊まりするもん。ヘーキヘーキ」
リータはそう自分に言い聞かせる。
「そ、そうかなぁ……?」
「大丈夫だってばさ。ちょっと家に電話するね」
平静を装いながら家に電話をかける。出てきたのは母だった。
とにかく宗作の事情は伏せて、ただ宗作の家に泊まることだけを伝える。母は放任なのですぐにオッケーしてくれるはずだ。
「ふざけんな!」
「ええっ! な、なんでそんなに怒るの?」
「当たり前だろ! いろいろ順番すっ飛ばしていきなり男の家に外泊なんて許すと思ってんのか!」
「で、でも、宗作は友だち……」
「ダメだっ! 今すぐ帰ってこい! それともこっちから迎えにいくか?」
「分かったよ分かったよ、帰るよ」
かなり怒られたけど、内心ホッとしてるリータがいた。
でもどうしよう……。今の宗作を一人にしていいのだろうか?
「やっぱり怒られたね。すぐに帰るといいよ」
「でも……宗作、一人になったらまた苦しんじゃうよ?」
「大丈夫だよ。リータさんに大分助けられたからね。もう俺は腹を据えたよ」
「そうなのかな? でも、お母さんはホントにここに乗り込んでくる人なんだよね……」
「親を心配させちゃダメだよ。ニートの俺が言うことじゃないけど」
最後は少しおどけて。
「……じゃあ、いったん帰るね。また明日来るよ」
「俺のことはいいから、リータさんはサーシャさんと仲直りすることを考えなよ」
「でも明日は来るよ。一緒に榎本を懲らしめよう?」
「うん、ありがとう」
そして宗作に見送られながらリータは家へ帰ることに。
「はぁ、お母さん、絶対説教してくるよ」
ぶつくさ言いながらリータはマウンテンバイクを走らせた。
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