三話 リータは忙しい (リータ)

 リータはお誘いメールを毎日欠かさず宗作に送り付け、三日目に再び彼から遊ぶ約束を取り付ける。長期戦を覚悟していたのでかえって拍子抜けしたリータは、やっぱり彼は押しに弱いのだろうかと首を傾げた。

 今回遊ぶのはリータが通う私立歌詠学園の最寄り駅たる歌詠駅の周辺。制服のままなら手間がかからないのだが、宗作の懇願によって事前に私服に着替えていた。淡いピンクがかわいらしいお気に入りのニットに、伸縮性が高くて動きやすいジーンズと、シンプルにまとめてある。

 駅前でしばらく待っていると前回とまったく同じ格好の宗作が現われた。


「あ、待った?」

「大丈夫、あんまり待ってないよ」


 そして二人で向かったのは、リータが友だちとよく遊んでいる近くのゲーセン。プリクラとプライズゲームが充実していた。


「これこれ、このぬいぐるみが欲しいんだよ」


 ブサかわいいブタのぬいぐるみなのだが、何度挑戦しても取れやしない。そもそも、こんな弱々しいクレーンでこんな大きなぬいぐるみを取れるのだろうか? でも、欲しい。


「うーん、昨日もメールで言ったけど、俺はそんなにクレーンゲームは得意じゃないよ?」

「謙遜謙遜、じゃあ、行ってみよう!」


 しかしうまく行かない。どうも……宗作はそれほどうまくないようだ。


「やっぱりダメだね。クレーンゲームは滅多にしないし、全然ダメだ」

「むぅ……、宗作ってゲーマーだよね? ゲームはなんでもうまいんじゃないの?」

「いやー、どっちかっていうと、俺は下手な方なんだよね。俺が好きなのは昔のゲームなんだけど、そういうのは理不尽な難易度だったりするんだよ。それを何回も死にながらちょっとずつ進めていくのが楽しいんだ」

「なんか、マゾっぽいや」

「そうそう、マゾゲーとか無理ゲーって言われてるのが好きなんだ。作ってる人がプレイヤーに挑戦してきてる気がしてね。だから途中で投げ出すのは負けを認めるみたいだし、ついついやり込むんだよ」

「マゾなのに負けず嫌い? ヘンなの」


 思わずリータは笑ってしまった。


「あ、ゴメン、ゲームの話なんてつまらないよね?」

「ううん、ゲームの話してる宗作はなんかキラキラしてていいよ? ていうか、話を聞いてたら私もしたくなってきたな。宗作の家でしようよ」

「あー、俺の部屋なぁ……うーん……」


 と迷っている。相変わらずイヤそうだけど、前ほどじゃない? このまま押せばうまくお邪魔できるのではないかという気が、リータはしてきた。


「いいじゃん。一人でするより二人でした方がきっと楽しいよ?」

「でもなぁ……」


 と、ふいに二人の間に知らない誰かが割って入ってくる。アメリカのスラム街にいそうな柄の悪い男。


「おい、金髪。この前はツレが世話になったな?」

「誰さ、あんた」


 楽しいおしゃべりを邪魔されて途端にリータは機嫌が悪くなる。


「お前のせいでツレが三人警察にしょっぴかれたんだよ。ただで済むと思うなよ?」


 鋭い視線を向けてくる相手はリータより背が高い。体格もなかなかのものだ。さらに両脇に似たようなのが二人いた。しかしリータは怯まない。


「ああ、あのひったくり犯の仲間だね。犯罪者は裁かれて当然でしょ? 逆恨みなんてみっともないからやめなよね」

「うるせぇ! ちょっと来いよ」


 襟首を掴もうとしてきたので軽く弾く。セーターが伸びたらどうしてくれる。


「ちゃんと相手はしてあげるから。あ、宗作はここで待っててね。すぐに戻ってくるし、警察とかは呼ばなくていいよ」

「え、でも……」

「そうは行くかよ、そっちのデブも一緒に来い」


 と、不良の一人が宗作の腕を引いた。


「宗作は関係ないでしょ?」

「い、いや、俺も行くよ」

「ゴメンね、宗作……」


 そして宗作を入れた五人でゲーセンを出る。リータは宗作を巻き込んでしまったのが申し訳なくて仕方がない。






 急に仕掛けてこないか用心しながら不良の後を付いていく。宗作にだけは危害が及ばないようにしなくては。


<面倒なことになったわね>


 サーシャがうんざりした声で言ってきた。


<そうだよ、せっかく遊んでたのに台無しだ>

<あなたたちのオママゴトがどうなろうと、私の知ったことではないのだけれどね>

<サーシャは相変わらず酷いや>


 そして連れていかれたのはそれほど遠くないところにあるガレージ。開けられたシャッターの向こうにはさらに五人の不良がいた。全員が中に入ると同時にシャッターが下ろされる。不安げに宗作が後ろを見たので、リータはその手をぎゅっと握った。


「大丈夫、宗作には指一本触れさせないから」

「え? いや、それは俺のセリフだよ」


 そうだろうか? 彼は見るからにケンカなんてできそうにないんだけど。

 リータが宗作の手を引いたままガレージの真ん中まで進むと、すぐに不良どもが取り囲んできた。隅っこに廃品が転がっている以外は何もない部屋。


「ケンちゃん、マコくん、ピーを警察に売った落とし前、付けさせてやる!」

「御託はいいから全員まとめてかかってきなよ」

「調子に乗りやがって!」


 八人が一斉にかかってきた。

 すぐさまリータはポケットに入れてあった財布を投げ付ける。敵にではなく、シャッター脇にある電灯のスイッチを狙って。ガレージが闇に落ちた。


「くそっ! 構うな!」

<じゃあ、少しだけ『飛躍』させるわね>

<はいよ>


 途端にふうっと身体が温かかくなる。サーシャの意識が自分の身体に重なったと体感できた。同時に感覚が鋭敏になり、目では見えないところの様子までクリアに把握できるように。

 『接続』では、サーシャの意識自体は遠くに離れた自宅にあった。例えるなら電話で話をしているような感覚だ。一方の『飛躍』では、サーシャの意識はリータのところまで来る。そして脳を直接刺激して、その処理能力を飛躍的に向上させた。結果、感覚器官から受け取れる情報量は、一人の時とは比較にならないくらい増大する。

 『飛躍』にかかる時間は一瞬で、リータの視界から即座に闇が消えた。四方から襲いかかる八人分の、足音、衣擦れ、雄叫び、全てが明瞭に聴こえる。室内の淀んだ空気のわずかな乱れを、皮膚から感じ取れもした。全ての知覚を動員し、ガレージの中を完全に掌握する。

 まずは上段蹴り。


「よっと」


 右から来た奴の鼻を正面から砕く。さらにそいつの手を引いて、自分の後ろへ転がす。そこにいた三人が足を取られて動きが止まる。続いて左にいる宗作を引っ張り、


「ちょいっと」


 宗作へ手を伸ばした奴の足を、床に着く直前に蹴って払う。その右隣からの拳をかわし、


「そいっと」


 大きく腕を振る得意のフックをそいつのあごへ。空いた場所に宗作を放り込むとすぐに身を捻って、


「あらよっと」


 鉄の棒を持った奴に後ろ回し蹴り。……しかしこれはかわされてしまう。


<だから、後ろ回し蹴りは無茶なのよ>

<もうちょいなのに>


 蹴りをかわした奴が鉄の棒を振り下ろす。それを手で受け流して脇腹に中段蹴り。

 そして横から薙いできた木材を屈んでかわし、


「こらよっと」


 相手のヒジを支点に投げ捨てる。向こう側で宗作が捕まった。宗作の手を引き二人ともよろめかせ、


「ほいっと」


 相手の頬に重い掌底を。立ち止まってしまった残り二人にゆっくり近づいて、


「はい、はいっと」


 一発ずつビンタをお見舞い。よろけた二人はへたり込んでしまう。


<ご苦労さま>


 ふっと身体からサーシャの意識が抜け出す。途端にぶわっと身体中から汗が噴き出した。『飛躍』の後は反動でしばらく身体の感覚がおかしくなる。


「だ、大丈夫?」


 すぐに宗作が駆け寄る。


「ふふ、まだまだこれからだよ?」


 宗作の手を引いてガレージの脇まで行くと、まずは電灯を付けた。明るくなったガレージの中では不良どもがうめいている。連中がすっかり戦意をなくしているのを見届けた上で、さっき投げた財布を回収する。よかった、それほど汚れていない。

 一歩前に出たリータは声を張り上げる。


「おいこら! チェスノコワ姉妹に手を出してこの程度で終わったと思うなよ? 私が飽きるまであんたらはこのガレージから出られない。覚悟しろ!」


 そしてどうにか立っている一人に近づくと、足を払って倒れさせた。


「ははは! あんたらみたいなゴミ虫は、地面を這うのがお似合いなんだよ!」


 高らかに笑ってみせる。

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