四話 リータの調査 (リータ)

 部屋着のジャージを脱ぎ捨てたリータは、デニム地のオーバーオールと赤いパーカーをかわいらしく着込み、肩にもかからない短い髪を無造作に散らした。リータはその日の気分で、格好よく決めたり、かわいらしくしたり、コロコロとファッションを変える。上品なのは似合わないと知っているので、それは姉のサーシャに任せていた。セクシーな格好は姉妹共に似合わない。


「どうかな、サーシャ?」


 玄関前で待ち構えていたサーシャの前でくるりとひと回転してみる。


「随分胸当ての部分が短いオーバーオールなのね。大きな胸が強調されて、なんだかエッチっぽいわ」

「それは貧乳のひがみだよ」

「べ、別に私だって貧乳ってわけじゃないんだからっ!」


 そう言って、姉は自分の胸を覆ってしまう。失言だったか。


「とにかくこれでいいよね?」

「ええ、元気でいいと思うわ。いってらっしゃい」

「はいよ!」


 そしてサーシャを家に残し、一人で声かけ男の家を目指す。陽気な草競馬を口ずさみながら、よく晴れた住宅地の中をマウンテンバイクで軽快に走り抜ける。首に巻いたチョーカーからぶら下げた、サーシャとペアのペンダントが揺れた。

 声かけ男の家は新興住宅地のみもろ台の中にある。リータたちの家はみもろ台の北端だが、男の家は南の端近く。自転車なら十分くらいの距離だ。

 たどり着いた男の家は、周囲と同じく随分古くなった一戸建て。


<二階の窓のカーテンが閉まったままになっているでしょ? あそこが多分、男の部屋よ>


 サーシャの声がリータの頭の中に響く。サーシャの『接続』には何段階かあり、思考の伝達だけを行う場合もあれば、五感全部を共有する時もある。共有する感覚が多いほどサーシャの負担は大きくなるが、思考の伝達だけなら丸一日繋がっていてもそれほど疲れはないらしい。今は視覚と聴覚を共有している。


<じゃあ、呼び鈴鳴らすよ?>

<段取りは憶えているでしょうね?>

<うん、ネットで知り合ったコスプレイヤーって設定だよね? それでお家の人を騙くらかして、相手のお部屋に突入>

<部屋に入ってしまえばこっちのものだから。最初は怒ったり警戒したりするけれど、私自慢のかわいいリータが媚びたら簡単に懐柔できるわ>

<うん、がんばるよ>


 そしてリータは『高杉』と書かれた表札の下にあるインターホンの呼び出しボタンを押した。

『はい?』

 スピーカーから声がしたのでその上のカメラを見て話しかける。


「そーくん……違った、宗作さんに会いに来たんですけど。私、ソフィーです」

『ソフィー……さん?』

「ええ、ネットの知り合いなんです。会ってくれるって言うから、新潟から来たんですけど……」

『はぁ……。でもごめんなさい、宗作は今留守なんですよ』

<どこに行っているか聞いてみて。コンビニか? って>


 いつものようにサーシャが適宜助言をくれる。


「あ、コンビニですかね?」

『いいえ? よく分からないわ』

<どうする? 上がり込んじゃう?>


 リータが声には出さず、心の中でサーシャに問いかける。


<いいえ、外で会いましょう。心当たりがあるわ。後で来るけど自分が来たことは内緒にしてくれ、驚かせたいから、って言いなさい>


 言われたとおり相手に伝えてから高杉家の門前を離れる。


<今のお母さんかな? かなりびっくりしてたよね?>

<そりゃあ、若くてかわいい女の子が、いきなり引きこもりの息子のところに来たらびっくりするわ。ネットなら何でもありだから、ああ言っておけば無理矢理自分の中で納得してしまうはずよ>

<サーシャって何だかんだで雑だよね? で、居場所の心当たりって?>

<『メープルタウン』のゲームコーナー。あそこも子供が多いし、太って体力がなくなっている男でも、自転車でどうにか行ける場所にあるわ。そしてガレージには自転車を出した形跡。さっそく高和田へ行ってちょうだい、リータ>

<はいよ>


 サーシャは家から出ないが、この近辺の地図は頭に入っているのでこういうこともすぐに分かった。自分とは頭のできが違いすぎる姉に、リータは嬉しくなってくる。






 ショッピングセンター『メープルタウン高和田』を抱える私鉄高和田駅は、みもろ台の最寄り駅である盛山駅から、都会とは反対側に一つ行った先にあった。高和田駅を中心に据えた高和田市はみもろ台よりずっと昔からある地方都市だけど、都会とは比べるべくもなくショボい。駅前に昔あったという商店街は三十年前にできた『メープルタウン高和田』のせいで寂れ、そのショッピングセンターも数駅先に最近できたずっと大きなショッピングモールのせいで経営の危機らしい。そう、サーシャが言っていた。

 ともかく『メープルタウン高和田』の駐輪所にマウンテンバイクを停める。これは父に買ってもらった結構いい奴なので、治安がよくなさそうなこの辺りだと盗まれてしまわないか、リータは少し心配になった。

 ゲームコーナーがある最上階の四階まで行く。フロアをぐるりと見渡したリータは、なんだかどんよりした気分になった。よく遊ぶ高校の近くのゲームセンターにあるような華やかさが、ここにはこれっぽっちもない。なんというか、死にかけている。

 それでも何人かの子供が遊んでいた。後ろから覗き込んでみると、スティックをがちゃがちゃ動かして格闘ゲームやシューティングゲームをしている。リータは小さな頃から男の子とも遊んでいたので、ゲームの知識はそこそこあった。反射神経はやたらいいが技を覚えられないので、格闘術の名手のくせに格ゲーでは負けてばかりだ。


<聞いてたとおり、随分と古いゲームばかりだわ。経営危機のショッピングセンターは、ここにお金をかける気はまるでないみたいね。せいぜい、リズムゲームとプライズゲームをいくつか入れたくらい?>

<あっ、あのうさぎのぬいぐるみ、ぶさかわいくない? 取ってきていい?>

<目的を忘れないで。八時よ>


 サーシャに言われて八時の方向に身体ごと首をひねると、見るからに怪しげな青年が立っていた。太っていて、髪もヒゲも伸ばしっぱなし。前を開けたブルゾンは肩口が破れたままで、下に着ているのはぴちぴちのジャージ。視線が合った途端、向こうはぎょっした顔になる。

 リータはにっこり笑顔を向けると、大股で近寄っていった。向こうはきょどきょどと視線をさまよわせている。


「高杉、宗作君?」


 片手で銃を作って相手を指さした。


<バカ>


 サーシャが呆れ声を出したのと、宗作が横を向いて走り出したのは同時。


「逃げられると思ってんのかぁ!」


 闘志に火が付いたリータが全力疾走すると、男がエスカレーターにたどり着く前に追い付いた。相手の肩を掴み、膝の裏を踏むと仰向けに倒れてしまう。少し走っただけなのに、男は息も絶え絶え。


「さ、次は逃げないでね?」


 リータは手を差し出した。

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