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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ペーター編のネタバレを含みます。
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「おおっ!?」
「なんと!!」
戦場の只中で騎士が見せた意地の張り合い。
それを見た若かりし頃の儂らは、身分など忘れて歓声をあげた。
片側は馬上で鐙を踏み損なったままの者と決着など望まぬと、わざと大回りして余裕を与えたが、もう片側は情けは受けぬと踏み直すことはせず一直線に相手へ突っ込んでいく。
その結果を見届けた後でも、両者を讃える気持ちはまるで変わらず。
「見たかペーター!? どちらも見事だった!! ああっ、俺も参加しておくべきだったなァ!! 絶対に手柄を挙げてやったものをっ!!」
「はっはっはっは!! 伯爵令息という立場上、無暗に危険を晒せぬと怖気ておったではないか!! しかし今のやりとりは見事だった!!」
「なにをお!? お前だって傭兵共のたまり場を覗いた時は腰が引けていたではないか!! あぁだがっ、っくぅ~~!! どうにも興奮が収まらんッ、街へ戻ったら鍛錬を行うぞっ、付き合え!!」
「へいへいっ、晩餐の準備はいつも通りでいいと伝えておいてやろう」
「なんだとお!?」
若い頃はまあ、儂も儂で粋がっておったからな。
身分の差に平伏してなるものかと、意地を張って対等な物言いをしている事もあった。
ライオスも……あの頃はただ真面目なだけの男では無く、歳相応に夢見る所も残っていたからな。
家の方針で各地を巡りつつ経験を積み、世界を知り、己という器の程を知る。
多感な時期じゃった。
何でもない娘と恋もした、引き下がれぬと喧嘩をして共に路地裏で朝を迎えた日もある。
身分を振り翳しての報復はみっともないと、下手な意地を張っておった。
同時に同世代の誰かが成功した話を聞く度に、儂らこそがと奮起して、数日程度の努力を繰り返す。
まあ、どこにでも居るクソガキだった訳じゃな。
ライオス=ベッカード。
かつては友で、いずれは主人となり、この命を救ってくれた英雄。
儂は、本当に其方が救うに値する男だったのだろうか。
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一人の男が鞭打ちを終えて、宣言を放った時、儂は改めてその想いを胸に抱いた。
本来ならば儂らが率先して讃え、守らねばならなかった男。
その背に鞭を打ち、罰を与えることなどあってはならなかった筈じゃ。
西方の都合ばかり優先し、民に良からぬ思考が蔓延していくのを見逃し、知って尚も正すには至れていない。
なんとも恥ずべき結果。
なんとも忌むべき己。
「ロンド=グラースよ」
彼が、彼を支えていた女との会話を終えて、落ち付いたのを見計らって儂は声を掛けに行った。
今ここですべきことではないと思いながらも、気持ちを抑える事が出来ずに告げた。
「すまなかった……っ、ありがとう」
彼が魔王殺しの功を声高に叫んでいたのなら、より多くの民が罰せられていたことじゃろう。
温情含みの、泣いて伏しているだけで済む様な鞭打ちではなく、明確な処刑という形での結末もあった筈。
ライオスの息子、現伯爵とて領土内の貴族らを自由自在に出来る訳ではない。
正義が過剰に傾けば、魔王殺しの名声へ乗った者達が率先して協力しただろうことは予想に容易い。
故にこのような甘い結果を迎えられたのは、彼が一身に罪を背負ってくれたからじゃと儂は思う。
「此度の事、多くの者は気付かぬだろうが、お主が真に勇者足り得る人物だったからこその結末よ。自らに泥を塗り、他者を立てることの出来る、そのような振舞いを儂は心より讃えたい」
彼は最初背中の痛みでか顔を歪めておったが、言葉を聞く内に何を思ったか笑い始める。
「同感だよ、ペーター爺さん」
儂はその言葉を取り違えた。
呼び掛けられていた筈が、彼の表情に引き摺られて冗談でも言っているのかと勘違いした。
彼は、英雄である筈が、泥を被って人を救い、輝ける場さえも譲ってそこに立っておる男は、冗談に笑って応じようか更なる賞賛を重ねようかと口を半開きにしておった儂の胸を、トンと叩く。
「まあ最後はちょいと意地を張らせて貰ったがな。テメエの信じた奴の為に、自分が泥を被ろうとも尽くしてみせた爺さんの物語が、俺ぁ結構気に入ったんだ」
その真似をしてみせただけなんだぜ、と。
言われた途端、猛烈に気恥ずかしくなった。
儂は、その。
ライオスとは違って。
いつも、だな。
「い、一緒にするでないわ」
「そうだな。半年近くか? はははは、そこまでやり通したアンタのがなんぼか上だ」
「ではなくてだなっ!?」
「誇れよ爺さん。アンタは間違いなく領民を救ってきた。救う者が居る、間違いを正す者が居る、そう思えることは間違いなく俺達平民にとっちゃ救いなんだ。ライオス=ベッカード漫遊記、俺は大好きだねぇ」
「~~~~っ、全くお前という男はっ」
この男に報いねばならない。
己が鬱屈を遠い誰かに向けて発散するような、庇い立った背中へ槍を突き付ける様なことを許していてはならない。
……ライオスの汚名を晴らしたならば、それで終わっても良いと考えていたが。
齢八十年。
こんな老いぼれになってまで、やりたいことが出来てしまうとはな。
「爺さん」
「っ、なんじゃあ」
「長生きしてくれよ?」
「当然じゃあ!!」
ついつい声が大きくなって、周囲から視線を集めてしまったが。
構うものか。
自分にどれだけのことが出来るかはまだまだ不安もある。
それでも、もし許されるのであれば、儂はライオス=ベッカードとして、身勝手で小さな正義にしがみ付く者共を叱りつけ、正していってみせようではないか……!!