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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ローラ編のネタバレを含みます。
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やることがない。
上がり込んだロンドの部屋で周りの冒険者達が移動の準備を進める中、寝ているのにも飽きてリュートを手に取ったけど、流石に邪魔するのもなと軽く調律するだけに留めた。
倒れた時に一度落っことしたから弦が少し痛んでいた。
取り替えて、はい終わり。
暇だー。
閉じた窓際では確か、バルディとかって冒険者の人が槍を片手に酒を煽っていて、入り口にはグロースとかいう大柄な人。
二人はロンドが私に付けてくれた護衛だ。
細かい所は教えてくれなかったけど、タダって訳じゃないだろう。
だってのにあいつ、値段も教えてくれないんだ。
私だって手持ちくらいはあるんだから、ちゃんと教えて払わせて欲しい。
こういうのは、なんだ、下になった気がするから。
最後に別れた時、もうアイツは私より背が高かった。
昔から私は小さい方だったけど、見降ろされるのが嫌ですぐ近くには立たなかった記憶がある。
だけど再会した今、まだガキっぽさの残ってたアイツは随分と落ち着いた感じになっていた。
近くで見ると私が落ち着かない感じになるから、今もあんまり近くには立たない様にしてる。
全く、面倒臭い奴だ。
「ローラさん、経過を看させて頂いてよろしいですか?」
私がアイツの寝台の上で腕組みしていたら、ずんぐりした格好のリディアさんが寄って来た。本当はほっそりした、とんでもない美人だったことは私も見たけど、今は事情があって幻影を被っているらしい。
偽物だって分かっているのに、近くで見てもそういう人にしか見えない。声まで違ってるし。
「いいよー」
服を緩めて脱ぎ捨てる。
と、男達が慌てて目を逸らすのが分かった。
にしし、そんな気にしなくてもいいのに。
ロンドが私を守ろうと付けてくれた人なら、私は十分に信用してるよ。
「……あまりはしたない振舞いは」
「あー、ごめんごめん。旅ばっかりしてるとさ、雑魚寝なんて当たり前だし、私はほら、二人に比べると貧相だからさー。あんまりそういう目向けられたことないんだよね」
リディアさんは何か言いたげにしていたけど、結局継ぎの言葉もなく私の胸元へ手を触れさせた。
先日、そこに突き刺さった矢の感触はまだ残ってる。
何か気持ち悪いものが身体中に沁み込んでいって、あぁこのまま死ぬんだって思ったことも。
なのに目が覚めたら傷口ごと消え去っていたんだから、夢か冗談かと思ったんだけど。
「どこか、少しでも辛い部分はありますか」
「退屈なくらいかな。守ってくれてる皆には悪いけどね」
「いえ……それは別に。そう、ですか」
私は幻影の奥にある、リディアさんの顔を覗き込むような気持ちで彼女を見た。
「リ……リリィさんって、ロンドとは長いの?」
「え、ええと……」
困らせちゃったかな?
だけど、あのロンドが妙に信頼している風だったからなー。
まさかこんな美人と懇ろになってるとは、なんて思うけど、リディアさんも妙に距離が近かったしさ。
あいつ結構すけべだし、会って仲良くなり始めてた時から、たまに胸元見られてたのは知ってるんだぞ。そんな奴だから、真面目そうなリディアさんを誑し込んでる可能性は結構ある。
可能性、と言えば。
「はい。こちら、携帯食などを纏めておきました。移動後は身に付けておいて下さい」
「おう、ありがとな」
妙にテキパキと荷物を纏めていくトゥエリちゃん。
あの子も結構怪しいぞ。
だってさっきから、床下の収納とか、棚の奥にある瓶とか、普通じゃ分からない様な場所から次々と物資を持ち出して皆の荷物を纏めてる。
ロンドは昔から細かいというか、準備を整えてから動きたがる所があったからか、この部屋には幾つもの保存食とか冒険の道具が置かれてる。でも、どうしてそんなに物の位置を把握しているんだろうなあって、思っちゃうよね?
持ち出すのに遠慮が無いのは、さっきロンドが任せるって投げてたからもあるだろうけど、なんというか、慣れみたいなのを感じる。
「はい。診察は終わりです。ありがとうございました」
「こちらこそ」
「あっ、それなら」
私を看終わって離れていこうとしたリディアさんへ、トゥエリちゃんが声を掛けた。
「リリィさん、さっき下へ顔を出した時、湯浴みの個室が空いていたので、今の内にいかがですか?」
「あぁ……いえ、ここを離れるのも……」
トゥエリさんの提案にリディアさんが服へ手をやった。
私も旅慣れているし、冒険者はそういうものだって思うけど、私が目覚めるまでの間ずっと付きっ切りで居てくれたんだもんね。外はともかく、街中に居る時は気になるものだよ。
私が口添えしようと言葉を考えていたら、先に槍持ちのバルディが言った。
「いいよ。行ってきなよ姉さん、オリハルコンの武器持ってるのは旦那だけじゃないんだし、短時間ならそこのトゥエリちゃんが居てくれれば十分だ。グロース」
「うむ。念の為に扉前はこちらで固めよう。無用だろうが」
「そういう訳にはいきません。ましてや、護衛対象から護衛の数を減らすなんて」
あらら、リディアさんは結構頑固なのかな。
でもそうだな、私もちょっと暇してるし、ちょうどいいか。
「だったら私が一緒ならいいのかな?」
こっちもこっちで寝たきりだから、いい加減すっきりしたくなって来た所だ。髪だって洗いたい。
お互いお酒を飲んでいて、そのままだしさ。
「……ええと」
「護衛対象と一緒なら、むしろ効率が良いですね。私は裏でバルディさんと待機してればいいでしょうか?」
「うむ、そうして貰おう」
「あ、あの……」
「はい決定! あっ、私の服はどうしよ。ロンドの借りればいっか」
適当に箪笥を開けるも、冒険の道具みたいなのが詰め込まれていて首を傾げた。
「それならこちらです」
トゥエリちゃんがさらりと別の引き出しを開けて、綺麗に折り畳まれた服を出してくれる。あまり使われていないのか、ちょっとした余所行きみたいにも見える。
「こういうのでしたら、男物でも気にならないと思いますが、どうでしょう?」
「うんうん。じゃあそれで」
軽く流しつつやっぱりと疑いを深めていく。
当たり前にロンドの部屋のものを把握してるよね、トゥエリちゃん。服一枚一枚の造りまでっていうのは、ちょっとおっかなくもあるんだけどさ。
しっかりとアイロンの効いた服を受け取り、アイツこれ着て何してたんだろうなとか疑惑も浮かんでくる。
「あぁでも、そうなるとリリィさんは」
「…………どうかしましたか?」
トゥエリさんと一緒に視線を向けると、決まった事には行動が早いのか、着替えの服を手にしたリディアさんが首を傾げた。
それ、どこから出したの、という私達の疑問には気付いて貰えないみたいだ。
幻影って凄い。たぶん、そういうことだ。
重ねた服の隙間に下着が見える時点で、へー、ふーん、って感じ。
「それでは移動…………失礼」
グロースさんがこっちを振り向いて、すぐに目を伏せて背を向けた。
なにかあったかな?
「ローラさん……」
リディアさんの困った声が頬をつつく。
「服を、着て下さい」
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大きな桶一杯のお湯を二人で分け合い、身体を洗う。
私は商売柄綺麗にしてるつもりだったけど、幻影を解いたリディアさんの肌は実に見事だった。
柔らか、きめ細かくて瑞々しい。
すっごく落ち着いてるから年上だと思ってたんだけど、このお肌はまるで十代。くそう、完全に負けだー。
ついでに身体つきは女から見てもえっちだ。
太腿は太過ぎず細過ぎず。腰のくびれに胸周り、あぁ肩の辺りを見てるとムラムラしてきそうだ。そして何より尻がいい。
うんうん。冒険者だもんね、全体が引き締まっているけど、戦士とかじゃないから無駄に筋肉質じゃない。
抱き締めると本当に気持ちよさそうだ。
「ふぅむ……これは夢中になるのも分かる気がする」
「あの…………ええと」
「あー気にしないで前見てて。目の保養になります」
ややも強引に背中を流すことにしたから、リディアさんはずっと気恥ずかしそうにしてる。ロンドと居る時、というか、神官として振舞ってる時はもっとしっかり者っぽかったのに。
「リディ……リリィさんは、冒険者だけどすっごくお肌が綺麗だよね。なにか特別な素材から作ったものでも使ってたりするの?」
ロンドが何か、すっごい腕利きみたいなことを言ってたし、そういう高位の冒険者は下手な貴族よりずっといい暮らしをしてる。
北の地でも彼らは総じて金払いが良くて、顧客としてもありがたかったな。
「いえ。私は、神官ですので」
「え? なんだっけ、あぁ、ルーナ神か。お月様のおめめしてる女神様に仕えると、そういう加護を貰えたりするの?」
新説だ。ご婦人ご令嬢にでも教えてあげれば喜ばれるかもしれない。
「そういう訳ではなく、自力で身体の流れを常に整えているからです。傷を受けても早い内ならほぼ完全に痕を消せますから」
「へぇ、そうなんだ」
ふと自分の胸元へ目をやる。
矢の突き刺さった筈のそこは、すでに傷跡ごとすっかり消えている。
夢か何かと思えるくらいだ。
「…………古い傷は消せないんだね」
「そう、ですね。古傷は、既に身体がそれを含んだ上での状態として流れが出来ていますので……死者を蘇らせることが出来ないのと同じですね」
傷が傷跡になり、生が死へと変わる。
なるほど、状態が次へと移ってしまっている訳か。
「あいつさ、結構傷だらけでしょ」
「はい……ぁ」
「むふふふふふぅ……っ!」
「きゃあ!?」
後ろからリディアさんに抱き着いて肩越しに赤くなった顔を覗き込む。美人が初心な反応を見せてるのはええのうええのう、お肌すべすべ、あーそっちに目覚めそー。
「どうしてそんなこと知ってるのかなあ? どこで見たのかなあ? ほらほら、ここだけの話にするから、こっそり教えてよお。というかもう分かってるけど」
「ぁ…………あの……」
「うんうん?」
「~~~~っ」
耳まで真っ赤になって可愛いなあ。
「私はさ、アイツが好きだよ」
「…………」
「牽制とかじゃない。単に、昔から好きだっただけなんだ。本当はクルアンの町になんて寄るべきじゃなかったのも分かってる。だけど、今通り過ぎたら二度と戻って来れないって思ったから、ちょっとだけ顔を見たくなった」
実は昔振られてるんだ。
一緒に行こうって言った時、アイツは来なかった。
その時点で気持ちなんて吹っ切れたつもりでいたけど、再会したらなんだか未練が出来た。
「貴女はどう? 貴女の詩の中に、アイツは居るの?」
抱き締めた腕の中で返事が来た。
ちょっと意外な所もあったけど、まあ、そこはアイツが知っていけばいい。
でもそっか。
そうだよなあ。
はははっ。
※ ※ ※
部屋に戻って、荷物を確認して。
ふと外していた首飾りを取り出した。
寝台横の棚、私が最初に開けた引き出しの、一番奥まった所へそれを捻じ込む。
この道具類も毎日使ってるんじゃないだろうし、すぐには見付からないだろう。
かつてこの町で倒された、魔竜と呼ばれた双子竜。
その生き残った片割れが、傷を受けた時に残していった鱗を加工した特別なものだ。
巷じゃローラの証みたいに言われてるけど、タリスマンとしての力があるから、売ればかなりの値段になる。使い切りの消耗品なんかじゃない。本物の魔竜の力が篭った逸品だ。
ローラの名前を使わない以上、もう私には必要のないものだし、先代も先々代も、継ぐべきなのは名前じゃないぞって言ってたからね。ましてお守り一つで途絶えるものなら、綺麗さっぱり消えてしまえばいいってさ。
二人が磨き上げ、伝えてきたものは私の中にある。
だから、いい。
それにアイツ、どうせ私が何度言っても今回の費用を払わせないだろ。
だからこっちもこっそり置いて行ってやる。
「おまたせーっ」
部屋を出る時、もう一度振り返って棚を見た。
リディアさんや、トゥエリちゃんがそうしていたみたいに、私もここに何かを残しておきたかった。
売られちゃうかも知れないけど、まあ、それならそれでもいい。
お礼だしね。
顔も見た。
言葉も交わした。
ちゃんと生きて戻ってくるって知ってる。
だから、こっちもちゃんとお礼だけしたら、そのままふらっと消えていこう。
あんな二人が近くにいるんだからきっと大丈夫だ。
うん。
※ ※ ※
でも。
もし、
もし、私に気付いて追い掛けて来てくれたら、その時は。