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公募用新作『アイドル戦記』ちょい見せ

※こちらの近況ノートは後ほど削除する可能性があります※
※11月24日の11時に投稿を行う予定です※

※読むぜ、フォローするぜ、という方はイイネボタン押して貰えると参考になります。感想、評価なども是非※

 では以下本編。

































   『アイドル戦記』

    ※   ※   ※

【第1話 初公演】

 大きな外套に身を包んだ少女が踏み出す一歩を、月灯かりが照らしていた。
 飛び上がっていく飛竜へ目を向ける者は居ない。
 篝火によって照らされている元老院議場、先ほどまで乗っ取った壇上にて長広舌を振るっていた青年も、今は役割を終えたとばかりに一歩下がり、その歩みを見送っている。

 運び込まれる大筒のような何か。
 鉄の鈍色は無粋とばかりに剣を収めた者達が、意気揚々と飛び付いて魔術具を起動させる。

 夜を貫く強力な光が壇上を照らし出し、中心に立つ少女が杖を取り出す。
 そう、それは確かに杖にしか思えなかった。
 少なくとも、今日この議場へ集まったお髭達にとっては、昨今若者の間で主流になりつつある小型の、珍妙な形をした杖にしか。

 けれど少女が先端部の球体を口元へ近付けた時、やや緊張を帯びた吐息が付近の箱から漏れ出した。

「聞いて下さい」

 何を、と問える者は居なかった。
 困惑する全てを差し置いて、少女は今こそ外套を脱ぎ捨てる。

 現れたのは肩を、臍を、膝を大いに露出した、見るも煌びやかな衣装に身を包んだ十二かそこらの少女である。
 彼女は再度息を吸い、手にした杖へ向けて想いを放つ。

「私っ、歌います!!」

    ※   ※   ※

 アイドル。
 それは戦後日本のテレビ普及に伴って急激に発達した文化である。
 血で血を洗う戦争を乗り越え、荒廃し切った大地で生きる人々へ向けて、年若い少女達が歌い踊り、笑顔を振りまいて愛を語る……!
 そう、アイドルとは今日の日本が立ち上がる原動力になったと言っても過言ではない!!
 長きにわたる戦いの日々!
 人々は芸能を忘れ、欲しがりません勝つまではと謳って餓え続ける!
 最早なぜ戦っていたのかすら分からず、命を燃やして敵を葬れとっ、狂乱のままに突き進んで来た!!
 それを癒しっ、支えっ、導いて来たのがアイドルなのだ!!
 ならばこの戦乱続く異世界にも、アイドルの光が必要だ!!
 かつて夢見た希望の果て、推しアイドル(十六歳)の妊娠スキャンダルという悪夢に堕ちて世を儚み、有り金全てを戦争孤児支援団体へ寄付して空を舞った一人の青年がッッ、今再びこの世界に光を齎すのだ!!
 世界はっ!
 アイドルを求めている!!

    ※   ※   ※

 「――――ィいかがですか議長殿!?」
 分厚い瓶底のような眼鏡の奥から、血走った目をして語り掛ける青年に対し、老齢の議長は髭をさすりながら息を落とす。
「さっぱり分からん」
「可愛いでしょう……!?」
「あぁ、可愛かった」
「癒されませんか。愛くるしさに胸がときめき、己の全てを懸けてでも推したいと思いませんか!?」
「君のその情熱は素晴らしいと思う。そうだな、儂にも孫が居るからな、気持ちは良く分かる。あんな風に笑い掛けてくれた子も、最近じゃあ異大陸語で良く分からんことを喋り、金をせびりに来る。懐かしぃなあ、儂の可愛い孫。早くひ孫が欲しい」
「何を仰っているのですかっ。今そこに、アナタの愛を受け止めてくれる『アイドル』が居るのですよ……!?」
「そもそも彼女はなんだ」
「私の妹です。およそ十年間、私の知る限りのアイドルについての技能を全て叩き込みました。無論彼女も望んでくれています。そうでなければ今のステージは成立しなかったことでしょうっ」
「すてーじ……また若者はそうやって異大陸語で……。だがしかし、あぁ、すてーじは素晴らしかったが、それと君の言う未来がどう繋がる?」

 老人の問い掛けに青年はしかたないなと首を振った。
 老兵は去り行く者。
 最新の世界からは置いて行かれてしまうのが運命だ。
 けれど、時にアイドルはそれすら救い上げてしまうと彼は知っている。

 そう、中年以降の寂しさを知った男ほど、アイドルへハマりこんでしまうのだから。

 故に彼は議場の中央へ躍り出る。そこでは精一杯のパフォーマンスを終えた妹が頬を紅潮させ、額から汗を流し、肩を揺らしている。
 一言二言、言葉が交わされた。
 それだけで彼女は満たされたように微笑み、光の中から身を引いて行く。

 どこかから惜しむような声が出た。
 そうなるのを確信していたかのように男はにちゃりと笑い、手を広げた。

「ご清聴ありがとうございました。アンコールをお望みでしたら、後程拍手と共に彼女を呼んであげて下さい。ですがその前に、私としてもアイドルを脇に下げての演説など忸怩たる想いなのですが、議長より未だに状況が呑み込めないとのお言葉をいただきましたので改めて説明をさせて下さい」

 反乱を起こし、元老院議場にまで乗り込んで、アイドルというものを示した。
 ここまでやって分からないのだから、彼らは余程凝り固まっていたのだろうと青年は憐れみを覚える。
 それほどまでに人心は荒廃していた。
 あくまで個人の思想なので合っているかは知らないが。

 席へ戻った議長が問うてくる。
「貴様の名は」
「ふふふ……私の名など些末なこと。ですが敢えて、P、とだけ」

「ピィ? 変わった名だ。それでピィ、貴様は我々にどんな未来を示そうというのか」
「決まっています!!」

 手を打ち、改めて腕を広げて示す。

 全方位から一点に向けて照らされていた壇上、その光がゆっくりと広げられ、現れるのは先ほどの少女。

 アイドル。
 人々に希望を齎す者。

 そう。
 それこそが始まりであり、全て。

「この戦乱っ、我が国は『アイドル』による文化勝利を目指すのです……!!」





    ※   ※   ※






























    ※   ※   ※

【第2話 炎髪姫】

 先日、元老院が武力制圧された。

 議長以下、参加していた者達に負傷者はなく、無血にて行われた反乱だという。
 これで何度目だと騎士団長は思う。

 血筋のみで選ばれたお飾りの団長職、けれど必死に研鑽を積み、女の身でありながら敵国からは炎髪姫と怖れられるほどの実力を身に付けた、未だ年若き騎士団長は、最早憤ることも忘れて庭園を進む。

 先の反乱では、いや、成した者達が言うには聖戦の序曲では、彼女は最前線に身を置いていた為に駆けつけることが叶わなかった。
 今日呼びつけられたのも方針転換が理由だろう。

 頭がすげ変わる度、彼らは自分の思うままに世界を動かせると勘違いする。

 無視して戦いを続けることも出来たが、正式に停戦命令が下ったことで補給を盾にされ、こうして顔を出すしか無くなってしまった。

 案内されるまま庭園を抜け、大扉の前に立つ。

 議会制を取り入れ玉座を空席とするこの国に残された、かつての名残り。

 謁見の間で王国の騎士団長を待ち受けている思い上がった者こそ、反乱を成したピィと名乗る田舎貴族だという。

「アリーシャ=ヴェルファリオ、入ります!!」

 さて、その器のほどを見せて貰おう……ややも好戦的な笑みを浮かべ、炎髪姫は扉を潜った。

    ※   ※   ※

 玉座まで続く赤い絨毯、それを踏んで進むアリーシャは一つの感心を得ていた。
 件の男がどれかが不明だが、待ち受けていた者達は玉座の手前に長机を並べ、それぞれ椅子に腰掛けていたのだ。
 またぞろ玉座に座っているのかと思っていただけに、身を弁えた振る舞いにまずはと鼻を鳴らす。
 この場に他の椅子を持ち込むこと自体不敬であるが、まずは、と。

「そこまででいい」

 分厚い眼鏡を付けた青年が言って、アリーシャは足を止めた。
 腰に佩いたままの剣が擦れ、鉄の響きを微かに染み渡らせる。

 玉座の間、最早傅く相手すら失った国の騎士として物悲しさを覚えつつも、民を守る為に今日まで戦ってきた少女は、静かに相手を見据えた。

「名を」

「アリーシャ=ヴェルファリオ。失礼ですが、アナタは?」

 入室の際に名乗っただろうに、そう憤る彼女へ片手を翳し、待てと示して男は隣の老人へ何かを語り掛ける。
 質問に答える気はないということらしい。
 ただ気付いた。
 その老人こそ、先日まで元老院を実質的に取り仕切っていた議長である。

 長年権力から一歩引いて、各派閥を宥めてきた彼であるが、つまり先の反乱は議長が権力固めをする為のものだったのか、などと邪推する。

 潜めた声が続き、幾度か青年の視線がアリーシャを舐めた。
 足元から頭の先まで、あまりにも不躾な視線だ。

 ただ、不思議なことに普段感じるいやらしさは無かった。
 どちらかと言えば相対した騎士がこちらの実力を推し量るような、真剣な眼差し。
 議長が一言を返し、青年が頷く。

「素晴らしい逸材です」

「そうだろう? ワシ、ずっとお気に入りだったからのお」

「ははは。アナタらしい。ですが悪くありません。プロデュースする者こそが最初のファンである、というのはアイドルを育む上でとても素晴らしいことですよ」

 まるで旧友のように会話をする二人にアリーシャは混乱した。
 今まで、あの議長とここまで朗らかに話す者が居ただろうか。
 表面的にはそう振舞っていても、内心では探りあい、というのが常であった筈だ。

「では、アリーシャ。うん、これから先、君の事はそう呼ばせて貰おう。構わないか?」
「…………はい」

 意外にも穏やかな口調で青年は語る。
 だが、その瓶底のような眼鏡の奥からはとても強い意思を感じた。
 只者ではない。
 その直感が正しかったことを彼女は程無くして知った。
 彼は机の上に両肘をついて、手を組んでみせた。その裏に口元を隠しながら、分厚い眼鏡を怪しく光らせる。

「アリーシャ、君にはこの国の未来を背負う、新たなる役職を与えたいと考えている」
「この、国の……」

 彼女は騎士団長だ。
 敵国との最前線に身を置き、日夜国の安全を守ってきた役職である。

 そこに敢えて問いを重ねるのは、それ以上の何か、ということだろう。

「途轍もなく、重たい任務となるだろう。その覚悟はあるか」

 問い掛けに怖じる間など必要無かった。

「無論です。それが真実、この国の未来へ繋がるというのなら、私はこの身が砕けようとも働く所存です」
「だがそれは、おそらく君の抱えてきた常識からも大きく外れたものだ。果たして……君にそれが出来るのかどうかとずっと悩んでいたのだが」

 彼の口振りに思い当たるものがあった。
 裏仕事だ。
 暗殺、あるいは潜入。
 女の身であるのなら、敵国の貴族と結婚し、内部から何かしらの行動を取れということだろうか。

 確かに重たい任務ではある。

 だがそれで人々が幸せになれるのなら、どうして迷うことがあるだろうか。

「私はまだ、アナタの示すそれが本当に人々の幸福に繋がるものであるのかが分かりません。ですが、真実そうなのであれば、私に出来る全てを捧げてでも成し遂げてみせましょう」

 と――――アリーシャは言葉の最中に青年の目元から光が流れ落ちるのを見た。

 彼はそれを恥じるように目元を拭う。
 それほどまでに強い想いを。
 彼女の中で少しだけ青年への印象が上向いた。

 くすり、と戦場で心折れた兵士達を鼓舞してきた、若き騎士団長は笑みを浮かべる。
 彼女のそれを見たからだろう、彼はハッと息を飲み、笑った。

「そう、か。君は、やはり素晴らしい」

 その称賛があまりにも無邪気で、無防備なものだったからか、アリーシャはつい胸の内に弾むものを得た。

 頬が熱を持ち、鼓動が早まる。
 今までこんなにも真っ直ぐな目を向けられたことはない。
 お飾りから始まった名家の小娘と、そう笑われながら力を示し、作り上げてきた関係性は常に暴力と恐怖が伴っている。
 最前線で張り詰めている彼女には副官とて気安く声は掛けられない。
 そうして後方へ下がってきた際に向けられるのは、その美貌に対する粘ついた欲望だった。

 だから、あまりにも新鮮だったのだ。
 およそ同じ年頃の少女であれば当たり前に得て来ただろう感情を、今始めてアリーシャは知った。
 まだまだ淡い、花の香りのように微かなものではあったが。

「改めて問う」
「はい」
「この国の為、いや、この世界の為に、自らを犠牲にしてでも働き続ける覚悟はあるか」
「無論、私の全てを捧げてでも」
「過酷な道となる。理解を得る事も難しいかもしれない。時に蔑まれ、称賛の影に嫉妬を受けるかもしれない。それでも未来の為に、共に戦ってくれるか」

 なんという高潔なる想いだろうかとアリーシャは戦慄した。
 この、いかにもといった大仰な言い回しに、彼は一欠片も欺瞞を混ぜ込んでいない。

 そうか、共に、と。
 僅かながら芽生えた想いに従い、騎士団長アリーシャ=ヴェルファリオは胸元で手を握る。

 まるで、婚約を結ぼうと告げられた乙女のような表情で。

「はい。私は、どこまでもアナ――――」

    ※   ※   ※

 「って、ふざけるなああああ!!」
 半時後、アリーシャは叫びをあげていた。

 今居るのは、レッスン室。

 王宮内部の一室を改造し、急遽作り上げた秘密の訓練場である。
 ここへ来るまでに三度の検問を通り、厳しい身元の証明を求められた。

 あの青年や議長に伴われていても尚、だ。

 さぞ重大な秘密を明かされるのだろうと使命感に燃えていた騎士団長を待っていたのは、あられもないアイドル衣裳への着替えだった。

「なんだこの服は!? なんだコレは!? これが本当に国の命運を背負った秘密任務だとでも言うつもりなのか!?」

「一応着てから文句を言ってくる辺り、真面目な人ですねぇ」

 彼女の隣で平然と同じ衣裳を纏っている、小柄な少女が呆れた顔で言い捨てた。
 アリーシャよりも明らかに年若く、幼いと呼んでも良さそうな年頃なのに、顔立ちはいっそ魔的な程に整っている。

 けれど彼女は皮肉げに顔を歪める。
 まるで熟練の騎士が己の武器の性能を知るが故に、一見すると雑に見える扱いをするように。

「どこまでもアナタと、なんでしたっけ? 添い遂げる? とか、そんな事を話していたんじゃないんですか、騎士団長様」
「添い遂げるだなんて言ってない!?」

 顔を真っ赤にして言い返し、服の裾を掴んで必死に伸ばそうとする。
 やればやるほど恥ずかしさも増すのだが、やらずには居られなかった。

「お前はどうして平気な顔をしていられる!? はっ、腹も肩も脚も丸出しにしてっ、腰巻きなどちょっと動いたら中が見えてしまうじゃないか!?」
「見せパン穿いてるから平気です」
「なんだ見せパンって!!」
「見せる為のパンツです」
「意味不明だ! 訳が分からないぞ!? それにどうしてこんな格好をする必要がある!? 破廉恥だ!!」
「うるっさいですねぇ……ほら、動いても裾を乱さないように。靴下も手袋も、大事な衣裳なんですよ」

 少女が寄ってきて裾を綺麗に整えてくれるが、あまりにも心許無い丈の短さにどうしても落ち着かない。

 剥き出しの肌と、足元の不安定さ、見せる為と言われても恥ずかしさは変わらない。
 そこへ、

「いつまで文句を言っている」

 と、すべての元凶が口を開いた。

 何あろう、その男が見ているという事実こそがアリーシャの羞恥を加速させているというのに。

「国の為、世界の為に己を犠牲にする覚悟があると語ったのはその場限りのものだったか」
「くっ!! だがそれとコレにどういう関係がある!? 私を辱めるのが目的だったのか!?」

「言った筈だ。過酷な道となる、と。この世界、この国の価値観では確かに破廉恥であると映るかもしれない。しかしそれこそ、芸能神マップァへ仕える巫女の正装である」
「マ……、っ!? な、なんだそれは……?」

 アリーシャの問いかけに青年は嘆かわしいとばかりに息を落とした。

「若者が文化を忘れて幾年月、歌もなく、踊りもなく、芸事へ励むことをうつつを抜かすとまで蔑む世では、かの神の名を知らぬのも無理はない」

「戦神の名であれば幾らでも諳んじられるが、芸能? などという言葉自体聞いたことがない」

「良いか。今お前が身に纏っているのは、まさしく芸能神マップァが認めた巫女服である! 芸とはっ、歌い、踊り、人々を笑顔にし、幸福にする行いだ! それを破廉恥だのと語るのは、お前自身の心が穢れているからに他ならない! 我が妹を見てみるが良いっ、実に堂々たる振る舞いをしているだろう?」

「妹君、だったのか」

 目を向けられた少女はふんわりと笑ってみせ、軽やかにステップを踏んで身を舞わす。

 腰巻き、スカートと呼ばれていた衣服が広がって、ついアリーシャは慌てる。
 兄とはいえ、既に婚約者が居てもおかしくない年頃の少女が下着を晒すなどありえない。咄嗟に身を前に出して青年の視界を遮ろうとしたが、少女はそれを予期していたように大きく動いて避けると、更に一回転。

「……………………いかがかしら」

 パンツは見えなかった。

 身長差があるとはいえ、大胆な動きの上に衣服の乱れは最小限で、それを彼女が完全に制御していたことにアリーシャは気付けた。

 彼女とて炎髪姫と呼ばれるほどの実力者だ。
 切っ先の辿る軌跡一つに至るまで意識を張り巡らせ、自在に操ってみせるくらいは訳が無い。

 周囲の騎士達にはそれが出来ないらしいが、今初めて、彼女は己と同じ境地に達している者を見た。

「お前は、いや、君は何者だ」
「お兄ちゃんの妹です」
「名を聞かせてくれ」
「お兄ちゃん?」

 何故か少女は兄に許可を求めた。
 応じる彼は鷹揚に頷いてみせる。

「彼女の名はレイラ。あくまで、芸能神マップァに仕える巫女としての名だがな」
「そういう、ものなのか」
「私の事はPと呼んでくれればいい」
「いやお前の名前は玉座の間で聞いた」
「Pと呼んでくれればいいのだ」

 はぁ、とため息をついて会話を切り上げる。
 兄妹揃って奇怪奇妙極まりないが、そこに懸ける想いも、費やしてきた時間も理解できなくはなかった。

「分かった。お前達は本気、なのだな。その……なんだったか」
「『アイドル』」

 異大陸語にも聞こえるが、耳に覚えは全く無い。
 謎の芸能神といい、巫女といい、納得していいものかと悩みはするが。

「アイドル……いいだろう。騎士に二言はない。いい加減この格好にも慣れて……はこないが、これが必要というのならば慣れてみせよう。矢の降り注ぐ戦場で、敢えて存在を知らしめるべく兜を脱いで戦うこともあるのだからな」

「よし! ならば早速レッスンを始めよう! その戦場での経験とやらがどの程度アイドルとしての技能に影響するかは分からないがな」

 挑発だ。
 いっそ心地良さを感じて騎士団長アリーシャは笑みを返す。

「上等だ。この衣裳以上のものなどそうはあるまい。もう怖いモノなしだ。さあなんでも来るがいい!!」
「よくぞ言った! では素人のアリーシャに合わせて今日はステップを排し、アイドルの華たる歌と、歌詞に想いを込める訓練を行う!」

 ダン! と脇から引っ張り出された立て札にPが大きな紙を貼り付け、その一文を指差した。

「まずはこの部分だっ、『アナタに キュンキュン♡ こっちを向いてよダーリン チュッチュッ♡』ハイどーぞォ!」

「ふざけるなーっ!!」




    ※   ※   ※








































    ※   ※   ※

【第3話 奇襲作戦】

 老将は戦場の匂いが変わったのを感じ取り、静かに身を起こした。

 時は夜、空は新月、闇に包まれた中での奇襲はさぞ偽王国の度肝を抜くだろう。

 彼が潜んでいたのは林だ。
 日中に動いては察知されるだろうと、二日を掛けて潜みつつ進行してきた。

 率いるは彼と同じだけの時を戦場で生きた精鋭と、先だって徴兵された若者達というやや不釣り合いな一団だ。
 だがここしばらくで、敵がこの先の平原に堂々と拠点を築きつつあるという報告があがって来た。
 未だ掘りも柵も無い脆弱極まりないものであると。

 本来拠点攻めの力押しは被害が大きくなる上に困難なものだが、先日遠巻きに見た限りでは十分に行けると判断出来た。

 偽王国ではしばらく前にまた政権交代があったという。
 正当なる王を戴く真王国では考えられないことだ。
 そして権力の入れ替わりに際して、連中はいつも間抜けをやらかす。

 どうせ築城の常道も知らぬ馬鹿が前線へ出てきたのだろう。
 ならばちょいと首元を撫でてやって、戦場経験の浅い若者達に自信を付けてやるのも悪くない。
 そういう意図によって考案、決行された作戦だった。

    ※   ※   ※

 十分に接近し切るより早く、駆け出した一団があった。
 声をあげ、続く若者達を見て、老兵が愚痴を溢す。

「堪え切れなんだか。まだまだ訓練不足だな」

 老将が返した。

「はははっ、若者が血気盛んなのは良い事だ。少しばかり遠いが、この距離ならば奇襲も成功するだろう。ほら、若いのにばかり手柄を取られるなよっ」

 指示を飛ばし、手早く松明に火を点けていく。
 一人の背負った松明複数本、この暗闇では敵も正確な把握など出来はしない。単純極まりないが、案外こういうのを奇襲を受けた側は真に受けてしまう。とんでもない大軍が現れたと不安に駆られ、勝手に敗走を始める。

 懸かっているのは己の命だ。
 普段であれば上官がどうすればいいかを示してくれるが、奇襲というのはその指揮系統を一般兵から外すことを一番の目的とする。

 さあどうする。

 無数の味方に囲まれながら、孤独になった兵は戦えるのか。

「…………むん?」

 先頭集団が敵拠点へ攻めかかろうという、その手前に達した所で奇妙な風を感じた。
 なんだ、と暗闇に目を凝らした時、その闇が切り裂かれた。
 強烈な光。
 照らし出される自軍。
 罠だ。
 奇襲はあくまで奇襲。
 陣形を組んで待ち構える軍勢には敵わない。
 敵が待ち構えていたことを察した老将が退却の声を上げようとしたその時、戦場を震撼させる声が響いた。

「「皆ぁー! 今日は来てくれてっ、ありがとおおおおお!!」」

 炎髪姫だ。
 後方へ下げられたまま、戻ってきていない筈のあの悪鬼が何故。

 更に脇で立っていた小柄な少女がその前へ躍り出てくる。

「最っ高のステージにしてみせるからっ、全力で応援してくださいっ!!」

 バッ――――と、光の色が変わる。
 太く、細く、色とりどりに。
 更には理解不能な恰好をした少女二人が手に小さな杖を持ち、広い台座の上で手を組んで、宣言する。

「「最初のナンバーはこれっ『あなたと手を繋いでハッピーラブ♡』!!」」

 若者達が歓声をあげた。
 腕を振り上げ、己の魂ごと捧げんとばかりに咆哮した。
「逢いたかったよおおっ、レイラちゃあああああん!!」
「アリーシャ……!! 本物のアリーシャだあ! うおおおおおおお!!」
「映像なんかじゃないっ、ようやく二人の生ステージを見られるんだああ!!」
「志願して良かったああああっ!!!」
 老兵達は皆、呆気に取られて硬直していた。

 まるで事態についていけない。
 台座の上では音楽が始まり、件の二人が舞いを披露しながら歌ってみせるが、意識の中へ入ってこなかった。

 彼らは奇襲を仕掛けた筈だ。
 しかし敵に察知されており、反撃を受けることも覚悟した。
 なのに何故、自分達は宴に導かれ、歓待を受けているのか。

 あそこに居るのは炎髪姫だ。
 もう一人の少女は分からないが、少なくとも彼女は戦場伝説と揶揄されるほど

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