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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
コーデリア編のネタバレを含みます。
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私のディムへ。
どうか、こうして想いを綴ることをお許し下さい。
絶望の淵にあった私を春風のように温かく包み込み、救って下さった貴方へ向き合おうと思えば、至らぬ身を律して立とうという気持ちになれるのです。
嗚呼、ディム。
私のディム。
想い出の中の貴方は誰よりも凛々しく、涼やかで、まさに幼い頃憧れた冒険者ディムそのもののように感じられます。
私は――――
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ここ最近の記憶が曖昧だった。
昔から蒸し風呂の中でぼんやりと寝てしまうことがあったけど、その感覚にちょっと似ている。
炭を入れ過ぎて、悪戯好きな子が沢山蒸気を出したりすると、頭が上手く回らなくなる。
そのまま表の池へ飛び込んだりすると、膨らんでいた身体が急激に縮んでいく感覚があって、頭が、頭がぼーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、凄い感じになる。
今は、そこから上がってエールを飲んだ時みたいな気持ち。
いつの間にか綺麗になっていた自室を出て、ギルドへ向かう。
冒険者ギルド『ロゴス』は街外れにある洞窟を拠点としていて、流れ込んだ地下水が川となってギルド内部を通ってる。
元はゴロツキめいた人達が悪い事をするのに使っていた場所だけど、今ではとっても綺麗になって、解放されているギルド内の酒場は町の人も飲みにやってくるくらい。
「ぁ…………おう」
「おはよう。こんな時間から働いているなんて、ちょっとは真面目になったのね」
元パーティメンバーと遭遇したけど、不思議と怖じる気持ちは無かった。
最初は緊張した様子だった彼も、私を見る内に力を抜いて、かつてのように話をする。
「お互い、離れて正解だったのかもな」
「……そう?」
「抜ける直前はこんな風に話せなかった。お前も、俺も、ピリピリしててよ。その内に斬り合いを始めるんじゃないかって若いのがビビってたくらいさ」
それは、知らなかった。
でもそうね。
彼も私も、上手く行かないことが多過ぎて、すぐ喧嘩をしてしまっていた。
信じて残ってくれた人達を路頭に迷わせない様、万が一にでも死なせない様にって、そうやって視野を狭めて出来る筈のことさえ出来なくなっていたと思う。
今なら、確かに冷静になって思い返せるけど。
「……一人でクエストか?」
「仕方ないじゃない。もうソロなんだから」
皮肉で返せる程度には、かさぶたの下は綺麗になっていた。
だけどまだすこし敏感で、勇気が要る。
あぁ、私のディム、どうか勇気を。
「なんなら、ウチと合同でやってみるか?」
「……え」
「神官一人じゃ厳しいだろ。お前純支援だし、運動は昔からへっぽこだろ」
「そんな言い方…………でもそっちだってパーティ立ち上げたばっかりでしょ」
彼の目がふっと優しくなる。
それを蹴飛ばすみたいに。
「あぁ、腕の良い神官を都合よく借りられるからってことね。正式加入なら考えてあげてもいいわ。取り分多めで」
「っは!! お前ともう一度組むなんざ御免だねっ。なんだよ、もうすっかり姐さん復活か。心配して損したぜ」
「減らず口。私ほどになれば、引く手なんて幾らでもあるの。あんたこそ精々背中に気を付けなさいよ、女癖悪いのはもうあちこちに知られてるでしょ」
言い合い、笑い合い。
強気をぶつけ合って。
私はもう一度、冒険者ギルドへと入っていった。
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やり直そう。
もう一度、最初から。
その為にはまず自分の立ち位置を確認しないといけない。
シルバーランク。
熟練冒険者とこの町では偉そうな顔をしていたけど、世の中にはもっと凄い人達が大勢居て、きっと私は足元にも及ばない。
あんなにも鮮やかに、あんなにも柔らかく、屈した人の心を慰撫してくれる人なんて。
あぁ。
胸の内側を甘く撫でられるような気持ちになる。
とても切なく、己の全てを委ねたくなるような気持ち。
私のディム。
その腕に抱かれたなら、きっと身体の芯から震え上がってしまい、だらしのない顔を晒してしまうに違いない。
私のディム。私のディム。私のディム。私のディム。私のディム。私のディム。
街中を歩いていて、自然とその顔を思い浮かべて手を翳していたら、ちょうど顔見知りのエールワイフが角の向こうからやってきた。
あれ……?
今私、何をしようとしてたんだっけ。
霞の様に消えていく彼の姿、吹いた風に視線を向けていると、景気の良いおばちゃんが声を掛けて来てくれた。
大変だったんだって?
苦労してたもんね。
大丈夫、アンタならやれるよ。
応援してるからね。
沢山沢山心配してくれて、励ましてくれて。
それだけで不思議と元気になる。
私は一人じゃなかったんだ。
こんなにも大勢の人が私を見てくれる。
ふふっ。
私のディム。
貴方が教えてくれたこと。
ずっと忘れない。
さあ働きましょうっ。
小さな小さな町一つ。
だけど正しく生きるには誰かの助けが必要で。
今日も困った人達が力を借りにやってくる。
アナタは秋風と共に駆け抜けていってしまったけれど、その残り香を追う様にして私も頑張るの。
厳しい冬を越えて、やがてくる春へと踏み出していく。
明日も続く、一歩を。
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「西方への調査クエストですか。はい、採取も込みで。はい。はい。長旅になるかもしれない? いえ、何の問題もありません。ふふっ……うん、どうかしましたか? なんでもありませんよ。西へ、えぇ、風に押されたのなら仕方ないですよね。どうしたんですか、私は普通ですよ。はい」
新しいクエストを、新たに組んだパーティで受けて。
「…………ふひ☆」
西へ。