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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
クィナ編②とマルサル編のネタバレを含みます。
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薄ぼんやりとした意識がゆっくりと浮上していく。
涼やかな風が頬を撫で、誰かの笑い声が通り抜けていった。
誰だろう。
寝ぼけた頭で考える。
姉さん?
それとも、村の誰か?
記憶が混濁していて分からない。
「っふふ」
ズレていた毛布を肩まで掛けられる。
そんなこと気にしなくてもいいのに。
だって、こんなに穏やかで、心地の良い日なんだから。
でもちょっと不用心だったかな。
いいか。
いいよね。
●●●が居てくれるんだから。
うん?
えっと。
誰だっけ。
ううん、分かる筈。
ほら、いい加減目を覚まして。
●●●が来てくれたんだから。
ねえって声を掛けて、一緒にやりましょうかって言うの。
そう。●●●とはよくやっているものね。誰に似たのか、料理だけは熱心で、時折変なものを持ってくるの。私がおっかなびっくり食べる時、いっつもあの人みたいな顔で笑うから、私も意地を張って平気な顔をする。
意外と美味しい時と、とても美味しくない時がある。
だから、後者の時は大笑いするんだよ。
その表情まであの人そっくりで。
つい目尻を下げてそれを見ていると、ちょっとだけ不服そうにする。
あぁ、目が覚めてきた。
意識が今へと繋がっていく。
今となっては遠い遠い、過去となったあの日から。
ゆっくりと浮上して。
「いつまで寝ているんだい、母さん」
「……あら、おかえりなさい、ロビン」
土間にある厨房で、私の娘が振り返って、笑った。
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八人目の私の子。
ロビンの手料理は美味しい。
ずっと負けじと頑張ってきたけど、最近遂に抜かされちゃった気がする。
お母さん、悲しいな。
でも娘の手料理が食べられるのは嬉しい。
「美味しい。ありがとね、ロビン」
「いつも言わなくていいよ。趣味でやっているようなものだし、母さんにはまだまだ敵わない」
そんなことないのに。
でも、そういうものなのかも知れない。
私も昔食べていた料理が懐かしくなる時がある。
幼い頃に食べたものの記憶は、中々追い越すのが難しくて。
今みたいに豊かな食事とは程遠かった筈なのに、どうしても敵わないなって思っちゃう。
「それで、今日はどうして朝帰りなの……?」
ぽいっと質問を投げたら、ロビンは分かりやすく咳込んだ。
誤魔化せているつもりだったのかな。
それとも私、そんなに侮られてるのかな。
お母さん、基本的には自由気ままな生き方を尊重するけど、自由な事と乱れた生活をするのは違うかなって思います。
「別に悪いことはしてないよ……」
「そうみたいね。じゃあ、お母さんにも話せるでしょう?」
「私の勝手で話すことは出来ない」
つまり、ロビン以外の誰かの為に、今回も夜更かしして朝帰りになった訳ね。
まるで……いえ、この考えは脇に置きましょう。
「母さん」
「なあに?」
聞くと、私の娘は誰かさんみたいに居住まいを正し、誠実そうな顔をして言う。
「誓って、悪いことはしてない」
「夜更かしは悪い事じゃないの?」
「……ちょっとだけ悪いことはするけど」
するけど。
「今、ウィリアナには付いていてあげる人が必要だと思うんだ。ジョアンも理解してくれてる。今日もコレを食べたら出掛けるつもり」
あーあ、本当に、誰に似たのか。
「今日は帰ってきますか?」
「それは……約束出来ない、かな」
「悪いことはしてないのね」
「うん」
「それなら、今夜はここへ連れて来なさい。どんな事情があってもいい。相手を説得して、少しでも多くの人と関われるようにしてあげなさい。ロビンはその子の悩みか、何かの問題を解決してあげたいんでしょうけど、貴女だけじゃないといけない理由はないわ。そーれーとーもー…………?」
ジロリ、と。
疑いの目を向けると、歳不相応に落ち付いている様に見えるロビンが、息を詰めて口籠る。
きっと外でのこの子を見る子達は、こんな表情を知らないんでしょう。
格好付けたがるのはいいんだけど。
サマになり過ぎているのが問題なのかな。
「前みたいに三人四人と集まってきた子達とで、取り合いが起きるみたいな事をしているんじゃないでしょうねえ……?」
「あれはっ!! だって私はそういうつもりじゃなかったのにっ!!」
「勘違いさせるようなことを言うからじゃない」
本当に誰に似たんだか。
「もーーーーっ、母さぁん!」
それでもこうして拗ねてる内は可愛いものよね。
あぁ、昔みたいに抱き締めてあげたい。
だけどここ何年かは、そうすると拗ねるようになっちゃったの。
お母さん、悲しいな。
「ロビンは悪い事をしていない。相手の子を傷付ける為になんて考えてない。うんうん、信じてる信じてる。だから今夜は、ウチに連れて来て家でお眠りなさい」
「そーゆーの、信じてるって言わないからぁっ」
膨れたロビンの横顔を見ながら、母は甘ぁい果物を食べましたとさ。
うん、美味しい。
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ずっとずっと昔、全てが偽りだったと知ったあの日、私は彼に縋って自分を繋ぎ留めていた。
留まる理由なんて、あの時には無かった筈なのに。
後ろから聞こえてくる私を呼ぶ声が消えなくて、ひしゃげてしまう心をただ守りたくて、一方的に求め続けた。
やがて、偽りだと思った日々が、確かに本当だったと知った、あの日から。
沢山の出来事があって。
何度も悩んだり、また苦しくなったりもしたけれど。
「ねえ、ロビン」
「……なんだい、母さん」
産まれたこの子を大切に育て上げて、私は満たされた時間を手に入れた。
それだけは、間違いなく本当の出来事だから。
「愛してる。貴女が生まれて来てくれて、本当に良かった」
未来への約束と共に、祝福を。