流行りのグルメ系を練習がてら書いてみました版です。
シリーズ化するかは不明、本編のおまけなので物語は無いに等しいです。
ネタバレ要素は特にありませんが、『万年シルバー』のリディア編くらいは読んで貰った方がいいと思います。知らんおっさんが酒飲んでるだけになるので。
では本編をどうぞ。
※ ※ ※
※ ※ ※
長丁場のクエストが終わり、ギルドで報酬を受け取って部屋へ戻って来た。
ここは俺がもう何年も借りっぱなしにしている宿だ。革のベルトを緩め、装備を外す。後で手入れをするから作業場に置いた。少しだけ油臭い、日当たりの良い場所だ。
それから汗の染み付いた服を脱ぎ、貰っておいた手桶一杯の水で身体を吹き上げ、箪笥を漁って新しいのを着る。
仕事上がりに小ざっぱりして綺麗な服へ着替えるのは、二番目に好きなことの一つだ。
一番は決まってる。
冒険者の血と肉は酒で出来ている。
何処の馬鹿が言い出したのかは知らないが、実に納得のいく意見だと思う。それを実感する為にも、俺は今日得た報酬を手に下へ降りていった。
※ ※ ※
「おまちどお!」
注文からすぐ、というか、注文する前から用意され始めていたものが出てくる。
エールだ。
陶杯に注がれた魅惑的な液体。
表面に泡を持ち、シュワシュワとした独特の食感を持つこの酒こそ、俺達冒険者の飲む代表的なものだ。
陶杯に結わえ付けられた縄を持ち手にそれを持ち上げ、まずは香りを楽しむ。
ほんのりと、香ばしくも甘く苦い、独特な香り。
表面を薄く覆う細やかな泡を見て眉をあげた。
まあとりあえず飲もう。
宴会の神ラーグロークに捕まらない様、一口目は半分程度。
「っ、ぷはあっ……! 美味い!」
滑らかなのどごし、後味はすっきりとしていて、香りにも混じっていた仄かな甘みと苦み、それと香ばしさが胃の中へ落ちていく。
仕事上がりのこの一杯が最高だ。
身体に染み渡る酒精、仕事からの開放でどこか寝惚け始めていた血肉が潤い、目覚めていくのを感じる。
「しかしなんだろうな、コレ。あまり飲まない味だ」
エールの風味はグルートで決まる。
グルートってのは、料理で言う塩とか香草なんかの調味料だな。
ヨモギやバジリコ、ローズマリーなんかの薬草類が主だが、このエールにはそれらにはない独特の癖がある。
陶杯の中で揺らしてみると、飲んで減った分、泡の剥がれたエールそのものが見える。
深い琥珀色、やや赤みを帯びた茶系の色合い。
香る甘みには覚えがある。だがなんだ。なやんでいると料理がやって来た。
「はいおまちどお」
「ああ、おかみさん」
「なんだい?」
店はまだそれほど混んでいない。
宿の地階にある小さな食事処だが、もうじきここの味を知っている連中が押し寄せてくるだろう。
それまで準備もあるだろうが、ちょっとだけ時間を貰いたい。
「あいや、あんまり飲んだことのない風味だったからな。グルートを変えたのか?」
「あぁそれね。近くの農家からやってきたエールワイフから、樽ごと買い取ったのさ。独特なクセはあるが、美味いだろう?」
俺は頷いて皿を受け取る。
両面をしっかり焼かれたベーコンと切り分けられたパンも旨そうだが、今はエールの話が重要だ。
因みにエールワイフってのは、家事でやってるエール造りが上手過ぎて評判になり、他所から人が集まってくるような人を指している。
本格的に商売を始める者もおり、ここみたいな酒飲みの集まる場所へ売り込んでくる逞しいのも居る。
昔から農村じゃあ、男を射止めたければ美味いエールを作れって言われてる。
大麦の麦芽から酵母で発酵させる、って手法は一般的だが、グルートの中身は秘密にされることも多い。
「……なんだろうなぁコレ。食べたことはある筈なんだが、ぱっと浮かんでこない」
「ははっ、当たったら教えてやるよ」
どうやら女将さんは既に分かっているらしい。
その為に樽ごと買い取ったんだ。さぞたんまり飲んだんだろうなぁ。
半分残ったエールを少し含み、舌の中で転がす。
エールは常温で飲む酒だ。寒い地域にはラガーと呼ばれる、冷やして飲む酒もあるが、醸造も難しくてここいらで飲めるものじゃない。
冷たいラガーのキレの良さも好きだが、エールの常温だからこそ得られる豊かな香りと味わいもまた堪らない。
この仄かな甘み、苦み……そして、香ばしさ。
「分かった! クルミだ! グルートにはクルミを使ってるな!?」
「正解。だと思うよ。ふふふ、アンタも同意見なら間違いはなさそうだね」
「ははっ、うまく使われちまったな!」
なんにせよ酒が美味いのは良い事だ。
もう一杯注文し、離れていく女将さんを横目にナイフをベーコンへ突き刺して齧りつき、エールを飲む。強めの塩気と脂の混じった口の中を、クルミ独特の風味と味わいが抜けていく。
パンを食い、ベーコンへ食い付き、添えられていた小さなチーズに気付いて、にやりとしながら口の中へ放り込んだ。
柔らかなチーズの味わい、おそらくはヤギの乳が混ぜられてるもの。
それと一緒にクルミのエールを飲み、飲み乾す。
「はいお次の一杯」
「美味いっ。ありがとよ」
「はいはい」
その場で渡した硬貨をしっかり数えて懐へ納める。新たにやってきた旅装の一団へ彼女は駆けていって、何やら新しい味わいのエールについて宣伝し始めた。
景気の良い雰囲気は好きだ。
人が多くてざわついているのも、賑やかさを感じられて悪くない。
一人でゆったりと飲む酒も好きだがな。
ははっ、まあ結局、気分良く飲めればそれでいい。
そういうものさ。
喉を流れ落ちていくエールの感触を味わいながら、もうしばらく俺は食事と酒を楽しんだ。