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こちらは、
『万年シルバーランクのおっさん、史上最高の冒険者となる ~パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ~』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
イライザ編のネタバレを含みます。
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頭の中がパンパンに膨れ上がって、まともな思考なんてどこにも無かった。
真っ白だとか、真っ黒だとか、本で語られるような表現とは違った私の感情。
例えるなら熱だ。
周りからどれだけ落ち着けと水を注がれても、あっという間に蒸発して、膨れ上がっていく膨大な熱。むしろ止められるほどに気持ちが強く刺激されて、そこへ触れられることさえヒリ付いて嫌だった。
彼女は。
彼女、は。
私に文字を教えてくれた。
本を読む楽しさを教えてくれた。
人と交流することの大切さを教えてくれた。
自分が真面目なだけで有能では無かったことを教えてくれた。
若い頃は、特に中流層以上であれば途端に生活が楽になる南洋では、他地域に比べて独り立ちの年齢が高く見積もられている。だから、下手でも何でも優しくしてもらえるんだよと、勝気な彼女は挑発的に言って来た。
彼女の言う事はとても筋が通っているように聞こえて、いつもなるほどと納得させられた。
長話を嫌って避ける同僚の家政婦も居たけど、私は面白いからと言ったら、聞き役としての仕事を割り振られて機会も増えた。
楽しかった。
楽し、かった。
だから、二度とその時間が得られないと分かった時、面倒な集まりだがすぐ戻ると言った、彼女が無残にも魔物に食い殺されたのだと知った時、誰かに当たり散らさなければ耐えられないほどに私の心は熱を持った。
それが一気に冷めたのは――――
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教わったとおり、極限の速さも、神業のような技術も必要無かった。
機を見ること。
相手の意識が別に向いて、吸い付いている瞬間を狙うこと。
それが出来れば、むしろ違和感を与えるような速さや技術は邪魔になると聞かされた。
短剣がスッと背中から入っていって、間違いなく生存に重要な臓器を切り裂いたのが分かった。
ほんの僅かに手首を捻る。
空気が入って、もう助からない。
腕の良い神官でも、致命傷を癒しながら入り込んだ空気を抜き出すのは至難であると聞いていたから。それが無ければ人は生きていけないのに、本来通るべきじゃない所へ混ざり込むだけでもう駄目だ。
中原と呼ばれる地域の東端、クルアンの町で活動する対魔物専門の冒険者でも、魔物の使う毒に対処するのは難しいのだとも聞く。
とにかく、この女はもう死ぬ。
すべての元凶、合成獣を生み出して、国民を生贄として化け物に変えていった、最悪の人間。
関わる全ての人が殺せ殺せと訴えていた。
多分、熱狂していたんだと思う。
復讐に。
悲しみから逃げたくて、自分達は被害者だと信じ込みたくて、その行為が何一つ曇りの無い正しいものなんだと熱でおかしくなった人達と一緒に。
どんどんと冷静さは失われていった。
自分でもおかしいとも思えなくなっていた。
さあ行くぞと飛び出した瞬間、頭の中で彼女との思い出が無数に湧いて出てきては涙が溢れた。
結果として、一人の女を殺した。
そして私はその瞬間に復讐者ではなく、誰かにその苦しみを与えた加害者となった。
彼の目を覚えている。
私を、人殺しを見る目だ。
怖かった。
だから私は、死の確認も取らないまま逃げ出して、祝杯を挙げる『ベリアル』の人達の誘いも断って、一人部屋の片隅で震え続けた。
もう、言い訳は通用しない。
被害者では居られない。
誰かに責任を押し付けて正しい側に立ち続けることはできない。
そう、理解した。
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だけど、どうしてだろう。
彼は私を殺そうとはしなかった。
責める気持ちは確かにあるのに、熱に浮かされていたあの時の私達……私とは違って、ちゃんとこちらを見据えて、向き合おうとしていた。
完璧じゃない。
完璧じゃないのは、間違いなく私への復讐心があるからだ。
だけど、自分を見失ってはいなかった。
一度目は冒険者の町で。
二度目は南洋で。
三度目は、聖都南部の領土で。
彼と接した。
ほんの一言二言、言葉を交わした程度ではあったけど。
『この後少し時間があるんだ。一杯、付き合うか?』
そして告げられたあの言葉が、途方もない断崖を飛び越える奇跡のようなものだったと、私には感じられた。
『――――まあ行こうや。辞めるにせよ、続けるにせよ。冒険者の血と肉は酒で出来ているって言われるくらいでな。酔って、悩んで、吐き出して、考えてみればいい』
冒険者の血と肉は酒で出来ている。
そんな言葉、私は知らなかった。
同時に、私は冒険者ですら無かったのだと知った。
復讐に浮かれて武器を振り回していただけの、獣にも等しい存在だった。
無知。
彼と、慣れないお酒を飲みながら言葉少ない会話を続けながら一つだけ思えたのは、あの合成獣を生み出した、私が殺したあの人も、何かを知らないままに生きてきて、そうしてズレてしまったんじゃないかという、あまりにも当たり前なことだった。
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『ラーグローク』の受付嬢として働く初日、設営された更衣室で着替え終わった私は短剣を私物入れへ納めた。
と、その扉を閉める前に柄を握り直して壁際へ寄る。
「はン……腑抜けちまったかと思ったが、存外感覚は抜け切らねえか」
「おじいちゃん……どこ行ってたの。こっちで合流するって、そっちから連絡する約束だったじゃない」
というか、この間は着替えをしてる横で待たれたんだ。
私に盗賊仕事を仕込んでくれた師匠でもあるし、親しんではいるけど、あんまり喜ばしいとは言えない行動だ。
「そう怒るなって。俺だって色々あんだよ」
「いろいろを毎回碌に教えてくれてないのが問題なんだよ」
「だがまあ、孫娘が新しい職を見付けたみたいで安心したよ。職場については正直驚いてるがな」
それは多分、私が一番驚いてると思う。
彼が誘ってくれたのは勿論あるけど、あの頃の私に言ったら顔面蒼白になってありえないと首を振っただろう。
「デカくなるぜ、『ラーグローク』ってギルドはよ」
妙に確信したみたいなおじいちゃんの声に、私はぼんやりと頷くだけだ。
これから所属する組織、そこが大きくなるのは良いことだと、それだけの感想で。
「俺達『ベリアル』は身内を守る為に作られたギルドだった。けどお前ンとこの大将は、そもそもテメエの懐にも入って居ねえような連中を守る為にギルドを作ったように思える。加えてお前、敢えて言うが、恨みを持ってる奴すらも受け入れるってのはもうよ?」
「おじいちゃんも入ればいいのに」
「っはは!!」
快活な声が窓の向こうから響く。
廊下側を誰かが通り過ぎて行って、なんとなく後ろ暗い気持ちになった。
「ホントは事を始める前に連れ戻しておこうかとも思ってたんだが、そのお前にそうも言われるヤツなら問題は無さそうだ」
「ちょっと……何を企んでるの」
「企むさ。何でも。組織なんてものを背負ったらよ、普通は企んで、相手の企みを疑って、そうやってどんどんと友人を失っていくのさ」
けど、彼は増やしていく。
なるほどと思った。
私のような人間まで受け入れてしまえる器を持つギルドマスター。
組織を背負う以上のケジメくらいは付けるだろうけど、一度や二度裏切っただけなら受け入れてしまいそうな印象は確かにある。
それはとても危ういけれど、だからこそ、脇で活動する私のような者もちゃんとしてなきゃいけないんだなって思った。
「本当に困って、『ベリアル』に諦めが付いたら教えてよ。私も一緒に、彼にお願いしてみるから」
「…………なンかその懐きぶりはちょいと危うい気がするんだが大丈夫かねぇ。漏らして泣いてた孫娘がよ、爺ちゃん的には心配だぜ」
「もうっ、っっそのことは言わないでって言ってるじゃない!!」
どうした、と更衣室の外から声が来た。
まさかの彼だ。
そういえば今日は視察があるって聞いていた。
「な、なんでもないですっ。着替え中ですっ」
咄嗟に隠してしまってから、なんで私がと嫌な後ろめたさを覚えた。
できるだけ、彼に嘘は吐きたくない。
すまなかったな、と言って去っていく足音を聞きながら、この後で話そうかどうしようかと悩んでいたら、また窓の外から笑い声が来た。
「たるんだヤツだ。更衣室の裏側に部外者が潜んでるってのによォ」
「なんで潜んでるおじいちゃんがソレ言うの。もう……」
とにかく、と私はとっておきの言葉を取り出すことにした。
魔法みたいな言葉。
心が軽くなる、もう受付嬢になってしまった私だけど、ギルドに関わる者として胸に宿しているのは間違いじゃないと思うから。
「冒険者の血と肉はお酒で出来ているんだよ、おじいちゃん。暗い顔してないで、楽しいことを見詰めて、困難を前に大笑いするのが本当の冒険者なんだから」
だから、乗っ取られて別物になってる『ベリアル』なんて抜けてきなよと、それだけは安易に言えなかったけど、想いは伝わったみたいで。
「っはあ!!!! ったく、デカくなるぜ、このギルドはよぉ」
なんで今それ?
私の疑問におじいちゃんは答えずに足取り軽く去って行った。
なんだか、弾むような調子があって、やっぱり間違いじゃなかったんだなと彼の言葉に納得した。