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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
カタリナ編のネタバレを含みます。
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穴倉から出た時、久しぶりに浴びた日差しの強さに眩暈がした。
つつつと建物の影へ移動して息を整える。
明るいのはあまり好きじゃない。というより、暗い場所に慣れ過ぎてるせいかな。けど、今日からはしばらく暇が出来ちゃった。追い出された穴倉の入り口をもう一度確認し、ギルドの裏口を見て取り、ため息。
「…………いきなり長期の休暇とか言われても」
一度だけ会館内を覗いてみて、すぐに身を引っ込めた。
ここ、冒険者ギルド『ヴォイド』は他の三大ギルドなんて呼ばれてる所に比べると根暗な人が多いって言われる。それでも表側の賑やかさは凄まじくて、首を突っ込んでいくには勇気が必要だった。
けど、と。
私は自分と一緒に放り出されてきた荷物を見て顔をしかめた。
何日分だろう。穴倉へ籠っていると一日二日はそのままな事も多いけど、ここしばらくは忙しかったしな。
洗濯や食事は受付嬢さん任せに出来るとしても、表側が忙しい時は頼むのも申し訳なくて。後、苦手な人の時はしれっと隠したりしちゃうし。
というか今回休暇を言い渡されたのは、やっぱり怪しまれたからかな。別にいいんだけど、あっちからの判断もおそらくは保留だろう。
つまりは疑い晴れるまでの間、気侭に冒険者してなきゃいけない訳で……。
あぁ問題がズレてる。
今解決しなくちゃいけないのは、この大荷物じゃあ普段使ってる裏道を通れないってことで。
必然的にここの裏口から入って、ギルド会館の正面玄関から出ていかなくちゃいけないことだ。
通った所で知り合いなんて居ないし、私みたいなのに声掛けてくる冒険者も居ないだろうけど、踏み込むのは少々勇気が要る。
と、その時、会館内で笑い声が弾けた。
珍しいことだ。
こんな、曇りの無い弾けるような笑い声、『ヴォイド』の会館で初めて聞いたかもしれない。
まあでも好機かな。皆して盛り上がってるなら、横をすり抜けていけば気付かれもしないだろう。という訳で、意を決して荷物を背負い、裏口から入っていく。
騒ぎの方向は見ない。
関係ない。
ちょうど受付嬢さんも奥に引っ込んだから、誰にも見られず通り抜けていけるかもしれない。
じゃあ。
それでは。
失礼しま……………………と、会館内を抜けていく私の前に何かが飛び込んできた。
それは、上下逆さまになった人間で。
男の人で。
なぜか裸で。
飛び込んだというか投げ飛ばされたみたいな感じで。
普段笑いもせず黙々とクエストをこなしては去っていく人の多い、ソロ偏重者ばかりな『ヴォイド』のギルドメンバーがありえないくらい大笑いしていて。
というか。
というか。
ぷらーん、て。
上下! 逆さまの! 男の!! ぷらーんが!!! は、はは! 初めて見た!!!!
「キ――――」
「っ、ってえ! やるじゃねえか『ヴォイド』!! こうなったら残る靴下も脱いで再挑戦だ!! 脱衣拳闘はこっからだぜえ……!!」
その時私はあまりの事態に膝をついていた。
ついでに初めて見た、その、ぷらーん、から目が離せなくなっていて。
なのにソレの持ち主は身軽に跳ね起き、豪快にぷらーんした。
「と、悪い!? 居るの気付いてなかった!! すまん!?」
というか目の前だった。
あまりのモノがあまりの位置に現れたことと、慣れない会館を突っ切っていた緊張感から、私は完全に動転した。
つまり。
「キャァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?」
脅威をぶん殴り、荷物も落としたまま会館を逃げ出した。
もう怖い。
表側怖い。
なんなのあれ!!
…………ぷらーん!?
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「あっはっはっはっはっは!!」
「笑いごとじゃないんだけど」
「いやいやっ、それでお前、落とした荷物を拾われて、そこの馬鹿に誘われるままパーティに加入したんだから相当な馬鹿だったよ!!」
雑多な空気、脂の匂いと、エールの芳香。
誰かの笑い声が誰かの笑い声と重なり、景気の良い店員の声が店内を吹き抜けていく。
陶坏を傾けた小人族の友人が、まだ笑い足りないみたいで肩を震わせている。
あぁでも、本当に久しぶりの感覚だ。
男爵夫人としての振る舞いを投げ捨て、懐かしい人達と再会して、思い出話に浸る。
そんな、なんでもない時間を共に過ごせるなんて。
「俺は初耳ですよ。そんな経緯でカタリナさんが加入していたなんて」
「ルークくんはそこのシルバーにべったりだったからね」
以前の仕事内容については誰にも教えていない。
なんとなく察してた人も居るだろうけど、もっと深い場所までは分からない筈。
精々、同じく盗賊として経験も積んでいたラッセルお爺さんくらいかな。
古巣に戻ってきた今となっては、『ヴォイド』での経験さえ生ぬるい状態ではあるけど。
だからまあ、今だけは。
そう思って何だか大人しめなもう一人へ目を向けた。
あれから随分と経過して、お互いに老けたかな。
流石に歳を取って落ち着くのは当然だとしても、もう少しあの頃らしさが見れると思ったのに。
私の視線を受けて、ソイツは小さく肩を竦めた。
口元にエールの泡をちょっとだけ付けたまま。
……なによ、その反応。
「というか、どうしてあの時『スカー』の冒険者だった貴方が、『ヴォイド』のギルド会館に来てたの。頭のおかしい競技まで始めちゃって」
「さてな。昔の事は忘れたよ」
本当はちょっとだけ知ってる。
『スカー』の受付嬢さんと昔デキていて、その子から逃げる目的で、余所のギルドからのクエストを受けたりしてたんだって。
基本的にギルド所属の冒険者が一緒じゃないと受けられないのに、ソロ偏重者の多い『ヴォイド』にまで友人が居たってことも。
「そんな話より、南洋で再会したラッセル爺さんの事を話そうぜ。あのクソジジイが子どもらに囲まれてすっかり好々爺やっててよ――――」
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そんな。
そんな時間すら過ぎ去った、翌日。
懐かしい思い出がくれた熱さえも掻き消えそうな、陰鬱とした我が家では、とある人物を迎えていた。
重たい決断を強いられることになった先々代は、長い沈黙の末に頷いた。
お義父様。
そう呼ぶ事の増えた今でも、気持ちの上では上司と部下だ。
そして私の夫役でもあった先代を思う。
若くして病に伏した彼の果たせなかった事。
受け継がれてきた重荷が今、改めて私に託されたというだけのこと。
なのに心は冷え切り、拳を握らなければ震えを誤魔化せそうになかった。
あぁ、私は。
たった一つ抱えてきた思い出すら失うのね。
けど、納得も出来た。
この道の先に、救いはある。
「承知致しました。カルベールの器は、その役目を全うしてみせましょう」
最後にもう一度だけ、日向へ手を伸ばしていたあの時を想い返し……顔を上げた時には、何もかもが記録に変じていた。
大丈夫。
裏切りを許してとは言わないから。
恨んでくれていいから。
せめて、傷付かないで。
甘くて優しい、あたたかな記録。
暗い道が続くのかもしれないけれど、その遥か先を、私は照らしてみせるから。