「ああっ、ロンドさん! こいつも持ってってくれっ」
農村から発注されていたクエストを終えて、ギルドへ帰還しようとした所で、村のじじばばが野菜を抱えてやってきた。
「今年は発育が良くてねえっ、ほら見ろこんなに大きくなったよ!」
連中が抱えているのは大玉のキャベツだ。
固くなった表面の葉を開いて中身を見せてくるが、確かにいい色艶をしていて美味そうだ。
「いいのかい? 冬越しの準備もあるだろうに」
「ははっ、下手に残しといても代官が持ってっちまうんだ! だったらいつも世話になってるアンタに食ってもらったほうがいいだろう? ほらっ、荷物に括り付けてやるよ!」
「ああ分かった。分かったから、せめて数を減らしてくれ。そんな山ほどのキャベツ背負って戻ったら、市壁で警備に通行税を取られるだろうが」
元気の良いじじばばに囲まれ、キャベツを押し付けられ、倍増しになった背嚢をどうにか背負い直しながら今度こそ別れる。
「元気でなあ! 死ぬんじゃないぞ、冒険者っ」
「はっ! テメエらこそぽっくり逝くんじゃねえぞっ」
村クエストってのは報酬が安い。
迷宮から溢れ出す魔物の狩り出しは本来領主が依頼を出すもんだが、ここいらまでは手が回らず、近隣の村落が合同で金を出しているからだ。
若い冒険者ほどこの手のクエストを嫌がり、派手で注目の集まる迷宮攻略に精を出すが、毎度こういった追加報酬が貰えるのはあまり知られちゃいない。
万年シルバー。
今や三十二歳。
こんな俺でも冒険者を続けられているのは、長年の付き合いから、あっちこっちに世話んなってるからだ。
※ ※ ※
冒険者ギルドのある町への道半ば、俺は川原に荷物を降ろして竃を作っていた。
一気に町まで帰ってしまおうと思ったんだが、ちょいと小腹がすいてきた。
砂利に覆われた河川敷、風も穏やかで天気も良好。
ついで、偶然出会った町へエールを売りにいく途中だったエールワイフから一杯買わせてもらった。
って訳で戻るまでなんざ待てるはずも無い。
手早く着火させ、薪に火が移るまでに準備をする。
今日の主役はキャベツだ。
良い具合の平らな岩を見つけ、表面を洗ってまな板とし、その上でまず皮を剥いたにんにくを短剣で薄切りにしていく。
火の様子を見る。
もうちょいか。
薪を追加してキャベツを取り出した。
表面を覆う葉を数枚千切り、中身を川で洗う。
この時しっかり確認してやらいといけない。なにせキャベツといったら芋虫だ。全部を取りきることは難しくとも、ちゃんと洗ってやれば土と一緒に結構落ちてくれるからな。
そうしてキャベツをまな板まで持っていき、上から真っ二つに切り分ける。
うん、使うのは半分でいいだろう。
更にそれを四等分。
半円形となったキャベツが四つ、そして薄切りのにんにく。
「塩漬け肉があったよなぁ」
冒険者として、不意の遭難や立ち往生に備えて、いつも三日分程度の食料と水は持ち歩いてる。
包みから出した塩漬け肉を薄く切り出し、摘む程度の大きさに分けていった。
「火も良い具合だ。よし、始めるか」
ちらりと注がれたエールに目をやりつつ、もうちょっと待っててくれよと手鍋を取り出す。
最初は中火で。
バターを一欠片溶かし、焦がさないように気を付けつつ鍋へ広げる。
そうしたら先のキャベツを投入だ。
切った表面、裏と表をバターを馴染ませながらしっかりと焼き目を付ける。
こうすることで香ばしさが増すんだ。
既にバターのほんのりとした甘味とキャベツの旨味が香りとなって登ってきている。
焼け目を確認し、両面に付いたところで火を弱め、刻んだにんにくを散らして蓋をする。
ここからは火に気を付けながら放置で良い。
俺は手拭いを取って川まで行き、軽く身体を吹き上げた。
冒険者なんぞやってると数日汚れたままなのは当たり前だが、敢えて汚れている必要はない。
ウチのお袋は異大陸の出身者で、幼い頃から湯船なんぞ使っていたせいか、俺も結構綺麗好きだ。冒険者仲間からは潔癖症だの言われるが、こうして身奇麗にした時の爽快感は最高だと思うね。
そうして一度手鍋の中身を確認した。
ふわりと広がる、キャベツの香りを含んだ蒸気が蓋の裏から広がっていく。
この料理は、蒸し料理の一種だ。
水分は全てキャベツ持ち。
酒で蒸してやることも出来るが、新鮮なキャベツならこの方が美味い。
「うん、いけるか」
短剣の先で残したままの芯を突き刺す。
切れ味素晴らしいダマスカス鋼の短剣だが、ここまでするりと入るのは火が通った証拠だ。
「よし。皿は……まな板でいいか」
皿の事を忘れていた。
普段手鍋で食べているが、今回はまだ塩漬け肉もある。
一度表面を綺麗にし直して、キャベツを盛る。
後は強火に戻して塩漬け肉を炒め、その上へ振り掛けた。
「……と、チーズチーズっと」
削り板で削ったチーズをさらに振り掛け、完成だ。
「キャベツステーキのにんにくとチーズ風味、ってな」
※ ※ ※
じっくり火を通されたキャベツは甘味を増し、口の中でとろけるような柔らかさで簡単に噛み切れる。
にんにくと一緒に蒸したおかげで、その旨味と、振り掛けたチーズと塩漬け肉の塩気がいい具合に絡み合う。
そして何より、
「っぷはあ!! いいエールだ!」
しゅわりと口の中で弾けるエールの食感を愉しみつつ、更にキャベツを一口。
こいつを食べる時、普段は食感の邪魔になる芯の部分がなんとも言えず甘くほろりとしていて美味い。
塩漬け肉にチーズっていう濃い味を、キャベツの柔らかな味わいが受け止めてくれるのがいいんだろうなあ。
そしてエール。
さらにキャベツ。
またまたエール。
「ああっ、美味い!」
天気の良い川原でのんびりと。
こういう時間を好きに作れるってのが、冒険者の醍醐味だよなあ!
仕事上がりの空っぽになった腹を、俺はキャベツとエールで存分に満たしていった。
※ ※ ※
リディアVer
「よおべっぴんの姉さん! 買ってかないかい!?」
街中を歩いていて声を掛けられた。
神殿から頼まれていた護符を納めた帰り道、なんとなく賑やかさに足が向いて市場を抜けていく途中。
お髭を綺麗に整えた中年の男性の方が手にしている野菜に首を傾げる。
「私、ですか?」
「そうさアンタさ! 見てくれよっ、今朝運び込まれたばっかりの新鮮なキャベツだ!」
困った。
別に食材を買いに来た訳でもないのに、その方は更に言葉を重ねてきた。
「おっと、そんな顔されちゃあむしろ引き下がる訳にはいかないよなあ! 俺が最高のキャベツの食い方ってのを教えてやるからよお!」
※ ※ ※
買ってしまった。
ここまで大玉のキャベツを一玉、えっちらおっちら抱えて来たものの、いざ拠点としている邸宅まで戻ってきて途方に暮れる。
この家はパーティの拠点となっている場所で、リーダーを始め半数が冒険者ランクがミスリル以上というかなり金回りの良い集まり。
だけど今日、皆は久しぶりの休暇を得て拠点を飛び出してしまっている。
せめて誰かに任せられたら良かったのに。
思いつつもどうしようもないので、これを今日のお昼にしましょう。
「まずはキャベツを冷やして……」
庭の井戸水を汲み、桶に放り込む。
派手に飛び散った水にちょっとだけ驚いたけど、特に問題はなさそうだ。
「さて」
人の居ない拠点というのも珍しい。
大抵は誰かが広間で飲んでいたりするけど、流石に今回は迷宮の奥深くまで長期間潜っていたから、好きに遊んで羽を伸ばしたいんだろう。
ちょっとわくわくして浮ついてきた足取りで厨房へ向かい、誰のか分からないけどエプロンを付ける。
腕を捲くり、立て掛けていた大きなまな板を土間で軽く洗った。
包丁を用意し、調理台に並べる。
キャベツを持ってきた。
短時間だけど、冷たい井戸水のおかげでよく冷えてる。
「ん、っしょ!」
よし。
包丁を構え、精神を統一。
刃物は危ない。けれど怯えるのではなく、従わせるんだとパーティの誰かが言っていた。
つまりは魔物を鎖で締め上げて、無理矢理平伏させる感じでいけばいい。得物はよく砥がれている。多分、よく切れる。だから高々と包丁を掲げてよぉく狙いを定める。そしてまな板へ、そこに転がるキャベツへ向けて振り下ろした。
タァン!!
キャベツが真っ二つになった。
タァン!!
更に真っ二つ。
そして!!
「お塩」
ダン!! と塩の小瓶を脇へ並べる。
冷やしキャベツの完成である。
※ ※ ※
砕いた岩塩を冷えたキャベツへ振り掛けて食べる。
新撰でほんのりと甘い、しゃきしゃきのキャベツに塩の強い味が混じる。
「あむあむ」
切り分けたキャベツはまだ大きかったけど、こんなに小さくなったのをまた真っ二つにするのは大変そうなので諦める。
中から出てきた芋虫を摘んで水桶へポイ。
「あむあむ……おいし」
またつくろー。