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『万年シルバー』⑬ マリエッタ編 マリエッタ視点

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 こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922
 の幕間を公開している近況ノートです。

 マリエッタ編のネタバレを含みます。
 
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 センセイとお父様のお話合いが終わって、私はなんとセンセイのパーティに迎え入れて貰えることになりました。
 あの日崩れた壁の向こうに見た、夢の中の存在みたいだったセンセイ。
 こっそりやり取りしているお兄様との手紙でお名前を知り、お父様に何度もお願いして、ようやく出会えたお人。

 最初に見た時のお声がとても力強かったら、もしかしたら怖い方なのかと思っていたら全くそんなことは無くて、でもちょっとイジワルで、笑うお顔を見るとこちらまで楽しくなる、優しい方でした。

 今でも少し、夢の中に居るような気がします。

 見習い以前の身ではありつつも、憧れた方々の元でこんなにも胸の躍る日々を送れるだなんて。

「よぉし新入り。便所掃除は新入りの仕事だ。今日もしっかりやって貰うからなァ」
「はいっ」
「他にも拠点内の掃除、洗濯……は、お前はまだキツそうだからいいか…………うーん」

 センセイの右腕でいらっしゃる、小人族のプリエラ様。
 日々の丸薬や体調管理など、とても良くして下さっている方で、なんと私にもお仕事を下さるのです。

 お屋敷に居た頃は何かをやろうとしても全て使用人がやりますと言われ、とても心苦しかったものです。
 身体が弱く、すぐ体調を崩す事で皆様にもご迷惑をお掛けしているのに。
 せめて何か恩返しをと思っても、休んでいて下さいと言われてしまう。

 私の身体の脆さが悪いのですから当然です。
 けど、今では見違えるように強くなって、こうしてお仕事が出来ます。
 頑張りましょうっ。

 えいえいおーっ、です!

「うん、今日は顔色も良いし、大丈夫そうだな。無理そうならちゃんと言う事。前みたいに黙って倒れてたらしばらく寝台に縛り付けるからな」
「はいっ」
「自分の限界を見極めるのは冒険者にとって重要な技能だ。強い弱い以前に自己管理が出来ないのはパーティの足を引っ張る。足りない分は相談、協力して助け合えばいい。いいな?」
「了解ですっ」

 私などでは皆さまの助けになれる事は殆ど無いでしょうが、こうして誉れある便所掃除を任されている以上、ピッカピカになるまで磨きますっ。
 とてもお臭いのですが、頑張りますっ!

「よし行動開始だ!」
「はいーっ!」

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 出入口から入って右手、やや奥まった所にある厠を掃除し終わり、続けて廊下を磨きます。
 廊下には二階への階段も隣接していて、その入り口には絨毯があるので天気が良い日は出来るだけ外干しにする。そうじゃない日も、人が居ない時を見計らって奥の暖炉前で短時間だけ乾かす。
 暖炉のある広間には厨房と地下倉庫への扉が隣接しています。
 厨房は主にセンセイか、一部の冒険者様が使用し、掃除もその方々で回しているので私はあまり入りません。以前は持ち回りでやっていたそうなのですが、それぞれでやり方が異なっていた為かネズミが大量発生したらしく、今では聖域となっているのです。
 不潔、駄目、ゼッタイ。

「し、失礼します……」
「…………んにゃ」

 広間では、お仕事へ出掛けていない時は大抵がティアリーヌ様が暖炉前で寝ていらっしゃいます。
 獣族は聖都では汚らわしい者などと言われていましたが、私としては揺れる尻尾と耳に興味津々で、いつか触ってみたいと願ってやまないのです。
 私などでは及びもつかない立派な冒険者様ですので、失礼かとは思うのですが、あのふさふさには吸い寄せられる何かがあると思います。

 使用されていない毛布も三日か四日に一度は干したい所。
 あとは絨毯ですねっ。
 お屋敷で使われていたような鮮やかな造りのものではありませんが、横になっているとついうとうとしてしまう、とても魅力的な感触のあるものです。

 センセイから聞いたお話ですが、クルアンの町の古い建物は、魔物の襲撃から逃れる為に頑丈な地下室を持っているそうです。
 その関係から、一階が石造り、二階以降が木造となっている場合が多いそうで、ここもその例に漏れず、触れると冷たい石の床と壁が基材となっています。
 上に木の板を張っているとはいえ、絨毯無しでは底冷えしてしまうのです。

 私はティアリーヌ様を起こしてしまわないようこっそりと絨毯をめくります。
 木の板と絨毯の間には藁が敷かれていて、それがまだ湿っていないことを確認しました。油断していると絨毯の下からカビが湧いてしまうのだそうです。

 そうして暖炉の火を確認し、少し心許無かったので薪を追加しました。

 この暖炉の煙突は拠点内を貫いていて、二階より上の部屋を一緒に温めてくれるのです。
 これの管理を任されるということはとても名誉なことだとプリエラ様は仰いました。
 もし火を消してしまったら、この寒いクルアンの冬の中、パーティの皆様が凍り付いてしまうのです。責任重大なのです。昼間は放置されていることも多いのですが、大抵は誰かが近くにいらっしゃいます。

 私は先日干し損ねていた毛布を一枚どうにか抱え、階段へ向かいました。

 ちょっとだけ、階段前を通り過ぎて湯場を確認。
 元はただの個室だったものを改装し、贅沢にも湯に浸かれる湯船というものをこの拠点は持っています。
 アレは凄いです。
 溶けます。
 でも私は浸かり過ぎると目を回してしまうので、必ず誰かと一緒に入る様厳しく指導されています。
 先日はエレーナ様のお背中を流しました。
 とても私を可愛がって下さっている方で、パーティではあのセンセイの相棒とされているとのこと。
 殴り神官、というものが具体的にどういうものなのかは分からないのですが、時折センセイと一緒に出掛けて、遅くまで稽古を為さっているのは見ます。お兄様も神殿騎士として女神ルーナ様の奇跡を扱いながら、剣や槍を手に戦うということですので、神官というのも、あの恐ろしい魔物をバッタバッタとなぎ倒していく勇敢なご職業なのかもしれません。

『私は一人っ子だったから、こういうのは嬉しいな。ねえっ、困ったことがあったら何でも言ってね? お姉ちゃんが助けてあげるからっ』

 にっ! と笑う表情がとても明るくて、幸せな気持ちになります。

『はいっ。ありがとうございます、エレーナ様』
『もう、エレーナでいいよ』

 呼び捨てにするというのは、まだちょっと気恥ずかしくて出来てないのですが。
 そんな思い出が積もりつつある湯場は今、水を抜かれてとても冷え切っていました。外窓が開いている為、空気も乾いていて別の部屋みたいです。
 脱衣場を戻り、階段を降りてきたフィオ様に道を譲り、軽いご挨拶を。
 レネ様を探していらしたので、また逃げられてしまったのでしょうか。パーティの財務を任されているとても凄い方なのですが、時折私には内緒だよと言って甘味をくださったりします。

 改めて二階に上がり、バルコニーへ出ます。

 アーテルシアの口付けと呼ばれる豪雪期には、埋まった一階の代わりに出入り口となる所で、クルアンでは平屋という一階建ての御家でも専用の出入り口を作るのだそうです。

 けれど、もう雪解けが始まっている為でしょう、前はバルコニーからすぐ飛び出して行けそうなくらい分厚く積もっていた雪が半分近く減っています。
 ここまでになると皆さんで雪かきを始め、道を作っていく為、また高く積まれることもあるそうですが。

 透き通った冷たい空気を感じながら、私はバルコニーに通した紐へ毛布を掛けていきます。一度で幾つも持てないので、何往復も。
 階段を登るのも運動です。
 だけどちょっと息が切れて、苦しくなってきたなと思ったら、レネ様が三つも抱えて来て下さいました。

「はい、これで全部ー?」
「あっ。ええと、あと二つほど」
「待ってて」

 ありがとうございます、とお礼を言う暇も無く走っていって、軽々と毛布を持って来て下さいました。

「ありがとうございます」
「ううん」

 言いつつ、私の頭を撫でて下さるレネ様。
 センセイとは古い付き合いなのだと以前にお伺いしました。
 パーティでは冒険には参加せず、集めた素材から護符を作ったり、装備を整えたりといったことをやっていらっしゃいます。

 私は正直、そのような役割があるとは考えた事も無かったので、とても大きな衝撃を受けました。

 今も運動を続け、滋養を頂き、身体はゆっくりとですが丈夫になって来てはいます。
 でも、ティアリーヌ様やエレーナ様のように走り回れるかと言われたら、とても首を縦には振れません。

 私がこのパーティでお役に立てるのは、こういったお仕事ではないかと思うのです。
 ただセンセイにそれを相談した時、

『大きな枠組みに入った時、選択肢を削っていった結果見付けた立ち位置と、自分が元々望んでいた位置とでズレが出るのはよくある事だと思う。マリエッタ、お前がそうしたいって思うのは間違いじゃないし、試した結果で良いものを掴めることだってあるだろう。けど、しっかりと自分の、やりたいって気持ちと向き合うのも大切だ。いざ冒険者となって、いつか自分の身一つでその場に立つ日があるかもしれない。そうなった時、どんな姿で居たい?』

 私が思い描くのはセンセイの姿。
 誰もが絶望して、大人の男の方ですら涙を流す状況で、一人声をあげて私の心を、魂を揺さぶって来たあの姿。

 あぁ、憧れは残酷だ。

 ようやく見付けた、逃げ込めるかもしれない場所を前に、私は首を振って通り過ぎようとしてる。
 不安で、怖くて、弱気が顔を出すのに。

『俺は、お前が冒険者に成れると言ったことを忘れてないし、今だって意見は変わってない。その目は、まだまだ挑戦したいって言ってるよな?』
『っはい! はい! センセイ……!!』

 戦士になりたい。

 それは遠く険しい道でしょうけど。
 生涯掛けて叶うかどうかも怪しいと、私自身思ってしまっているのに。

 なりたい。

 あぁ、この想いだけで身体が燃える様に熱くなるのです。

「マリちん」
「あっ、はい!!」
「口からごにょごにょ漏れてるよ」
「~~~~!?」

 未熟者な私は、燃える様に熱くなった顔を両手で隠して、しばらく蹲ってしまいました。
 恥ずかしぃ……っ!!

    ※   ※   ※

 休憩もしっかり取ります。
 休むと決めたら全力で休むのです。

 つまり、お昼寝です。

 私の部屋は外パーティという、センセイが主に率いている方々とは別口で動いている方々と一緒なのです。
 相部屋、と言うそうです。
 とてもわくわくするお部屋です。

 エレオノーラ様とブリジット様、共にもうカッパーランクを得ていらっしゃる先輩冒険者で、私にも良くして下さっています。
 本来はお二人で使ってらした部屋なので、横から入ってしまったことは申し訳も無いのですが、その分お片付けや日々のお手伝いは頑張らせて頂いていますねっ。

 二つの二段式の寝台と、机が一つ。
 手鏡は早起きした方が優先です。
 机の裏に隠してあるクルミや干しブドウはこっそり夜更かしする時のお供に。
 寝具だけはしっかりしたものをと、実家から持ち込んだ私のお布団は温かいので、狭い寝台の上で三人くっ付いて寝る事もあります。
 起きると何故かお二人は喧嘩するみたいな恰好で転げ落ちていたりするのですが。

 すやすやと眠り、しっかり身を休め。

 けれど不意に、微睡みへ混ざり込む潜めた笑い声。
 パッと目を覚ました私が身を起こして寝台の脇を見ると、エレオノーラ様とブリジット様が揃って笑っていました。

 咄嗟に頭を触ります。

 このお二人はとても素敵なご友人なのですが、たまに寝ている私にイタズラをするのですっ。

「っもー!」

「あっははははは! マリエッタって本当にさ」
「ホントっ、幸せそうに寝るよなあっ。はははははっ!」

 私の髪に鶏の羽を一杯刺して、頭がぼーぼーなのですっ。

「イタズラは駄目なんですっ。朝も言いましたっ」

「にやけた顔で言われてもなあ」
「もっとやってくれって書いてるよ、マリエッタ」

 そ、それはそれなのですっ。
 お友達とこういったことをするのは初めてなので、どうしても嬉しくなってしまうといいますか……っ。

「いつも私を起こしてくれる感謝の印」
「可愛いなあ、ホント」

 そんなこと言っても駄目なんです、からねっ。

「お二人がお寝坊なのがいけないんですよーっ」

 コケーッ!!




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