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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
アリエル編のネタバレを含みます。
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愛されるという喜びを知った。
愛するという喜びを知った。
そして彼は。
私に、愛せないという絶望を教えた。
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蝋燭の灯かりが膨らんだり萎んだり。
あんまり無駄遣いするのは嫌だけど、今日だけはまだ眠りたくなかった。
髪を切った。
ずっと伸ばしていた相棒とおさらばすると、急に頭が軽くなって、髪って結構重かったんだなって気付く。
首とか楽になったし、首元はとても涼しい。
湯浴みをした後でも前ほど時間が掛からないのはありがたくて、そうやって時間の余裕が出来た事で何かを始めようかって考えたりする。
彼とギルドで大喧嘩みたいなことになって数日が経った。
あてつけっぽくなるかなって思っちゃって、変に日を開けた。
過去の自分と決別するつもりで切ったんだけど、まあ、たしかにあてつけも入ってるのかな。
驚いた顔でもしてくれたら、にやりと笑ってやろうと思う。
開けっ放しの木窓から流れ込んで来た、春先の夜風に心地良さを得る。
髪を切るって本当に生まれ変わるみたいだ。
風一つ、感じ方が変わってしまう。
今みたいに気持ちを切り替えるのならいい方法かもね。
なんてさ。
「静かだな」
私は結構騒がしい所が嫌いじゃない。
実家は大家族だったし、いつも音が近くにあった。
だけど、その音に巻き込まれるのは苦手で、賑やかさの中に居ながらも一人静かに過ごしているのがちょうど良い。
我ながら実に面倒な性格だ。
思い出と共に切れ落ちていった髪と、それを失った今を感じながら、あの日の会話を思い返していたんだけど、ふっと違う記憶が転がり込んでくる。
リディアさん。
リディア=クレイスティアとの会話。
私が恋敵にもなれなかった、彼の最愛。
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人を心配して様子を見に来た癖に、声も掛けない内から眠ってしまった大馬鹿野郎へ、私はささやかな復讐をしていた。
そろそろ切らないとむさ苦しくなってくるなと、髪の毛を弄って遊んでいた。
ばーか。
声を掛けてくれるの、ずっと待ってたのに。
寝ちゃう奴があるか。
ばーか。
しかも、そんな彼を心配でもしたのか、入り口の方から様子を伺っていた人が居たから、つい声を掛けちゃった。
勝負だ、みたいな感じでさ。
「どうかしましたか、リディアさん?」
彼はまだ夢の中に居る。
私達の声は届かない。
だから、ちょうどいいのかなとも思った。
「今日はゼルディスさん主催の酒宴でしたよね。主賓のお一人であるリディアさんがどうしてこんな所へ?」
「…………」
無表情。
だけど、視線はしっかりこちらへ。
うん、分かるよ。
私はずっと貴女の事が分からなかったけど、共通するものを見付けてからは辿れるようになった。
顔にはあまり出ないだけでさ、まるであの頃の私みたいで。
だから分かった。
貴女みたいな人が、彼に惹かれるっていうのが、私には凄く分かった。
「あぁごめんなさいね。彼、眠ってしまって。ふふっ、ちょっと悪戯していただけですよ。こんなの、同棲していた時にはしょっちゅうでしたから」
だからこそ簡単には納得できなくて。
分かっていても、反発は抑えきれない。
したり顔で身を引くなんて、そんな簡単な恋じゃなかったから
「それとも……もしかして彼に用事ですか? こんなの、ただのシルバーランクの底辺冒険者ですよ。リディアさんみたいなアダマンタイトの方が一緒に居ると余所から何を言われるか…………ふふっ」
貴方の気持ちが分かるから、私にだって認められないものがあった。
「何か仰って下さい。言えないのなら、お引き取りを」
状況も環境も理解する。
馬鹿がアレコレ気を回してるのだって私には分かった。
ただそこに甘えて、甘んじているのは、気に入らない。
前回のザルカの休日で、彼が彼女の盾になったのを見た。悪評を自分に着せて、あの横暴なゼルディスさんに喧嘩を売ってでも守ろうとした。
あんなの、下手をすればギルドに居られなくなるくらいの行動だ。
ゼルディスさんはアダマンタイトで、彼はシルバー。
ギルドがどれだけ甘い判断をしようとしても、重要度は変わらない。
なのに貴女はただ黙っているだけ。
都合の良い今が転がり込んできて、そこで甘い蜜だけを吸っているのなら、今すぐにでも追い払ってやる。
それが過去の、今の私にも繋がるものであったとしても。
「……………………私、は」
「はい」
リディアさんはじっと虚空を眺めた後、視線を逸らした。
「彼の身体が冷えてしまうかなって」
勝手に盛り上がっていた私は、彼女の単純な心配に結構な反発を覚えた。
そりゃあ、まだまだ夜は冷えるし、身を晒したまま寝るなんて冒険者にあるまじき油断だと思うけどさ、そんなの分かってて弄ってただけだから、って。
しばし無言の後、私は机まで戻っていって、仮眠時に使う毛布を掴んだ。
「はい」
敢えて乱暴に渡した。
別に私が掛けても良かったんだけど、これで渡さなかったら意地張ってるみたいじゃないって思った。
リディアさんは私から受け取った毛布を広げ、彼に掛けた。
その、一見すると抱きすくめる様にも見える所作に胸の内をザワ付かせながら、私は背を向けたんだけど。
「あの」
「……はい」
声が掛かって、立ち止まった脇にある机に手を置き、身を傾けた。
あんまり話していたくはなかった。
自分がどんどんと嫌な女になっていくのが分かるから。
こんな関係、どうあっても仲良くなんてなれない。
「私は――――」
真っ直ぐで居られる貴女が羨ましい。
かつてそこに居たのは私だったのに。
だから話なんて最初からするべきじゃなかった。
彼女とだけでなく、彼とだって。
※ ※ ※
蝋燭の灯を消した。
白い煙が尾を引いて、夜風に背を押されて流れていく。
私は座っていた椅子から立ち上がり、寝台へ向かった。
暗闇の中、静か過ぎる夜を、いつの間にか慣れてしまった孤独の眠りに落ちていく。
話すべきじゃ、なかった、のかな。
あの時の私はそう思っていたけど、今はどうだろう。
感情全てが消えた訳じゃない。
彼の事を嫌いになった訳じゃない。
でも、はっきりと突き付けられたことで、向かっていた感情が別の方向に切り替わったのは分かった。
短くなった後ろ髪を手で撫で付けながら、枕に頭を置いて、薄手の毛布に包まれて息を抜いて行く。
心地良い。
だけど、寂しい夜。
あの日の夜もこうして夜更かしをした。
というか、私は夜勤で朝まで働くしかなかったんだけど。
でも、リディアさんとも色々話せた。
いいよ。
なんて、今でも絶対に言いたくないけど。
堪っていたうっぷんを晴らすくらいにはなったと思う。
彼の影に隠れて、自分の弱さから逃げたまま、都合の良いお姫様になっているなんて許さない。
すぐには出来ないんだとしても、いい加減、自立した方がいい。
自分へ覆い被さってくるようなことを、恥ずかしげも無くぶつけて、なのに。
「……全部、受け止めて」
彼女は頷いた。
あぁ、冒険者だ。
そんな風に思った。
私とは違って、あのちっぽけな受付の向こう側を力一杯駆け回る、そんな冒険者で。
どうにもならないんだなって、腑に落ちた。
だから気持ちを整理してさ、器用に終わらせようと思ったのに、アイツ。
本当に、もう、最低の、馬鹿で、大っ嫌いだ。
はぁ……っ!
「寝れなくなってきた」
まだまだ、気持ちの全部は消えてくれない。
まあ仕方ないかと身を起こした。
こういう時は、思いっきり行動するんだ。
ぱっと着替えて。
髪が短いから手入れも少なく。
靴だけはしっかりしたものを選んで。
一人の夜を噛み締めて。
今日もまた、走り始める。
「あーあ。馬鹿が移ったかな」
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愛されるという喜びを知った。
愛するという喜びを知った。
そして彼は。
私に、愛せないという絶望を教えた。
そうして私は一人になって、ようやく彼の元から離れ始めた。
全てを綺麗さっぱり整理なんて出来るのかは分からないけど、馬鹿があれほど不安がっていたものまで私に差し出してきたんだからさ。
愛されるという喜びを知って、愛するという喜びを知った、彼は。
愛せないという絶望を知って、とても弱くなってしまって。
ずっと本気で誰かを愛するのを避けていた。
相手を助けたいと思った時は全身全霊だろうけどさ、そこに自分を押し付けるってことは滅多に無かったよね。
愛すれば、今の様に命懸けで戦うことが出来なくなるかもしれない。
誰かを犠牲にするくらいなら、身を張って戦えないのなら、冒険者を止めるしかない。
そこまで懸けて自分を突き放してきた馬鹿に、女が応えないでいられますかって。
新しい恋をしよう。
新しい生き方を探そう。
新しい趣味を作って、今までしがみ付いて来た花々を脇へ追いやり、埋もれさせて行こう。
新しい日々が始まる。
遅過ぎた終わりだけど、それを後悔させるような腑抜けた続きにはして堪るか。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
駆ける。
力一杯の私で。
さあ、始めよう。
行く先には、きっと明るい未来があるんだよ。