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『万年シルバー』⑪ グロース編 グロース視点

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 こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922
 の幕間を公開している近況ノートです。

 グロース編のネタバレを含みます。
 
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 最期に、妻と娘の名を呼んだ。
 愛してる。
 心の底からそう思う。

 ミスリル級の冒険者として、最も上位のパーティに属し、十分以上な稼ぎを得ながら家族と共に生きる。
 いずれこんな日が来ることを何度も想像し、覚悟を決めてきた。
 いつ死んでも大丈夫なよう、準備だけは怠らなかったから、きっと二人がこの先不自由することはないだろう。

 だから安心して愛を口にしてから――――何をやっているんだと猛烈に後悔した。

 あぁ、俺は。
 最低だ。
 まだ仲間が戦っているのに。
 自分だけ綺麗に最期を飾り付けて、気持ち良く死のうとしている。

 もうどうにもならない?
 違う。
 そんな言い訳を考えている暇があったら動け。
 死んでも仲間を守るのがタンクだろう。

 まだ意識はある。
 ここで終わってしまうのだとしても、次へ繋げていくことだけは絶対に諦めるな。

 バルディ。
 エレーナ。
 そして、お前も。

 俺はとっくにここが自分の上限だと思って、腰を落ち着けてしまっていた。
 妻子が居る。だから今をしっかり守って生きて行くべきだ、なんて。
 なのに足掻き続けているお前を見たら、同じタンクとしてあまりにも平凡な自分が恥ずかしくなった。
 戦況を見る事はしても、あまり声は挙げてこなかった。
 後輩を心配しても、どう説明すればいいか分からず、指導なんて碌にしたことがない。
 リーダーの発言や行動に問題があると思いながらも、それを嗜めることも、負担を受けている先輩冒険者を助けることもしてこなかった。

 力不足だ、性に合わない、俺には難しい。
 やれることだけをやって、やれないことには背を向ける。
 それだけで十分に成功してこれたから、これでいいんだと周囲も納得してくれる。

 誰しもぶつかり、歳を取るほどに諦めを覚えて行くものだ。
 程度を弁えて、怪我をしない所で安全に勝負をする。
 俺ももう三十だ。
 後数年頑張って、引退したら、妻と娘を伴ってのんびり旅行でもしようかなんて、考えていたよ。

 あぁ、なのにお前は、今も考え続けてる。
 自分の限界を越えられるとしたら、お前みたいな奴なんだろうと思った。

 エレーナの肩を押した。

 あぶないぞ。
 なんて。

 直後、無数の岩槍が全身を叩き付けてきた。

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 耐える。
 耐えることは得意だ。
 傷を受けても普段通りに動く。
 戦闘終了の声があるまでしっかり意識を保ち、痛みに震える身体を抑えつけて、回復していく味方の代わりに周囲を警戒することも多い。

 ヤミガラスの鎧を使用した。

 壁をすり抜け、攻撃を素通りさせる魔術だが、霧になり切ることが出来ず幾つもの殴打を受けた。
 鎧が砕ける、骨が軋む、肉が裂け、中身がこぼれた。
 そういった部分を優先的に霧へ変えていく。

 失った心臓も、潰れた喉も、流れ落ちようとする血液さえも霧にして纏う。

 こんな使い道があったんだなと自分でも感心した。
 ただ、これはあくまで誤魔化しだ。
 魔術を維持出来なくなれば死ぬし、維持出来ていても半端に霧化した身体が機能不全を起こしていくのが分かる。
 置き換えて、置き換えて、置き換えて、俺というガワだけを残して変化していく。

 まるで違う生き物にでもなったみたいだ。

 だがそれでもいい。
 今も戦い続けている仲間がいる。
 彼らの元へ駆け付けて、援護しなければ。

 残る命は全てそれに使う。
 父親としての俺は死んだ。
 夫としての俺も死んだ。

 だからもう、残るは。

 あぁ、戦いの音が聞こえる。
 心が弾んだ。
 そういう日々を駆け抜けてきた。
 脇を通り抜けていく幼い頃の俺が、ふと振り返って手を振った。

 俺は、あの日憧れた冒険者の姿をしているだろうか。

 そうだな。
 まだ。
 もう少し、走れる筈だ。

 冒険者としての生が終わる。
 終わってしまう。

 だから俺は、押し寄せる死から背を向けて、全力で歩み出す。
 父ではなく、夫ではなく、ただ一人の男として。
 ははは。すまないな、カトリーヌ、リアラ。でもな、俺だって憧れたんだ。彼のように走ってみたいと思えたんだ。今更過ぎる想いだけど、最後の我儘だから。
 人としての生はお前達に捧げた。
 残るは、戦士としての生だけだ。

 食い込んだ岩槍から身体を引き剥がし、脚が地面を踏んだ。
 感覚が薄い。
 血が流れて行く。
 霧に変えて、無理矢理押し留めた。

 もう少しだけ持ってくれ。

 身体を引き摺り、ボロボロになった黒剣を手に、歩いて行く。
 薄れゆく意識は遠く聞こえる剣戟の音が呼び覚ましてくれる。

 その残響を踏み越えて、最期の戦場へ。

 大丈夫だ、俺が行く。
 絶対にお前達を死なせない。

 俺は、皆を守る、タンクだから、な…………。




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