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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
アウローラ編のネタバレを含みます。
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謎の怪盗『月光』。
悪を挫いて善を助ける、すなわち義賊っ。
『はーっはっはっはっはっは!!』
それが私だ!!
『いいですねっ、守備隊の皆さん! そうやってちゃんと警備してないといけません! 町を守るのが貴方達の役割なんですからっ、はーっはっはっはっはっは!!』
神姫アウローラというのは世を忍ぶ仮の姿…………あいや、そっちが本当の姿で、『月光』が仮? でもなー、立場ってたまに動き辛くなっちゃうんだよ。
そうやって自分を押し殺した時の行動って、本当って言えるんだろうか。
うん、どっちでもいいか。
押し殺すことを選んだのも私で、好き放題に正義なんて語っているのも私だ。
誰かの影響を受けて変わるなんてどこにでもある。
だから思い通りにいかないことで、それは本当の自分じゃないから、なんて言って腐る必要なんてないんだよ。
現状を見るなら、その時々で思い通りになったり、ならなかったりしてるのが私なんだ。
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だからとにかく、にんじんっていうのは思い通りにはならない。
皮を剥いてくれと言われたから、よく分かんなくて一番安定するヘタの方を下にして立てて、そこからそぎ落としていこうとしただけなのに。
「…………分かった。うん。別の何かを考えるか。皿洗いとか?」
「待ってロンドくん! 次は当てるから!」
「そういう話じゃない」
「違うんだって! だってさっ、こっちの方が安定するって思うじゃない!? じゃあもしかして逆!? 敢えて不安定な下の方を支えにするの!? そんな大技あるなら教えてよおっ!」
いきなり料理は出来るかとか聞かれたから、ついそれなりにね、なんて答えちゃっただけだよっ!
神姫って料理させて貰えないの!
その前からだって実家はアレだもん! 大きかったの!
祈って力を高めて、ルーナ様を少しでも身近に感じられる様に頑張るのが神姫なの! いやそうじゃないんだけど、大体はそんな感じだしっ!
「悪かった。別に知らないことを咎めたんじゃない」
私がついつい勢いよく噛み付いたからか、やや困ったみたいにロンドくんが言う。
「ただ実行まであまり時間を掛けたくないから、今出来る分で考えようとしてるだけだ。雑用だって大事な仕事だからな」
「そうだけどー。なんかこのままっていうのが悔しいの!」
ロンド=グラース。
彼との出会いは偶然なのか必然なのか。
前以ってリディアから幻影で顔を見せて貰っていたからすぐに分かった。というか、神姫の目からすると、彼の中にある魔力はとても彼女に似通っているからね。
ルーナ様の御姿を真似ることで、より力を授かり易くなるように。
魔力が似てくると、加護や回復だって通りが良くなる。
というかさ、普通に組んで戦ってるだけじゃ、ここまで似ないよね。
具体的な関係は教えて貰えなかったし?
同じパーティなのかと思ったら違うし?
なんならアダマンタイトの彼女に対して、彼はシルバーランクだっていうしさ。
ランクの差異なんてどこまでアテにしていいかは知らないけど、パーティの雰囲気がとても良いのは分かる。
大成することが出来ないとされる神殿騎士だって、連携を極めればミスリル級の敵を倒すこともある。だからそんなに気にしてない。
単純に、ここまで接点なさそうなのに、異様に魔力が混ざり合ってて、あんなにも熱心に紹介しようとしてくるって所だよねぇぇぇええ?
「おい、聞いてるのか。まずこうやって、にんじんを手に持つんだ」
「うんうん聞いてるよ。でも刃の先に指を出すなんて危なくない?」
「慣れないと切り落とすかもな。止めておくか?」
「やったる!」
にんじんの皮むきを覚えた。
たまねぎの切り方を覚えた。
猫の手で野菜を抑え、刃を入れていく。
料理って奥深い。
しかも剥いた皮やヘタなんかは、野菜くずとして豚や鶏を飼ってる所へ持って行くんだって。代わりに卵を貰って、それはそれで素晴らしい料理に化ける。
卵料理、凄い!
「にしても君、本当になんでもするんだね」
料理が終わって、食事の後は片付けだ。
煤けた鍋を磨いたり調理場の清掃だったり、普通は一番偉い人がやろうとしたら怒られるんだけど。
「やれることを各自で勝手にやってるだけだ。俺は元々、一人でやってた期間もそれなりにあるからな」
「ふーん」
「集団化するとさ、個人の能力って必ず落ちるんだよ」
鍋磨きに使った布を桶で洗いつつ、ここで一番偉いパーティリーダーは言う。
「人一人の思考だって碌に追えやしない。指揮だなんだと偉そうに言ってみてるが、指示を受けた時にどれだけ守るかだってそれぞれに差異がある。従うかどうかって意味じゃなくてな。そいつを出来るだけ追い掛けて、考えて、発言する様にはしているが、それ以上に大切なのは言葉を受ける側に俺を知って貰う事なんじゃないかと思っててさ」
あぁ分かる。
伝えた言葉は良くも悪くも相手の中で変化する場合がある。
そういう時って、大抵は認識がズレてるんだよね。
全員に合わせていくのは難しいから、言葉をより多く発する側を知って、理解してもらうといいってことか。
うん。分かるよ。
「だから皆のやってる事に首を突っ込んでるんだ。へぇ。君、優しいんだ」
「優しいか? 楽しようとしてるんだぞ。言った通り、俺にとっては日常的な仕事の一つだ。そう負担って言えるほどのことでもない」
「うんうん。そういう意味では、君自身の才って言えるのかもね」
天が与えたものではなく。
君自身が自らの歩みによって培ってきたもの。
一方で、理解の為に自分を伝えていくって方法はさ、齟齬があった時に相手ではなく自分に原因を求めることを思考の土台にしている気がするよ。
ほら、君は優しい。
「ロンドくんはさ、今だからこそ上手くいってるのかもね」
「そりゃどうも。しつこくぶら下がって来た意味があるってもんだ」
鍋を置く、その動きすら丁寧で。
早いこと、上手いことは目立って人から褒められることだけど。
丁寧さを持ち続けられるっていうのは、それ以上に得難い才なんじゃないかとも思うんだ。
そんな君だからこそ、期待を持てる。
神殿としての願い。
神姫アウローラの役割。
女神ルーナは、いつでも人間の成長を望んでくれているのさ。
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フェイゲル子爵相手の盗みを終わらせた後、面会へやってきたロンドくんと会って、それから宴会をやった。
相変わらずこのパーティの雰囲気は良い。
リーダーのおかげかな?
なんて思いつつ離れていく背中を見送った。
ちょっとおちょくり過ぎたらしい。
「エレーナちゃんさ」
「ん……はい?」
「うん、って言ってって頼んだじゃない。ここに居るのはオーロラだぞお」
「ふふ。うんっ」
隣に引っ張って来た神官のエレーナちゃんの裾を引っ張って身を寄せる。
えへへー、若い神官はいいのお。
なんだかんだ皆真面目で初々しい。
もう一人の神官、プリエラちゃんも振舞いは男勝りっぽいけど、こうしている間も結構周りを見てる。
小人族、可愛いなあ。
それに同じ神官ってだけでなんか親近感湧いちゃう所あるよねっ。
「ロンドくんって、相手居ると思う?」
声を潜めて聞いてみた。
今も離れて私達を眺めているリディア、彼女との関係は折を見て話すことにしているって言ってたけどさ。
「…………おじさんはああいう人だから、大抵誰かが近くに居る気はしてる」
「なるほど」
「オーロラもそうなの?」
「私? 飲み仲間かなぁ?」
ふーん、とエレーナちゃんは納得したのかしてないのか。
「実はちょっと疑ってる相手は居る」
「へぇ」
彼女は決して視線を投げなかったけど、普段近くに居れば流石に何か気付くよねぇ。
「でもさ」
時折見え隠れしていた、彼女の持つ不器用さの隙間から、強い気持ちが溢れてくる。
言ってくれない不満と、言わせることのできない不甲斐無さ。
相棒、って言い合っているのに。
それは冒険者としての関係で、彼女は男女の関係まで求めてるんじゃないだろうけど。
「うーん…………ごめん」
「ううん。話してくれてありがと」
唐突に話を切られたけど、理解は出来る。
きっと私は遠過ぎて、だから気楽に教えられたんだ。
立場を得ると儘ならないことは増えていく。
それも含めて彼らなんだから、言い訳も程々に。
「よーっし! それじゃあ今から一人一つずつ恋愛話をするゾ!! まずはプリエラちゃんね! はーいどうぞー!」
「別にいいけど、そういう神姫サマはどうなんだ。さぞ経験豊富なんだろうなあ」
えっと、それは、その、だからっ。
私は神の姫なので!!
「人に振っておいて自分は無いとか。それじゃあまずはオーロラ、言い出した以上まずはお前が、自分の頭の中で妄想してた理想のお相手について語って貰おうか」
べ、別に詩に出てくる冒険者ディムへ憧れただけだよ!?
心優しくて正義感が強くて、無償で人を助けちゃうような風来坊、颯爽と去っていく最後の部分とか、皆憧れたことくらいあるよねっ!?
「……神姫サマ、そいつは大抵の冒険者が乳児の間に通り抜ける話だ」
「乳児は盛り過ぎじゃない!?」
「悪かった。夢は大切にな。誰もお前を責めてないし、馬鹿にもしていない。そうか、まだそこだったんだなって、ちょっと戸惑っただけだ。な?」
「なにようっ、優しくしないで!?」
お仕事大変なんですっ!
表へ出ずに引き籠ってる時間が長いだよお!
「私も神姫の役割について、古い話を知らない訳じゃない。いざって時にそのままじゃあ相手も苦労するだろ。ウチの大将に頼んで、学んでおくか?」
「それもう形骸化してるから!? な、なにをあれするとか私は違いますうっ!」
風の様に現れて、風の様に去っていく。
それのどこがいけないんですか!?
神姫は、ルーナ様の姫だ。
魔王へ立ち向かう勇者と共に旅立ち、それをお支えする使命がある。
もう誰もそんなつもりはないだろうけど、もしそんな人が現れたらって考えておくのは神姫としてのお仕事の一環なのっ。
「さあ私はもう話したぞお! じゃあ次はエレーナちゃんね!!」
「え…………」
「ごめんなんか暗い顔しないでっ!? 私もっと語る!? もっと凄い事語っちゃうからっ、ねえ許してえ!?」
しばらく本気で語ってみたら、女の子達は揃って林檎みたいな感じになっちゃった。
…………すべては幻影が悪い。
だって妄想を形に出来ちゃうんだもの。
つい凝っちゃって、腕もバンバン磨かれたよね。
他は負けてる気がするけど、コレだけはリディアにも負けない気がするよ、うん。
神官は真面目で大人しい子が多いけど、幻影の扱いを覚えると煮え滾るの。
私だけがおかしい訳じゃないんだからねっ。