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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ティアリーヌ編のネタバレを含みます。
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『冒険にゃあっ!! 起っっっきろおおおおお!!』
『にゃぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?』
お姉ちゃんはいつも元気一杯だ。
明るくて、必ず誰かと一緒で、にゃーっはっはっはっはっは、と大笑いする。
だけど元々はあんまり身体がつよくにゃかった。
『てぃありーにゅー、ほれ行くにゃ、着替えるにゃ、冒険道具は揃ってるにゃあっ!』
『…………お姉ちゃんまだ夜にゃあ』
『早く出掛ければそれだけ遠くまでいけるにゃ』
『せめて前の日に相談してにゅぅ』
『にゅうっ』
『まねしにゃいでぇ』
眠いのに隣で騒がれて、欠伸をしたら口の中に指を入れられる。
もう本当に、お姉ちゃんはいっつも元気だ。
冒険は好きだけど眠たいのは苦手にゃの。
だから早く指抜いて。
かじかじするにょ。
『にゃはは』
寝ぼけたままそうしてるとお姉ちゃんが添い寝をしてきた。
しがみ付いたら抱き締められて、心地良さにまた眠気が増す。
だけどそのまま息を吸い込むと、冒険の匂いがした。
草の匂い、土の匂い、岩の匂い、雨の匂い。
洗っても洗っても残って、蓄積していく冒険の日々。
一緒に岩場の鍾乳洞を探検した。山を三つも越えた先にある大きな農園を探検した。大移動する大きな鹿っぽいのを追い掛けた。
あるいは、お母さんが遊びに夢中になり過ぎた私達を叱って隠した玩具をこっそり探して取り返したり、倉庫とか屋根裏とか、あまり行かない場所をくまなく探してみたりする。
身近なのと、遠くのと。
いろんな冒険をした。
そんな日々が匂いとなって染み付いてる。
それと、お姉ちゃんの匂い。
落ち付く。
ずっと一緒だったお姉ちゃん。
慣れた匂いに包まれていると、とても安心する。
『起きたら冒険にゃ』
『んん、にゃあ』
起きたら、きっと、行くから。
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暖炉の前で目を覚ました。
冬の間ずっと私の寝床だった暖炉前。
だけど冬が終わって、火を起こさなくなった。
この前煙突掃除をした時は大変だったな。
皆煤塗れになって、湯場で身体を洗ったら湯場が煤塗れになって、川まで水を汲み直しに行ってようやく綺麗になった。
なったけど、煤の匂いが残ってちょっとやだ。
床敷きの藁を新しいのに変えて、絨毯も洗って干して、三回くらいやってもまだ臭う。
そんなに気になるのかって聞かれたけど、どうして気にならないんだろう。
広間には匂いが沢山ある。
皆の匂い。
自分の匂い。
たっぷり染み付いてる。
ちょっとお酒臭いのは、昨日の宴会で溢しちゃったからだ。
そこも気になる。すごく気になる。
水で濡らした布を使ってぽんぽんぽんぽん、そうすれば取れるよって言われたけど、中々匂いは消えない。
気になる。
広間は私の縄張りだった。
温かい場所、火の管理、入り口の監視、ここからなら聞こえる足音とか地面の微かな揺れで拠点に近づく人の事も分かる。
なにより食べ物が近い。
ここで寝てると、間食をしに来た人や食事を作ってる人がオスソワケをくれる。
オスソワケは好き。おいしい。故郷には無かった味。おいしい。でもたまには慣れた味が欲しくなる。
あの草原の匂いも、ちょっとだけ恋しい。
匂いは私達獣族にとって目で見る以上のものを教えてくれる。
目を瞑っていても匂いは感じ続けるんだから。
振動を感じて身を起こした。
耳が自然と音のする方向へ向く。
あの人だ。
お姉ちゃんと同じ、私を冒険に誘ってくれた人。
お姉ちゃんと一緒に冒険をして、その最期を看取った人。
悲しかった。沢山泣いた。もう外には行けないんだって思った。だけど、お姉ちゃんが死んで、二年が経って、脚を悪くしてるお母さんが代表で墓参りに行ってこいって……。
そこで出会った、あの人。
笑うとちょっと、お姉ちゃんに似ている。
似てない? 多分、似てない。けど、似てる気がするのはなんでだろう。一緒に冒険したら、似るのかな?
私は入り口の見える位置から後ずさって丸くなる。
耳はしっかりそっちを向いているけど、目を閉じて眠ったふり。
扉が開いた。
鼻先がヒク付く。
階段掃除をしていたマリエッタが気付いて声を掛ける。
「おかえりなさいませっ!」
「おう、ただいま」
二人は少し話をして広間へやって来た。
お土産があるらしい。食べ物の匂い。うん。
「ただいま」
「……ん」
尻尾を揺らして寝たふり。
近くになったから、二人の匂いがよく分かる。
マリエッタはちょっと水っぽい。拭き掃除をしてたからかな。
で、あの人は……。
いつも通りだ。
たまに付けてくる、女の人の匂いは薄い。
薄い、のは、それだけ日常的に接してきたから。
お父さんも、お母さんの匂いが混じってる。お母さんも一緒。家族はちょっとだけ匂いを共有する。パーティも。でもあの人の相手の匂いは知らないヒト。私は知らないヒト。
尻尾が床を叩く。
それ以外にも、たまに知らない女の匂いが付いてる時がある。
今日は、ない。
ない。
だけどちょっと薄れてる。
パーティの、皆の匂いが薄れてる。
「わあ、美味しそうです!」
「夜にな。ちゃんとマリエッタが食べられるものをって、プリエラに選んで貰ったから」
「そうなんですかっ。~~っ、ありがとうございますっ、センセイ!」
楽しく話す傍らで、椅子に置いた上着をするりと回収して、寝床に敷く。
匂い、薄れてるから。
「うん?」
「どうしました?」
「いや……まあいいか。まだ寒いのかな?」
「どうでしょうか。私は平気でしたけど」
ごろごろして、また少し寝る。
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お姉ちゃん。
私は冒険者になったよ。
お姉ちゃんと一緒には成れなかったけど、あの日立ち止まっちゃった場所から引っ張り上げられてようやく私は踏み出せたよ。
『持って行って……』
『駄目にゃ。ティアリーヌが里の知恵比べで貰った奴にゃ。里長も大事なものだから、ちゃんと守れる人に預けるって言ってたにゃ』
『でも、私は、行けないから』
せめてその子だけでも連れて行ってって。
昔、里出身の凄い人が持ち帰った、魔法の力を帯びた武器。
剣とか槍とかは、獣族の戦いには合わない。
早さと力で圧倒するのが私達の本能だから。
だから、こん棒はとても扱いやすくて、お姉ちゃんの力になってくれる。
『…………いつかね』
『にゃ』
『いつか、受け取りに行くから。お姉ちゃんが持ってて。その時に返してくれればいいから』
駄目だって言って、受け取ってくれなかったから、嘘を吐いた。
出来るとも思ってない。
そういう勇気が無いんだって、一人になって初めて気付いた。
誰かと一緒じゃないと駄目だなんて。
そんなの、いけない気がした。
※ ※ ※
『俺が支えてやる。お前が望む、お前の成りたい冒険者ってのを、一緒に目指してやる。一人じゃ里を出れないなら、ディトレインが取り損ねた手だってんなら、俺が掴んで引っ張り込む。第一よ、一人じゃ無理だから仲間を頼るのがパーティって奴なんだ』
だけどあの人は違うって言った。
頼っていいんだって。
助け合うのがパーティだから。
そういう、冒険者でいいんだって。
「展開!! 三班に分かれて展開だ!! 慌てず処理するぞ!!」
力強い声に意識を引き戻される。
今は、狩りの真っ最中だ。
あの人が叫んでる。
皆が居る。
私の手には、あの日お姉ちゃんに渡したこん棒がある。
堅い壁をぶち破れる、爆裂の力を持つ武器。
手に馴染む。
使い込まれた感触が、未熟な私を少しだけ支えてくれる。
お姉ちゃんと、あの人と。
「ティアリーヌ!」
「にゃ!!」
声が来る。
獲物は見えてる。
一気に突っ込んで倒したっていい。
そう思って前のめりになっていた私の背中に、大きな手が触れる。
「慌てるな。皆でやるんだ。自分だけでどう倒すかなんて思考はまず脇へ置け」
うっ、となる。
何度も言われてきた事なのに、ついそっちに思考が向く。
獣族は肉体が特別頑丈で強いから、身一つで全てを解決しようとしてしまうって教えられた。
その通りだ。
「周りを見ろ。仲間の顔をしっかり見て、息を整えるんだ」
「にゃ」
「お前の打撃力は強力だ。だから、そいつをしっかりぶつけられる状況を俺達で用意してやる。一人じゃないんだ。いいな」
「にゃあ!」
気合いを入れて、けれど意識は引き戻して、行けと言われるまでずっと自分を引き絞る。
戦いの推移を教えてくれる声はおだやかで、ちょっと心地が良い。
次にどうなる、何の狙いがある、そう言った事を学んでいけば言われずとも見えてくるんだって。
敵が崩れた。
踏みとどまってくる。
そこへエレーナが駆けこんで、攻撃を、
「今だっ、行け!!」
一直線に駆け出し、完全に崩れた敵の急所へ、私は全力で爆裂のこん棒を叩きつけた。
「よっしゃああ!! っとと、周辺警戒!!」
「トドメ確認っ」
いつものやり取りがあって、私達はようやく腕を振り上げて勝利を喜んだ。
ちょっとだけ締まらない。
でも必要な事で。
本当の冒険者は、詩に聞くほど単純じゃなかったけど。
とても楽しくて。
興奮して。
もっともっと、こうしていたい。