※ ※ ※
こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
シシリー編のネタバレを含みます。
※ ※ ※
※ ※ ※
これだからニンゲンは。
そんなことを言っていたお婆様も亡くなられて、私は世俗からも離れたまま高い塔の上でのんびりと魔術や歴史の研究に明け暮れる。
長寿族の悪癖として、知識や記録を残さないというのがある。
それは長寿族同士でも同じで、一人の長寿が失われる度に知識の断絶が起きる。
毎度大騒ぎする割に、それならそれでと自己での研究へ打ち込むのが私達だから、あまり改善されてこなかった問題よね。
今日も足元ではニンゲン達が大騒ぎ。
この塔にはお婆様の張った結界があり、魔王とされる者達でさえ手出しは出来ない。
せめて結界の技術が残っていれば良かったんだけど。
百年だったか二百年だったか、随分と前に一人のニンゲンが供物を差し出す代わりに塔の根本に住まわせて欲しいと言ってきた。
ニンゲンなんてどうでもいいし、くれるものなら貰っておこうと言ったら、神様みたいに崇められて、気分も悪くなかったからちょっとだけお婆様の遺産をあげちゃった。
やがてそのニンゲンは王を名乗り、魔王に対抗して戦いを始め……気付けば遠い東の地まで制覇し、版図を伸ばしていった。
人々は王を讃え、私を讃え、お祭りをして、たまにこっそり参加すると『おみみさま』と皆が集まって来て騒ぎになったり。
だけど、王の弟があのニンゲンを討ってからは、徐々に態度が変わっていった。
遷都というものをして、もっともっと東の地に人が移っていくと、足元はがらんとしてしまい、静かになった。
祭りもなくなり、供物もなくなり、知った顔も徐々に死んでいった。
これだからニンゲンは。
気付けばすぐに死んでしまう。
仲良くなったと思ったら、あっという間にお爺さんお婆さんになって、勝手に逝ってしまう。
何度も何度もひぃとりぼっちになって、けど忘れられているのも嫌で顔を出す。
そんなこと何度も繰り返した後、やっぱり嫌になって、怖くなって、引き籠った。
何十年?
何百年?
よく分からない。
お婆様の遺産を使えば長い時間を眠り続けることも出来たし、食べるモノも飲むモノも必要無かった。
気紛れに起きて何かをして、ガタの来始めている塔をそれとなく整備して。
下界の事はあまり意識しない様にしていたけど、時折登って来て何かを言ってくる奴はたまにいた。
適当に遺産を放り投げ、さようなら。
帰り道には気を付けて。
だってもう、この塔は私の制御なんて外れかかっているから。
※ ※ ※
私達のような真の長寿族は、己自身が一つの世界であると考える。
幾つもの時代、それはニンゲンの形作るものだけでなく、太陽と月の巡りなどによって生じる、この星における環境の変化なども含めた時代というもののを越えていける数少ない存在だから。
超越的な視座によって観測出来る時代の変化など、私達からすれば季節の変化と変わりがない。
だから一つの生物種が見せる興亡に執着なんてない筈なのに。
「やあ、お邪魔しているよ」
彼女は最初、あまりにも堂々と私の研究室に居座っていた。
「……………………えっと」
「あぁ、それと氷室の食料と酒を少々頂いた。この世のものとは思えない絶品だったが、少々味気無さを覚える不思議なものだったよ」
「なに、してるの?」
「研究……いや、学習? もっと単純に読書と言ってもいいんだが、君ちょっとクセ字が酷いんじゃないかな。文法自体はほぼ変化していなかったから解読は出来たけど、筆記が百年前と今とで一致しないから困っているんだ」
言って、今し方文句を垂れたばかりの酒を一口煽る。
「天上の美酒、なのに物足りない、まさしくこの研究成果と同じだな」
「文句あるならとっとと帰って」
いい加減私だって馬鹿にされていることくらい分かって来た。
勝手に来て、好き放題文句を言う……これだからニンゲンは。
「それは困る。この塔を登り切るのにどれだけ苦労したと思っているんだ? 掛けた時間や消費した物資に相当するものを持ち帰れなければ、私は民に申し訳が立たないよ。決して楽とは言えない現状、必要なのは合理性だ。無駄を省き、情も倫理も置き去りに成果のみを貪欲に求める事、そうしなければいけない状況に私達はいるんだ」
「そんなの私には関係無い」
「ははっ、引き籠って自慰に耽る奴の言う事は長寿でも短命でも変わらないな。別に構わないよ。君に関係なくとも私は私の求める利益を追求し、勝手に獲得していく。けど協力的であってくれれば、私は私に出来る限りの手段で君に褒章を与えよう」
「さっきから偉そうなんだけど」
「当然さ。私は偉い。高貴な血とかいう無駄に噴き出しそうなものを持っている。偉いというのは人間が生み出したものの中でも上位に食い込むほど荒唐無稽な概念だね。せめてコレが強い、であれば生物的に間違いは無いんだろうが、誰々の子どもだから偉いですというのは本当に理解し難い。まあ利用できるものは利用するつもりだから、頭空っぽの連中にも良く効く血統ってものを振り翳して踊ってやるのさ……うん? 何の話だったか」
彼女は本当によく喋り、喋りながらも凄い速度で私の研究成果を読み込んでいった。
ニンゲン程度に理解できる筈もない。
事実彼女は何度も首を傾げながら、時に理解すら放棄して文面を丸暗記した。
まるで仕組みも分からない癖に部品全てを完全に真似て同様のものを生み出すみたいな雑さで。
居座る彼女を追い出すことも出来ず、仕方ないので置いてあげる事にした。
塔の機能が生きていたなら、こんなのポイなのに。
「あぁそうだ都市喰いの話だ。どこかにそれらしい記録は残っていないか? 都市を丸ごと呑み込む最悪の魔王、アレをどうにかしないと、いずれ地上からニンゲンは居なくなってしまうよ」
「都市喰い…………」
「長寿でも知らないか」
「聞いたことは、あるかも。お婆様から。だから、探すならそっちの方が」
「本当かい!? 良かった! あぁそのお婆様を紹介して貰えるかな? 是非とも都市喰いについて詳しく聞きたいんだ」
「もう死んでる」
「……おっと、それは悪かった」
倫理も置き去りにする合理なんてものを説いていた癖に。
もう何百年も昔のことを今更言われても何とも思わない。
「そうだね。言った事とズレている。けどそれがニンゲンさ。目的を果たす為に忘れ去る事はあっても、心の根はそうそう変わる者じゃない」
それはそうとして、と彼女は言って詰め寄ってくる。
汗の匂いに混じって、どこか甘い香りがして息が詰まった。
「『おみみさま』でいいんだよね? 是非とも君のお婆様の遺産に逢わせて欲しい」
「……そんなこと、言われても」
「頼むよ。シシリー」
名前知ってた癖に、と悪態をついてから、私は彼女を案内した。
※ ※ ※
振り回される日々が続くにつれ、私はそれなりに楽しさを覚えていった。
彼女は理性的で、品も良くて、ちょっとイジワルだけど、基本的には優しかったから。
思考は深く、時に私よりもお婆様の深層へ踏み込んでいたのかもしれない。
「なあシシリー、私の妹となって下界へ降りてこないかい?」
「はあ……? なによ妹って」
「最初は私が妹になるつもりだったんだ。何百年、ともすれば千年を越えてこの地に君臨する偉大なる長寿族……その威風に敬意を示して姉と仰ぐのも致し方ないかってさ。けど君は頼りないからなあ」
ジトっと睨み付けるも彼女は柔らかく笑うだけ。
その、くしゃりとなった目尻に胸が弾むのを感じながら、彼女の淹れてくれたお茶を愉しむ。
「まあ…………どうしてもっていうなら、いいけど」
言った途端に笑ってきたから、流石に頬を膨らませた。
それを指先につつかれ、逃げた先へ回り込まれる。
「姉、お姉ちゃん、御姉様、どれがいい?」
「しらない」
「そう拗ねないでくれよ」
「第一どうしてそんな風にするの。貴女、長寿でもないでしょ。全く別じゃない」
「血なんてどうでもいい、っていうのは私の一方的な考えか。長寿の君がどう思うかは分からないが、殆どの人はそんなの気にしないよ。私の妹として紹介すれば、あぁそうなんだって思うだけ。精々あとは、甘えたがりな子なんだろうなって思うくらいかな」
この私を指して甘えたがりだなんて、ふざけた誤解ね。
まあいいわ、彼女の意味不明な解釈はいつものこと。
ただ、ちゃんと問うておくべきな事が一つある。
「貴女、名前は。いいかげん教えてよ」
途端彼女は目を丸くした。
「………………そういえば言ってなかったか。あぁぁっ、これが慣れの弊害って奴だな。周囲が自分を知っていて当たり前ってなると、誰かに名を告げる機会なんて無いからね」
「いいから」
そうだね、と応じ。
月明かりのように仄かな輝きを帯びた女は、私にその名を告げた。
「私はアーテルシア。滅びゆくスヅェール朝を背負い、人類の明日を背負って戦う者さ」