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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ブリジット編のネタバレを含みます。
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拠点にしている宿の一室から沖を眺めていると、今でもちょくちょく思い出す。
あの孤島での日々。
本気で死ぬかもって思った。
でも、いつも安心が傍にあって、最後には全身が震えるほどの大冒険もあった、あの日々。
慣れないことして、前のめりになって、攻撃する事しか頭に無かった馬鹿な私は、海賊との戦いで船から落下した。
『わ、ぷ……っ、ちょ、まず……!?』
焦った。
泳ぎは出来るけど、海水を吸った服が重くて、手足に無数の腕が絡んで来たみたいに上手く動かせなかった。
杖、杖はどこ、って今する心配じゃないのに夢中になって、目の前にあった縄梯子にさえ気付けなくて。
何か大きな気配が近寄って来たのを知って、恐怖のあまり涙が出た。
誰か助けて、私はここに居るの、誰か。
波に揉まれて声も碌にあげられず、迫りくる何かに震えていた時。
船の縁から飛び降りてくる人が居た。
リーダー。
私の所属する、パーティの、一番偉い人。
正直言うと、よく知らない人だった。
修練所を出て、冒険者ギルドにも所属して、さあどうするかって時に同時期に始めたエレオノーラが行くっていうから興味が湧いて……話していることが面白くて、じゃあ私もここだーって決めた、パーティのリーダー。
外パーティで活動することが多かった私は、拠点で絡んだり遊んだり、それなりに接しては居たけど、やっぱりすごく年上の人だから緊張してた。
近所に昔から住んでる人や、地元で出会った人となら平気で絡めたりしたけど、だってリーダーは冒険者だし、大先輩だから。
本当に死ぬかと思ってた時に船から飛び降りて、それが私を助ける為なんだと分かった時、物凄い安心感を覚えた。
その後も、敵の魔術に巻き込まれて流されている間、私に木の盾を掴ませ、ずっと声を掛けていてくれた。
あぁ、大丈夫なんだって、そう思えたんだ。
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「おかえりなさいませっ」
「おかえりなさーい」
夕方の少し前、西の空が赤らみ始めた頃に戻って来たパーティ本隊をマリエッタと共に出迎えた。
午前中でクエストを終えた私達外パーティの面々は、まだ何人かが戻ってきていない。
私は直した寝ぐせがちゃんとなっているのを気にしつつ、マリエッタの両肩を掴んでリーダーへ笑いかけた。
「おう……ありがとな。ブリジットまで居るのは珍しいな」
何か欲しいものでも出来たか? なんて冗談ぽく言ってくる。
そんなんじゃないし。
でも、ちょくちょくおねだりしてるから、あんまり胸を張っては言えない。
今回だって。
「たまにはねー。あっ、装備預かるよ。研ぎに回す?」
「あぁ、頼む。フィオは……町の方か?」
「フィオ様はギルドにご用件があると仰っていました。クエスト達成の確認でしたら、明朝に行いますと言付かっています」
「なるほど、ありがとう」
パイクを受け取って、どうにか身体ごと支える。
槍って持つの大変だよね。適当に持ってるとあちこちぶつけちゃう。
私の、杖は……あの孤島へ流された時に失くしちゃったんだけど。
あーあ、お母さんが買ってくれた奴だったんだけどなぁ。
「それじゃあっ、持ってくね!」
まだ話があるらしいマリエッタとリーダーへ背を向ける。
拠点でも、この宿でも同室のあの子は、冒険帰りのリーダーや他の人達をいっつも出迎えて、色々と話を聞いている。私だと前のめりになって、ついついせがみ過ぎるけど、ちゃんと相手を気遣える凄い子だ。
それだけだと、凄くはない?
ううん、凄いと思う。
私出来ないし。
まだまだ低ランクで、安全なクエストを中心に回している私達とは違う、本物の冒険をしてきたリーダー達から色々聞いてみたいとは思うけど。
無理させちゃうから、お仕事をしよう。
役に立つんだ、私。
「ブリジット」
声を掛けられて振り向く。
大きな手が私の頭を撫でた。
「わ……」
「おっとすまない。いやだったか?」
ううん。
いやじゃない。
安心する手。
優しい手。
でもどうして、って見ていたら、リーダーは心配そうに私の目を覗き込んでくる。
ちょっと恥ずかしくなる。
だって、私だって女の子だし、リーダーは男の人だし。
でも意地張ってじっと見返していたら、ぽんぽん、とやってから手が離れていった。
「不安になったら、いつでも声を掛けて来い。一緒に大冒険をした仲だろう?」
「っ、ん! うん……平気」
「そうか。それじゃあ、俺の大事な装備を任せるぞ」
「おうさっ! もうまっかせて! ぴっかぴかに磨いてくるからっ!」
勢いよく答えて、レネさん達の詰めてる地下へ向かう。
鍛冶の人とか、錬金術の人とか、なんでか地下を好むんだ。
抱えてた装備を落とさない様、ぶつけない様気を付けて階段を降りる。
足取りは軽かった。
さっき。
リーダー達が戻ってくる直前に目が覚めた。
昼にはクエストが終わったから、ちょっと真面目に勉強してたんだけど。
…………夢の中で私はまたあの孤島に居た。
今度は一人、誰も居ない、何も出来ない私があの島で出来たのは、震えながら彷徨い歩いて、膝を抱えて泣いているだけだった。
所詮夢だ。
けど怖かった。
それが今は、ふっとんだ。
「……ふふっ」
リーダー効果、ばつぐんだ。
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それとはちょっと別の話なんだけど、一緒にあの島でリーダーとした会話も思い出した。
張り切って色々と役に立とうとした私は、全くの足手纏いで。
お腹が痛くて、助けて貰えるのが嬉しくて、なにか出来る事はないかって色々考えて。
『……してもいいんだよ』
自分を差し出すくらいのことしか思い浮かばなかった。
不思議と不安はなくて、でもちょっと緊張はして、
『ほら、私、こんなでも女だからさ。別に後で言いふらしたりもしないし、ちょっと使ってみるくらいな感じでさ』
今思うと失礼極まりない提案だった。
リーダーには婚約者がいるらしいし、それは他の皆には秘密だけど、その内教えてくれるって約束した。
そっかぁ、結婚相手が居るんだ。
だったらあんな所であんな事言われても困っちゃうよね。
失敗失敗。
なんてさ。
私は弱くて、幼くて、まだまだ一人じゃ飛べないひな鳥だけど。
リーダーへ出来る恩返しが一つだけある。
立派な冒険者になって、パーティの役に立つ。
師匠にも負けないくらい、すっごい魔術師になるんだ。
頑張って、腕を磨いて、前のめりになる所も直して、頑張って。
「よーし、やるろーっ!」
うはは! と笑ってしがみ付く。
うーん安心感。
まだまだ飲んで騒いでる皆を余所に、私は誰かにしがみ付いて眠っていた。
ちょっと汗ばんだ、お酒の混じった匂い。
うーん、ってなるけど、別にいいかーってなったりもする。
うへへ。
誰か分かんないけど、今回は良い夢見られそう。
「…………そうか。そいつぁ良かったよ」
頭を撫でられ、こっちは顔を擦り付け、足をバタバタ。
垂れる涎もそのままに、いつしかストンと意識は落ちた。
夢の中で、またあの孤島を冒険した。
今度は怖くなかった。
なんでかってさ――――