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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ニーナ編のネタバレを含みます。
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ウミガメに乗って海を泳ぐ。
今日もあんまり食事を貰えなかった。
お腹がすいて、くたくたで、だけどぼんやりした頭であの連中に従っている。
「おや、お嬢ちゃんまた来たのかい?」
しわくちゃのお爺さん、また釣り糸を垂らしてすれ違う。
私は仕事があるから。
やらないと鞭で叩かれる。
怖いけど、痛いけど。怖いから、痛いから、従うしか生きる方法を知らない。
「ふーむ…………おぉっとー! 釣り竿をおとしてしまったあっ、おーい嬢ちゃん、拾っておくれよー」
甲羅を撫でて身を起こす。
よく分からないけど、コレを拾えばいいの?
急がないといけないけど、仕方ないか。
言われたことはやらないと。
釣り竿を拾って引き返す。
亀は泳ぐのがそんなに上手くないから、流れに逆らうのはちょっと辛い。
降りて、お尻を押してやって戻っていく。
「はい」
海の中から釣り竿を差し出してやるも、お爺さんは受け取ってくれなかった。なんでか手招きしてくる。
「お礼があるから、登って来なさい」
「……えっと」
「色々買ってきたんだが、一人じゃ食い切れなくてな。困ってるんだよ。助けてくれるかい?」
困ってる?
なら、仕方ないのかな。
来なさいって言われているし。
ウミガメと一緒に岸へ上がり、お爺さんの隣へ。
「おぉ、見事な甲羅のお友達だ。はて、カメって何を食べるんだったか」
「この子は海藻とかを食べるから、地上のものはあんまり好きじゃないよ」
「そうか。なら仕方ない。はい、君だけでも食べていくといい」
腰掛けて、渡されたものを手に呆ける。
「どうした? 好きじゃないか?」
「…………ううん。これって食べ物なの?」
「………………そうだよ。齧ってみな」
普段食べているものとあまりにも違っていて、よく分からなかったけど、隣で食べるお爺さんの真似をして齧り付く。
「どうだい?」
「……もそもそしてる。あと、しゃきしゃき。ちょっとぴりぴりもする」
不思議な食べ物だった。
だけど、ちゃんと食べてお腹に入れられるものがこんなに沢山あるなんて。
「味はどうだい?」
「味ってなに?」
「なるほど……」
「……?」
お爺さんは勝手に納得して、ほらどうぞと食べ物をもっと差し出してきた。
いいのかな?
でも、食べろってことだよね?
食べていいなら、食べよう。
「いつも通るけど、何をしているんだい?」
「…………え、私?」
「ここには二人しか居ないよ」
困った。
仕事の内容は話すなって言われてる。
あ、そういえば誰とも話すなって事だから、こうしてるのも拙いかな。
慌てて立ち上がった時、手にしていた食べ物を落としてしまった。
「あ!!」
拾って食べる。
泥が付いてたけど構わない。
そう思っていたら、お爺さんが私から食べ物を取り上げた。
「止しなさい。お腹を壊してしまう」
「でも」
「いいんだ。ほら、パンくずに魚達が寄ってきている。彼らにあげればいい」
パン、というものをお爺さんは細かく千切って海へ投げた。
集まっていた魚達があっという間に食べ尽くしてしまい、それを私はじっと見詰めている。
「まだ食べ足りないかい?」
「え? ううん……こんなに沢山食べたの初めて」
「……そうかい」
もう行かなきゃ。
そう言った私にお爺さんは目尻をくしゃりとして笑いかけてきた。
「また会ったら、一緒に食事をしよう。爺一人じゃ寂しくてな。付き合っておくれ」
その表情が死んでしまったお父さんに似ていて、私はしばらく彼の事が頭から離れなかった。
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爺さんが腰を痛めてしまったから、階段を登る度に手伝ってあげてる。
寝所を地階に移動して、食事とかはそこで取れるし、砦の外にだって散歩へ出かけるけど、厠は海面近くの下にあるから往復が大変だ。
「よぉし後は平気だ。一人で登り切れる」
「無理しないでよー、爺さん」
「年寄り扱いするな。ほら、お前だってまだまだ子どもなんだから、他の子らと一緒に遊んで来なさい」
「子ども扱いするなよー」
私を買い取った頃は、まだまだ元気で毎日のように釣りへ出掛けていた。
昔は肉料理ばかり食べてたそうだけど、こっちへ来てから魚料理が好きになったんだって。
自分で包丁を握り、あれこれと食材を買い込んで色んな料理を食べさせてくれた。
失敗して変な味になることもあるけど、徐々に増えていく子達と一緒にぶつくさ言いながら食べると楽しくて、つい言葉が荒っぽくなる。
拗ねた爺さんが今度こそはって町へ出て行って、怪しげな調味料や食材を買い込んできて、また失敗したり、案外美味しかったり。
昔、一緒に冒険をしていた仲間が料理好きだったらしい。
家も小さいながら農園をやっていて、お育ちがいいんだよとたまに話していた。
それまで食えれば何でも良かった爺さんも、その人の料理が美味しくて、同じく飲めれば何でも良かったお酒にもこだわりが出来て、無駄にお金が掛かる様になったんだって。
そして必ずその話で出てくるのは、賭け事だ。
あんなのはクズのやるもので、お前らは真似するな。
なんて言いつつも爺さんは楽しそうだから、たまに砦の皆で集めた貝殻を賭けて札遊びをする。
勝っても負けても大喜びで、ちっちゃい子が負けそうになって涙を浮かべていると、うっかり札を落として手持ちを晒したり。
「あの人達、いつまで居るのかな?」
「うん? あぁ。ははは、冒険者だからな。そう長くは留まっちゃいないさ」
「そう、だよね」
爺さんの事や、自分の事で相談に乗って貰ったあの人。
爺さんと一緒に冒険をしたあの人。
彼の連れている人達は皆、とても強い目をしていて、見ていると心が焼けそうになる。
爺さんも昔、ああだったのかな。
わざと負けるなんて大嫌いで、必死になって札と向き合って、一つ一つの勝負で怒ったり泣いたり。
そんな想像しか出来ないけど。
「いつでも、お前の好きなように生きて良いんだぞ」
私の支えが無いと階段も登れない癖に。
だけど、負けじと打ち込んだ手すりをしっかりと握り込んで、息を切らせながら次を踏む、元冒険者の爺さんは。
「お前は俺なんぞより凄い冒険者になれる。アイツの所は、まあちいっと身の危険があるけどな、俺が紹介状を書いてやればクルアンのパーティなんぞ揃ってお前を欲しがるさ」
「またそんなこと言って」
階段をあがる。
身軽な私にとってはなんでもない、小さな段差の積み重ね。
けれど爺さんにとっては、息を切らせ、一歩一歩確かめる様に進まなきゃいけない場所。
その長い長い道のりすら知らない、私の行ける範囲の場所しか知らない私は、それでもまだここに居たいって願ってる。
「爺さん」
「はぁ……、うん?」
「あの頃ずぅっとあそこで釣りしてたのさ、私が心配だったからだよね」
出会いから、もう何年経ったんだろう。
何も考えず、何も感じず、味さえ知らなかった私が。
「さて。昔の事だから忘れたな」
「はいはい」
意地っ張りな爺さん。
そして、
「もうちょっと一緒に居させてよ。大好きなんだよ、爺さんのことがさ」
洟を啜る音を聞き、階段を登り切る。
平坦な道へ出たことで、杖を突いて一人で歩き出した爺さんの、すぐ隣を歩いた。
もうちょっと。
できれば、もっと長く。
この先もさ、ずっと。
ずっと。
一緒に居たいんだ。
また明日も登って降りて。
繰り返し、繰り返し、大変な一歩を、お互いに違う一歩を踏みしめて。
貴方と一緒に、歩いて行きたいんだ。