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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ディトレイン編のネタバレを含みます。
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『この手紙が読まれているということは、私は既に死んでいるのでしょう。
至らぬ身ではありますが、せめて名誉ある死であったことを願います。
そして、これを呼んでいるのが、貴方であればとも思います。
いずれ私達を殺しに来る誰かではなく、無遠慮で横暴で、なのにいつも迷いを見せていた、心優しい気遣い屋の卑劣漢。
似合ってませんでしたよ。
なんて、正面からは言えませんでしたが。
私達はいずれ殺されるでしょう。
今は上手くいっていても、あまりに恨みを集め過ぎましたから。
ラウラ様は、決して許されないことをしてしまったのでしょう。
人と魔物の合成、それによって人との意思疎通を可能とする強大な魔物を作り上げる錬金術をあの方は生み出してしまった。
劣勢に傾いていた私達の国はそれに飛び付き、次々と国民を攫ってその材料としました。
ですが、
いえ、
ですが始まりは、その想いだけは、決して……否定されるべきものでは、無かったのだと私は信じています。
あの方は、ラウラ様は、ただただ無垢であっただけなのです。
そして同時に、私などの理解を大きく超えた頭脳の持ち主でもありました。
頭の良過ぎたラウラ様は、今よりもっと幼い頃、宮廷魔術師に間違いを指摘してしまいました。彼女にとっては何気無い疑問と回答を、けれど宮廷魔術師にとっては自分の人生を否定されるようなものだったと聞いています。
当時の王から強い信頼を受けていた魔術師は、ラウラ様を徹底的に糾弾し、悪魔憑きと罵って王宮から追い出しました。
王族とはいえ傍系、それも十分な背景を持たないとなれば、その扱いもよくある事と頷けます。
ただ、結果的に後の派閥争いでその宮廷魔術師が追い落とされたことで、ラウラ様の指摘が正しかったと認識されていったのですが、既に散々な扱いを受けたあの方を迎え入れられる度量のある者などおらず、そのまま離れに押し込められ続けていました。
私も似たような扱いです。
父が罪を犯し、投獄されたという経歴に傷のある身。
けれど気楽ではありました。
立身出世など望んではいません。
ただ父との日々が終わったのだと、ほっとしていたくらいで。
もしかすると誤解されているかもしれませんが、私とラウラ様は昔から仲が良かった訳ではありません。
いえ、主と仲が良いなどと称するのは不敬なのですが……少なくとも今ほど気軽に言葉を交わしたりはしていませんでした。
王、父親からも突き放され、抱いてくれる母も死に、腫れものとして扱われて来たラウラ様は、誰かに愛されるということを知りません。
押し込められた離れの一角ですることもなく呆けている日々。
私も、父とのことがあって他者と接するのが苦手でしたから、物言わぬ主人に仕えて護衛をするのは気楽でした。
ですがラウラ様は、あの方の頭脳は私などの理解を越えて動き続けていたのでしょう。
やる事も無く呆けているだけの日々。
その中で、後に暇つぶしだったと溢した思考は、幼い頃に垣間見ただけの錬金術の基礎を解き明かし、発展させ、新たな学問として成立するほどの理論構築を終えていたといいます。
欠けていたのは実証。
それも勢力図が変わったことで要望が通る様になり、彼女の能力に目を付けていた新たな宮廷魔術師が支援した事で一気に加速しました。
ただ、やっぱりラウラ様は、その根っこは愛情を知らない幼子だったのだと思います。
父親の気を引きたかった。
それがもう叶わないと知れば、身近な人を。
私は。
私が
』
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蝋燭の火が消えた。
気付かない内に使い切ってしまったみたい。
代わりはあったかなと探したけれど、光に慣れた目では思う様にいかず、そのまま寝台へ身を投げた。
どうにか気を逸らそうと筆を取っていたのに、しばらく天井を眺めていたら自然と身体が熱くなってきた。
まだ、お腹の中に彼の熱が残っている気がする。
疼く。
どうしようもなく、私はそういう生き物なのだと自覚させられる。
「はぁ……、っ、ん」
汚らわしい。見たくも無い。そう思って拒絶していても、時折どうしようもなく欲しくなる。それに包まれる快感をこの身体は知っている。どうにか遠ざけてきたのに、ラウラ様を通して伝わる感覚に晒されて、何度も、何度も……見ない様にしていたものを意識してしまう。
初めて全力で想いをぶつけられる相手を、ぶつけて貰える相手を得たラウラ様が喜ばれるのは分かる。だけど、その感情までこちらに流れ込んでくるのは予想外だった。
愛おしい。
疼く。
欲しい。
もっと。
なのに薄皮一枚を隔てた様な鈍さが、どうしようもなくもどかしくて。
もっと、好き放題にされたくなる。
「…………はぁ」
濡れた手を手拭いで拭き取る。
机の上の手紙を見て、こんな状態では続きは書けないと毛布を被った。
※ ※ ※
かつての私は、夢の中で幾度もその景色を見ていました。
覆いかぶさってくる父。
愛してると囁いて、私の中へ入り込み、身を震わせてソレを注いでくる。
父は、私にとって化け物だった。
ううん。
本当は、そういう風に思うことすら知らなかった。
父の意にそぐわない反応をすれば叱られて、言われた通りに出来れば褒められる。その愛情が歪であると知ったのは、ずっと成長してから。
同じ騎士見習いの子が父親が汚いとか、臭いとか、勝手に部屋へ入られたんだと不満を漏らしていた。分からなかった。だって、私は記憶にある限りずっと父と同じ寝台で寝かされていたから。
そうして他との違いを知る内に、それがおかしなことだったと気付いていった。
父との関係は私にとって食事を摂るのと同じで、そこに特別な感情はない。
けれどそれが異常な行動だと知ってからは、父が気色の悪い化け物に思えてならなくなった。
愛してるの意味も、注がれるものの熱も、無色透明だったものに強烈な色が付いて行く。
勇気を出して、父に話そう。
そう思いました。
間違っている。
おかしいんだ。
もっと普通の親子として、この先は……。
なのに、私がようやく決心した日に、父は全く別の罪で投獄されてしまったのです。
※ ※ ※
「ほら見てっ、リリィ。本当に化け物になったのよ。もう、そう思ってしまう事で苦しむ必要なんて無いわ」
檻の中で蠢くソレがなんなのか、最初は理解が出来なかった。
ラウラ様が錬金術について講釈してくれても、頭が理解を拒絶していた。
けど、見えてしまった。
蠢く触手の隙間に、父の顔があることに。
「言っていたでしょう? 自分の父親を化け物だと思ってしまうのが辛いって。その本質は間違いなくそうだとしても、父親をそう思うのは間違いだからって」
あぁ、と私は膝を付いた。
私のせいだ。
私のせいなんです。
何も知らないラウラ様にとっては、あの閉じた部屋の中で語られた私の言葉だけが世界の真実でした。
数少ない話し相手。
常識や倫理など学ぶ機会はない。
だから、苦しむ私の為に、本当に父を化け物にしてしまった。
もう苦しむ必要は無い。最初から心が化け物だった父が、肉体までも気色の悪い化け物になっただけ。
事実、父を見る私の心にはもう肉親の情など消えうせ、ただただ早く消えて欲しいという気持ちでいっぱいになりました。
翌日、檻を破壊して脱走した父は近衛兵に殺され、死骸を改めた宮廷魔術師が正体を見抜き、かつて先代宮廷魔術師の誤りを指摘した一人の王族へと辿り着いたのです。
それから私は父の夢を見る事が無くなりました。
※ ※ ※
筆を取る。
自分にそう時間が残されているとは思えない。
ゴーレム車がもうじき完成する。
なのに私はその先をこれっぽっちも想像出来ないでいます。
ここしばらく平和な時間が続いていました。
彼が来てからでしょうか。
それまでは時折、ラウラ様を狙う刺客がやってきていました。
もう限界だと言っていた者達に暇を与え、今の屋敷へ居を構えてからは、驚くほど静かです。
落ち付き場所が出来たことでラウラ様が番犬にと合成獣を森へ放ったことも理由の一つでしょうが、それにしたって都合が良過ぎでしょう。
なら、とも思うのに。
どうしても疑い切れないでいる。
彼は本当に、私達への断罪者ではないのでしょうか。
罪という言葉。
死んでいった者達や、犠牲にした者達からすればあまりにも軽い言葉。
吹けば飛ぶような自覚の上で語った贖罪に、別の何かを見詰めていた彼の表情が浮かびます。
だから私は、この言い訳ばかりな手紙を握り潰し、蝋燭の火にかけて燃やしてしまいました。
こんなの彼に読ませてどうする。
苦しませるだけだ。
あの人はきっとただの、この土地ではとても珍しい、他人に甘くて格好付けで、ちょっとすけべなだけの冒険者だ。
「冒険、かぁ」
燃えていく手紙を見詰めながら、つい夢想してしまう。
もし、私がラウラ様をあの離れから連れ出していたらどうなっただろう。
どうせ誰も気にしない。
居ない方が良かったような二人だから。
今みたいに故郷を捨てて、南へ向かって。
クルアンの町という所で、冒険者をやって。
きっと私達は世間知らずで、どこかで失敗をしたり、騙されたりして。
そんな時に、面倒見が良くて、ちょっと甘い、そんな冒険者が助けてくれたりして。
当たり前に。
恋をしたり、なんて。
ラウラ様は結局あの人を気に入ると思う。
私もちょっと意地を張って、取り合ってみたりとか。
でも、そう。
私が一緒に居たいのは。
ただ一人を選ぶのなら。
※ ※ ※
雨の中、凍り付いて行く骨身を感じながら静かに立つ。
叶わなかった夢を見るのは終わり。
私は決定的に間違えた。
拒絶することも出来た筈なのに、受け入れてしまった。
そこに甘えて相談までして。
本当に、これじゃあただの淫売だ。
でも居場所を失ったからこそ、拒絶されたからこそ、綺麗さっぱり諦めることが出来た。
もう、信じて貰うことは出来ないのだとしても、私の忠誠は、誠の心はラウラ様の為に。
あまりにも遅過ぎる決心だ。
だけど後悔は全てこの冷たい雨が洗い流してくれる。
他には何も要らない。
自分の命すら、貴女の為に使い切れる。
うん、だから、本当に死ぬと思ったら山を下りよう。
身を隠して、誰にも気付かれない場所で死なないと。
じゃないと、きっとあの人も、ラウラ様も、気にしてしまうから。
その時が来るまで、この穢れ切った身と心を、故郷の雨に雪がれていよう。
「嗚呼。貴方の怒りを、不安を、嘆きを感じ取れる身で良かった」
荒れ狂う感情が胸に響く。
止むことの無い激情。
生まれて初めて得られた、全てを投げ打ち、全てを受け入れられる相手。
敵わないなぁ、なんて。
また少し、揺れ動いて。
でもじっと己を見詰め続けた。
まだ私は知らないまま。
やがてくる出来事と。
やがてくる、主の想いとを。
まだ、もう少しの間だけ、知らぬままに想い続けた。