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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
レネ編のネタバレを含みます。
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「あぁ、ほらこぼれてますよ」
「んぐ……」
シチューを器ごと飲んだレネさんの口元へ、手拭いを持って行って拭き取る。
寝ぼけ眼でこちらを見る彼女はされるがままで、本当に赤ん坊の世話をしているような気分になってしまいます。
ロンドさんにレネさんの世話を任されて数日、どうにか慣れては来ましたが、この先どうしたらいいのかという不安もあります。
時折様子を見に来てはくれるものの、今は頼むと言われ、断り切れずに応じていますが。
私もパーティでの活動がありますし付きっ切りというのは中々に難しい。
最近は日帰りで近隣に湧き出した魔物の狩り出しを行っていますが、迷宮へ潜るとなれば数日は戻れないことは当たり前にありますし、どうしたものやら。
「レネさん。私、先日出した洗濯物を受け取ってきますので、食べ終わったら部屋で待っていて下さいね」
「ふぁーい」
いつもは自分で行っている洗濯も人任せにしてしまっています。
世話を掛けているのだからとロンドさんが出して下さってはいますが、やれば出来ることにお金を掛けるのはちょっと落ち着きません。
食事や洗濯、装備の手入れに衣服のほつれ補修、冬越しや遠征に向けた保存食の作成と備蓄、それも自分でやってしまえばお金はあまり掛かりません。
不慣れなことをしているせいか、普段よりは楽が出来ている筈なのに疲れが溜まる。
いえ、不満があるという訳ではないのです。
むしろ会いたい方が積極的に来て下さるというのは嬉しいですし……いえ、あくまでレネさんの様子を見に来ているだけですが、短いながらも頻繁に顔を合わせて話せるだけで私は、その……。
変化が大きいからでしょうか。
良い嫁になれる、なんてロンドさんは言って下さいましたが、実際に赤ん坊を産んだりしたら今とは比べ物にならない大変さでしょう。
赤ん坊……。
いえいえいえっ、確かに故郷の村ではこのくらいの年齢で結婚して子を作っている人も居ましたがっ、冒険者は揃って晩婚が多いんです!
若い内に思う存分戦って、そこで成した財を使ってのんびりとした余生を送る。
私の故郷では特に、何人か優れた冒険者を輩出していて、その人達が持ち帰った財で村が潤った話は昔から聞かされてきました。
だから私くらいの子は次々と冒険者を目指して旅立っていくのですが。
「赤ん坊、かぁ」
受け取ってきた洗濯物を抱えたまま宿の階段を登っていく。
冒険者を始める時、そういうことはずっと先になるまで経験しないんだろうなと思っていました。
相手が出来ること自体想像もしていませんでしたし、日々覚えた事をこなしていくのに必死で、考える事もしなかった。
それが、あんな形とはいえ、知ってしまった。
あんなにも力強い腕に抱かれ、優しくされて、そこに甘える気持ちが芽生えてしまった。嬉しくて、心地良くて、恩返しをしたくて私に出来る何もかもをあの方へ差し出したくなった。
以前の宴会で、ギルドの受付嬢をしているアリエルさんも仰っていましたが、こんなにも熱く強い気持ちは簡単に消えてなんてくれない。
「はぁ………………」
熱の籠もった息を吐いて、つい足を止める。
すれ違った女性冒険者が驚いた顔をしていて、咄嗟に手鏡を取り出しました。指で輪を作った程度の小さな鏡。それだけでもとても高価なモノでしたが、ふとした時に身嗜みを整えるには自分の姿が分からなければ難しいので、奮発して購入したものです。
その手鏡に、どう考えても他の方にはお見せ出来ない顔をした私が映っていて、
「~~~~っっ!!」
思わず抱えていた洗濯物に顔を埋めました。
今のすれ違った方が女性で良かった。
こんな顔、他の男性に見られていたら死んでしまうところでした。
他の、というか、あの方でも駄目です。
恥ずかし過ぎて死んでしまいます。
そうしてどうにか顔をあげた所で気付きました。
受け取った洗濯物の一番上にあったのが、私がレネさんを預かった際、彼女が着ていた服であったことに。
「………………っ」
咄嗟に口元を抑えました。
いけない。
愚かなことを考えた自分を戒めましょう。
レネさんが着ていたのは、ロンドさんの服でした。
ほんの一時期とはいえ、一緒に暮らしていた間は彼の衣服などは私が洗濯し、アイロン掛けなども行っていましたから、形や柄は概ね覚えています。
下着までそうだったことには心底驚きましたが、後程持ち込まれたレネさんの服を見て流石に納得も出来ました。
三度に渡って洗濯屋を通したという服はすっかり擦り切れていて、各所の縫い目がほつれ、穴が空き、まるで役を成していない状態だったのです。
だからロンドさんが、あの方が仕方なく服を貸したという事実は分かるのですが。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
今目の前に、私の腕の中にその服があります。
無論、洗濯済みのものです。
なら、問題無いのではないでしょうか。
「おかえりー、トゥエリ姉ちゃー」
部屋ではレネさんがごろごろしていました。
最初は私の装備や道具類に興味を持っていましたが、今ではやることもなくただ寝て過ごすか、たまに食堂で他の冒険者と飲んでいたりします。
奢って貰うのが上手なようで、ロンドさんが渡してあるお金も殆ど減っていませんし。
私は簡単に挨拶を返し、部屋の角にある戸口を潜りました。
ここは宿の増築時に偶然余った空間ということで、人一人が横になれる程度の小部屋になっています。
私はそこに棒を通し、服を吊るして並べています。
ちょうど、レネさんの居る寝台側からは死角となる位置。
持ち帰った洗濯物をいつもならアイロン掛けにする所ですが、今が好機です。
するりと服を脱いで床へ落とす。
下着を下ろし、外して、肌を晒した状態で着替えを手に取り、脚を入れる。
「……………………」
ちょっとだけあった葛藤もいざやってしまえば幸福感というか、興奮というか、そういう何かで押し流されていきました。
「ふふっ」
そうして上も下も着替え終わり、神官服を上から纏った私は深呼吸をし、けれど耐え切れず一度身を抱きました。
「~~っ! はぁ……っ」
いけないいけない。
呼吸を整えて、顔色を確認して、落ち付いて。
なんだかあの方に包まれているような気がして心が沸き立ち、安堵出来ました。
すごい。
これすごいです。
この一事だけを取っても、レネさんをお預かりした甲斐があったと申しましょうか。
などと浮かれていた所へ部屋の扉がノックされました。
「おーい、居るかー?」
ロンドさんです。
「あー、兄ちゃー」
扉を開けに駆け寄っていくレネさん。
サッと今までの興奮が冷め、私は慌てました。
「あっ、だ、駄目ですっ。レネさんっ、今はだめぇぇぇぇ…………、っ」
「え?」
「おう、レネ。いい子にしてたか? さっきトゥエリが洗濯物抱えてこっち向かってるのが見えたから、そろそろお前に貸した服、戻ってきてるかと思ってな」
結果だけ話しますと、恥ずかしさのあまり真っ赤になってまともな受け答えの出来なかった私は、ロンドさんのやんわりとした追及を受けて全てを話してしまいました。
恥ずかしかった。
死にたい。
でも。
出来れば……また、やりたいな、とか。