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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
フィリア編のネタバレを含みます。
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冒険者ディムの物語をご存じかしら?
クルアンの町に住んでいて、それを耳にしたことが無い者はいないとまで言われる有名なお話。
アーテルシアの治世が崩壊し、再び魔物の巣食う土地となって幾年月、人々は厳しい冬の間こそが魔物の活動が弱まる時期だと気付き、雪の降る土地へ入植を始めたの。
当然、弱まるとはいってもそこは魔物の巣。
戦う力も覚悟も持って挑んだ入植者達だったけど、環境の厳しさと魔物の強さを前に苦しい日々を送っていたそうよ。
そこに現れたのは冒険者ディム。
彼は神々の加護を得た武具を三つ持ち、その一つで森林を切り拓き、またもう一つで城壁を築き上げ、最後の一つで空を飛んだと語られている。
剣。
杖。
鎧。
所謂、ディムの遺産と呼ばれる伝説上の武具ね。
強大な魔物を剣の一振りで倒したとも語られるけど、これは後年になって吟遊詩人があれこれ付け足したお話。
本当は、ディムはアーテルシアの時代からこの地に残って狩人を続けていた、森の民だというのが最新の見解よ。
温厚で心優しく、けれどちょっと照れ屋な彼は、助けられた入植者からの名前を教えて欲しいという問い掛けにこう答えた。
『名乗る程の者ではありません。僕は、ただの冒険者です』
なんて。
格好付けるくらいには少年だったらしい彼は、空飛ぶ鎧で颯爽と去っていたそうよ。
でも、名前は残ってる。
それが、調べれば調べるほど締まり切らない、私達の語源と呼ばれる、冒険者ディムの物語。
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「名乗る程のもんじゃねえ。俺は、ただの冒険者だ」
ザルカの休日は決して単なるお祭り騒ぎじゃない。
それを知ったのは、物見遊山で戦いを見に行った時。
まだまだ子どもだった私は潜り込んだゴブリンに襲われ、そうして彼に助けられた。
きっと、彼も若かったのよねぇ。
でも私も同じくらい若くて、馬鹿だったから。
物語と全く同じ状況、言葉に舞い上がってしまったの。
きっと初恋だったんじゃないかしら。
それからは私も冒険者を目指し、修練所へ潜り込んで魔術師としての技を盗み見て、腕を磨いた。
魔術師を選んだのは、彼と組んで戦う自分を妄想していたから。
神官でも良かったんだけど、折り目正しくお真面目に、なんていうのは私が思い描く冒険者像からは外れていたから。
あと、戦士になるなら身体をムキムキに鍛えないといけないでしょう?
いつかあの人の前に現れた時、筋肉質な女になっているのは嫌だったんだもの。
やがて成長し、冒険者ギルドにも所属して、それから、現実を知った。
まるで冒険者ディムが無敵の英雄じゃなかったと知った少年のように、私もあの時の人が白馬の王子様じゃないと気付いたのね。
幻滅は、まあ……したといえばした。
だってえっ、あの頃の私って超天才、同期がなんでそんな所で躓いているのかわからないわ、ってくらいに凄かったのよ。
呆気無く追いついて、追い越していった過去へはさようなら。
冒険者という理想は私自身の中にある。
そう信じて戦い、昇格を繰り返し、そして。
でも、行きつく所まで行きついた先で、なんとなく停滞してしまった。
厳しい戦いは沢山ある。
ゴールド時代に引き入れられたゼルディスのパーティには優れた人材が集まるし、その中でもリディア=クレイスティアは伝説級の神官じゃないかと思っているくらいよ。まあ、アダマンタイトってそのくらいでないと成れないんだけど。
私はその一歩手前。
行こうと思えば行ける気がしてる。
分からないけど。
でも、と。
見上げた先が、いつの間にか色褪せていた。
なんか違う。なんでだろう。そう思っていたことすら馬鹿らしいくらい、私は杖を手に冒険をするより、ペンを持って金勘定ばっかりやるようになっていた。
だって、周りはお馬鹿さんばかりなんだもの。
パーティが大きくなって、維持費も貴族の支援金だけじゃ到底足りなくなって、なのに何も考えず好き放題暴れるだけ暴れて、貯金も考えず散在するパーティリーダー。
やるしかないじゃない。
他に、今以上に限界を味わえる所なんて無いんだし。
そう思うほどに私は冒険者ではなく、経営者になっていく。
パーティを運営する上で不可欠な要、なんてお世辞でもよく言われるけど、お金を稼ぐのだって楽しいけど、それじゃあなんで私は冒険者で居続けているのかしら。
つまんなーい。
そう思って、ちょっと気が向いてゼルディスの賑やかしをしている神官ちゃんを鍛えてあげようと、計画を立てた。
偶然街中で出会った過去のごにょごにょも、まあここまで来た切っ掛けになってくれたんだし、美味しい想いはさせてあげましょうか、なんて引っ張り込んで。
大冒険の果てに笑い合う二人を見た。
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「こちょこちょこちょぉ~」
「うおっ!?」
ギルドでいつもの様に仕事を終えて、依頼板を眺めている後ろからちょっかいを掛けてみた。
髪の毛先で耳元を撫で、首筋を辿る。
お仕事あがりの汗が混じった匂いで気持ちが昂ってしまいますわね。
「なんだフィリアか」
「どうして席で待っていたのに来て下さらないんですの?」
「集中してると思ったからな。第一、金稼ぎは俺には分からん。何も手伝えんぞ」
「会いに来てくれるだけで嬉しいのっ」
後ろからしがみ付いて頭の匂いを嗅ぐ。
うふふふふぅ。
「おい止めろ、今仕事上がりで臭うだろ」
それがいいんじゃありませんのっ。
私だって、何年も肌を磨いてませんー、みたいなのは嫌よ。でもアナタって結構綺麗好きで、普段から身ぎれいにしているから、時間が経って腐敗したものじゃない、アナタ自身の匂いがするの。
「栄養補給」
「変態か」
「はぁ、はぁ、いいじゃありませんか、はぁ、一緒に落ちていきませんか?」
「身の危険を感じる」
あンつれない。
少しだけ身を離して、受付側から強烈な視線を受けているのを感じながら、私は彼女から隠れるように彼の顔を覗き込んだ。
「危険は大好き。冒険者ですもの。ふふっ、それにいつアナタが大冒険に誘ってくれるのか、ずっと待っているんですよ?」
「今は店の経営があるだろ。あんまり無茶をさせるつもりもないし、俺は過剰な危険からは離れたい派だ」
でも一度そこへ叩き込まれたなら、誰よりも知恵を巡らせ、己の技と覚悟で立ち向かっていく。
シルバーですけど。
格で言えば遥かに劣る、ちっぽけな冒険者ですけど。
その心は、きっと。
「アナタが誘ってくれたなら、私は全て投げ捨ててでも駆け付けますわ。築き上げたものにしがみ付くなんて、冒険者らしくありませんもの」
「この前は来なかったくせに」
「いーじーわーるーっ。今その話聞きたくありませんわーっ」
「まあその内な」
待て。
と言われたので、仕方ないので待ちましょう。
待て。
ふふっ、焦らされるのも好きですのよ。