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『万年シルバー』㉑ ヴィラル編 クィナ視点

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 こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922
 の幕間を公開している近況ノートです。

 ヴィラル編のネタバレを含みます。
 
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 意識は目覚めているのに、身体がどうしても起きない時ってありますよね。

 確か、家で編み物をしていたら、姉さんが戻って来て、ついこそこそ逃げ出してしまったんでした。村からは少し隠れるようになっている、小さな丘向こうの日向で、続きを編んでいた筈。

 だって、二番目に産んだ子が、最近お腹を下し易いんだって聞かされたから。

 本当は我が子の世話なんてしちゃいけないって言われてるけど、乳母を任せているお家の方は私にも親切で、モノさえ出来てしまえばこっそりあの子の私物に混ぜてくれるんです。

 姉さんに見付かると叱られる。
 結構キツめに。
 母王の代理として相応しい行動を、って。
 でも代理だから、こそっとやるくらいなら平気平気。

 なんて言い訳してたのに、家の掃除もそこそこに外へ出て、そのまま昼寝をしてしまいました。

 …………意識は覚醒していても、目を開けるまでは身体は結構眠ったまま。

 だけど、やっぱり起きているから、周囲の気配くらいは分かるんですよね。

「………………ん」

 誰かが薄手の毛布を掛けてくれました。

 ありゅがとぉ。

 目を閉じたまま、お礼をしたけど上手く言えなくて。
 その子は私のほっぺを摘まんで笑いました。
 いたずらっ子。
 まだ力加減を覚えていない男の子だから普通に痛いです。

「っふふ」

 なのに笑い声がくすぐったくて、私も頬が緩んでしまいました。

「寝てると。風邪引くんだぞーっ」

 蹴飛ばす様な残り風を置いて少年が走っていく。
 その背中をようやく開けた瞳で追いかけて、光の向こうへ消えていく姿に目を細めた。
 あぁ眩しい。
 もうちょっと早く起きれば良かった。

 でもいい。

 いたずらっ子だけど、優しいミーシャの置いて行ってくれた毛布をひざ掛けにして、ヨランダのセーターを編んでいく。
 喜んでくれるかな?
 私のだっていうのは秘密だけど、お世話になってる乳母の方とは上手く行ってるし、きっと、気付かず喜んでくれるよね。

 村の方から綺麗な歌声が聞こえてきた。

 ララ、ラララ。

 吟遊詩人の血を引くヨランダなら、きっと素敵な歌い手になれるよね。

 そうしてまた編み物に集中していると、ちっちゃな女の子がいつの間にか私の脇に居て、屈みこんで手元を覗き込んでいた。
 私が彼女を見ても、一度集中し始めると他が見えない子だから、じぃっと手の動きを観察してくる。
 だから続けた。
 こう編むんだよ。
 ここ、難しいから、ちゃんと見て覚えるんだよ、エッダ。

 会話もしないまま編み物を続けて、その内飽きちゃったのか、私が集中して来たところでこちらを見る様な気配があって、気が付いたら居なくなっちゃってた。

 もうちょっと、一緒に居たかったな。

 でも私を探しに姉さんがやってきて、その日は編み掛けのまま終わることになった。

    ※   ※   ※

 大きな泣き声に心配になって、広場へ顔を出してみたら、その手前で下の子へ昆虫を見せているクェートの姿を見付けた。
 いつもは一人遊びをしているけど、今日はディアメルと一緒なんだ。
 真っ黒な一本角の昆虫を、おっかなびっくり腕の上に乗せて貰って、夢中になって眺めてる。

 もう片方の手の親指は、相変わらずお口の中。
 甘えん坊のディアメル、姉さんが厳しく言っても、ちょっと怒って指を引き抜こうとしても、頑なにおしゃぶりを止めなかった。
 あんまり激しくやっていた訳じゃないけど、ちょっと泣きそうになったのを見て怯んだ姉さんから素早く逃げて、私に抱き付いてきた時は思わず抱き締めちゃった。
 泣かせたバツの悪さと、族長として叱らないといけない責任感と、何より妹の私が慣習を無視して母親に戻っていた事で、なんともいえない困った顔をした姉さんがおかしくて、笑ってしまった後で叱られちゃった。

 思えばあれから、ディアメルはクェートに懐き始めたのかもしれない。
 お兄ちゃんのクェートは無口で、ディアメルが指をしゃぶっていても叱らない。
 ああして新しいものを見付けてくると弟に教えてあげてるんだって。

 二人の仲睦まじさについ足を止めてしまったけど、続く泣き声にハッとして駆けていく。

「……大丈夫ですか?」

 ノックもそこそこに家の中へ。
 私も幼い頃は好き勝手出入りしていた所だから、あんまり遠慮とかはしない。
 村人は皆家族。
 そんな戸口の向こうでお婆さんに抱き上げられていたのはノーラだ。

 まだ歩けるようになったばかり。
 だからすぐ転んで、大泣きして、満足したらケロッと泣き止んで、また何かを見付けて歩き出す。

 いらっしゃい、と言ってくれたけど、いつもありがとうございます、と苦笑いして返しちゃった。

 怪我はなさそう。
 姉さんが村の外観を気にするから、表向きはお洒落な雰囲気だけど、部屋の中は子どもが転んでも平気な様に壁中へ毛布を貼り付けて、床は藁でいっぱい。
 今頃は虫も出るから葺き替えが大変だろうけど、文句も言わずにやってくれる。

「またね、ノーラ」

 私の声は泣き声にかき消されてしまったけれど。
 盛大な声がいっそ気持ち良くて、お婆さんと一緒に顔を見合わせて笑っちゃった。

 こっそり頭を撫でまして。

 家を出た所で、さっき広場で遊んでいたクェートとディアメルの二人が目の前を駆けていった。
 何があったかはすぐに分かった。

「クィナ、そこに居たのね」
「姉さん…………どうしてベリエを抱いてるの?」

 末っ子ベリエ。
 夜泣きもしない、物静かな赤ん坊。

 立場ある女は子育てをしないと言い聞かせている姉さんは、心底困り切った顔で不器用に身体を揺すりながら聞いてきた。

「乳母がどうしても手の離せない仕事があるって……私しか居なかったし、けど、さっきからちょっと、匂いが」
「あぁ」

 ベリエはおしっこやうんちをしても泣かないから、こっちで気付いてあげないとお肌がかぶれちゃうって、乳母の方も言ってたんだよね。

「おむつを変えてあげないと。姉さん出来る?」
「……出来る訳ないでしょ」

 ふふん。

「なら、私がやりましょう」

    ※   ※   ※

 茹で上げた卵みたいなお肌をきれいに拭いて、新しいおむつを穿かせていく。
 少し離れた位置で訝し気に様子を伺っていた姉さんが、

「なんだか慣れてるわね」
「え!?」

 しまった!

「……何度かやってるんじゃないの、貴女」
「そ、そんなぁ、それっぽくやってみただけですよぉ」

 ささっと終わらせ、抱き上げる。
 ちっちゃなおててが私の方へ伸びて来て、にへらと頬を緩んじゃう。

 かわいいなあ。
 だいすき。

 ん~っ、ちゅってしたい!

「もう十分よ。母王のすることではないわ」
「ああっ」

 やや乱暴にベリエを取り上げる姉さん、その際に、おむつ替えの時にも手放さなかった玩具が手からこぼれ落ちる。

 真夏の蝉の大合唱にも負けないくらいの大音声でベリエが泣いて、目を丸くした姉さんが大慌てて抱き揺する。

 それを見つつ私は落とした玩具を拾い上げて、ベリエの手に握らせた。

 夏は終わった。
 うん。

「…………おほん」
「ベリエはお気に入りの玩具が無いと、ノーラよりも激しく泣くんですよ」

 胸を張るのはお母さん。
 そう、私はお母さんなのです。

「大体、姉さんは何でも出来るのにどうして赤ん坊の扱いは下手なんですか」
「開き直ってきたわね……そんなの、私だって何でも出来る訳じゃないってだけよ。赤ん坊なんて特に、理論的な会話も出来ないし、泣き止みなさいって叱るともっと泣くじゃない」

 その言い分に私はつい笑ってしまいました。

「こら」
「っ、あはははは!! だって姉さんっ、本当に大真面目な顔してベリエやノーラに『泣き止みなさい』なんて言いそうなんだもんっ。そんなのこの子達には無理です。赤ん坊は泣くのが仕事なんですから。ねー?」

「あー」

「ほら、ベリエも言ってますよ。『ヨルダおばさん、働き過ぎだぞー、もっとゆっくりするんだぞー』って」
「貴女がどう思っていたかはよく分かったわ。というか、おばさんは止めて」
「えー、だって私の子だもん。この子からすると、姉さんは伯母に当たるのです」

 なんて他愛のない言い合いをしていたら、仕事から戻って来た乳母がベリエを引き取っていってくれました。
 もっと抱いていたかったけど、仕方ないよね。

 心底疲れた様子で姉さんが椅子へ腰掛けて、持ち込んだ資料に目を通し始める。

 折角、珍しく護送も無しに休暇が取れたのに、帰ってきてまでお仕事をしなくてもいいのに。

「料理が出来ましたっ。さあ姉さん、机の上を片付けて下さいっ。お仕事は中断でーすっ」
「あぁもうちょっと……ここだけ読み切っちゃいたいから」
「もぉ……」

 ここにも大きな子どもが居ます!

 お母さんは容赦無くお皿を並べていって、邪魔な書類を机からぽーい。

「待って待って! ああっ、実家に戻ると妙に強気になるのはなんなのぉっ」
「姉さんこそ、普段よりだらしないよ」

 家事なんて立場のある女のすることじゃないわ、なんて言う癖に。

 昔から姉妹皆で暮らしていたそのままに、私がここで料理をする分には何も言わないんだから。
 きっと、当たり前で、馴染み過ぎている風景だから。

 昔の様になってしまうんじゃないかな。

「あ、この泣き声は」

「…………また玩具を落としたみたいね。気が散った。諦めるわ」

 ベリエ、良い援護だよっ。

    ※   ※   ※

 そうして私は夢を謳歌する。

 意識は目覚めているのに、瞼を閉じて、まだ眠っていますよと言い訳を重ね。

 何も感じなかった訳じゃないのに、甘い蜜のような日々を生きて。

 確かにあった、温かさの中で。

 ララ、ラララ。

 村を出る時、広場で歌っていたヨランダが、私の編んだセーターを着ているのが見えた。都や、港町にも出向く様になった私は、そこの流行なんかをちょっと学んでみて、浮き彫りのように花柄を浮かし編んでみた。
 とっても時間は掛かったけど、喜んでくれたかな。

 ミーシャ。
 ヨランダ。
 エッダ。
 クェート。
 ディアメル。
 ノーラ。
 ベリエ。

 皆、愛してる。
 私の大切な子ども達。
 お乳をあげる事も出来なかったお母さんだけど。

 ララ、ラララ。

 その歌は私が聞かせてあげた子守歌。
 誰も知らない、秘密の歌。
 私のお母さんからこっそり教えて貰った歌なんだよ。
 姉さんはいつからか嫌ってしまったけど。

 歌詞を教えてあげられる時が来たら、貴女も知るのかな。

 恋を知らぬ母王として、生きるのだとしても。
 そんな私達へ愛を届けようとした人が居たんだって。

 かつて私達を追い落としたとされている、解放戦争を率いた海賊ヴィンセントと、迫害されていた母王との、恋の物語を。




4件のコメント

  • (´;ω;`)ブワァ
  • (´ω`*)
  • いつからか嫌ってしまったのか、兆候はあったんだなぁ・・・
    かなしい
  • 長女のヨランダは次の母王として育てられていますので、その分他の子よりも複雑ですね。
    擬態なので子も作れないし、やる意味もないんですが。
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