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『万年シルバー』㉒ エレオノーラ編 エレオノーラ視点

 こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922
 の幕間を公開している近況ノートです。

 エレオノーラ編のネタバレを含みます。
 
    ※   ※   ※


























    ※   ※   ※

 『エレオノーラは真面目だよねー』

 なんてことを修練所ではよく言われた。
 私はいつも曖昧に微笑んで誤魔化していたけど、自分のやりたいこと、望んで始めたことへ打ち込むのを真面目とは言わないと思う。

 趣味。趣味かな?
 でも、その先に居る人を思うと、趣味と言ってしまうのは違う気がした。

 好きでしていること、なのは確かだけど、もっとこう……格好良い感じで。

 部屋を綺麗にしているのも、毎朝ちゃんと髪を手入れしたり、身嗜みを整えているのも、そうしないと落ち着かないからで、ちゃんとすると気持ちが良いからだ。

 私の生まれ育った場所はとても汚くて、酷い臭いがしていたから。

 ママと一緒に寝床を掃除するのは楽しかったな。
 汚れていない上流の、遠くの川まで行って服を洗ったり、毛布を洗ったり。ずっと居たら見回りの人に怒られてしまうから、精々洗い物を干している間だけだったけど、普段吸う事の無い綺麗な空気をママと寝ころんで味わった。

 街娼をしていたママは、これだけは商売道具だからって石鹸をいつも用意してた。
 自作したものもあったけど、酷い臭いになったりして、客受けが悪くなるからお金を出して購入してた。

 たまに、生活に困ってると盗んでくることもあったけど……。

 私がじっと見詰めると泣きそうな顔になって頬擦りしてくるママ。
 誤魔化すのが下手で、子どもに叱られて落ち込んで、笑うと卑屈になる人だったけど。
 私に夢を語る時だけはいつも眩しそうに目を細めて、綺麗に笑うんだ。

 ママの夢はいつも私のこと。

 綺麗な服を着て、誰からも石を投げられない、立派な仕事をしている私。
 きっと美人になるから。私も昔は綺麗だねってよく言われたんだって。この前盗んで来た食べ物はお肌に良いらしいから、絶対将来もすべすべのままだよって私の腕に口付けて頬擦りする。

『貴女だけは綺麗なままでいてね。愛してる、エレオノーラ』

 そうしてママが死の間際まで働いて購入してくれた、綺麗で上等な服に腕を通して、私はさも裕福な家庭の子ですよという顔をして、神殿の門を叩いた。

    ※   ※   ※

 「でさー、お母さんホントうるっさいの。たまには帰ってこーい、とか、休みなら顔だせー、とか、それで帰ったらアレやってコレやってって扱き使われるんだから。こっちは冒険帰りで疲れてるんだぞーって言ったら『あら、遊んで来たなら働かないと駄目じゃない』ってーっ。子どもの頃の冒険とは違うんだって何度言っても分かってくれないんだからさーっ」

 同室のブリジットが遠征先にまで持ち込んだ、実家から持ってきた枕に顎を乗せながら文句を言ってる。

 最初は、賑やかな彼女の家庭について、マリエッタが話を聞きたがったから。
 子爵家という、本来なら私が会う事も無かっただろう貴族様の娘である彼女は、とても温和そうにブリジットの愚痴を聞く。

 最初は避けていた家族の話題。
 私のママは死んでしまったし、パパは誰かも分からない。
 マリエッタも父親は一緒だけど、母親は別の人の所に居るんだって。
 けどそうなると、ブリジットが色々と話し難そうだったから、二人で気にせず喋れと沢山煽った。
 結果として今や定期的にこんな愚痴が始まる。

 仲の良い家族なんだろうな。

 私もマリエッタも、そういう家庭を知らないから。

 ごく普通の家族っていうのはそんななんだって、ブリジットの話を聞きながら感心したり、興味が湧いたりする。

「ホントにうるさいの。エレオノーラのお母さんと交換して欲しいくらいだよ」

 口さがなく、ポロリと漏れた言葉にブリジットは『あっ』て顔をするけど、私は横向きに姿勢を変えて笑うだけ。
 纏めて団子にした髪が、枕の先で重しになる。

「……綺麗で優しいお母様、なんですよね」
「うん」

 マリエッタの助けを得て、ブリジットは苦笑い。
 そんな気にしなくていいのに。

 居ないことは悲しいけど、もう何年も前のことだから。

「私の母は、自分の夢は私が光の道を歩むことだって言ってくれた。綺麗になって、良い服を着て、立派な仕事をして……その為に何もかもを私に注いでくれた」

「素敵です。今のエレオノーラ様はとても素晴らしい神官様ですから、お母様の夢は叶っているんですよね」
「そうだといいな」

 と、ややバツが悪そうにしていたブリジットが、こっちの煽る視線を受けて口を開いた。

「ウチそーゆーの無いから。私が成功したって、よっしゃ稼ぎが増えたぜーって、家に金入れろって言ってくるんだからさ。最近上のお兄ちゃんに孫出来たって大騒ぎだよ」

 ほんと羨ましい、なんて言うから、私は寝ながら胸を張った。
 頭のお団子に引っ張られて、思っていたより反り返る。

「おー」
「…………」

 するとマリエッタとブリジットが揃ってそこを見て来て、流石にちょっと恥ずかしくなって隠した。

「たまに丸出しで寝てるのに今更だよね」
「それは……一応胸下で留めるようにしたじゃない」

 きっちり着込むのは好きだけど、気を緩める睡眠時には服だって緩めたい。

 ……本当は気楽に裸で寝たいんだけど、二人も居るし、それは流石にと我慢してるのに。
 賑やかな共同生活は楽しいんだけどなあ。
 将来は自分で家を持って、誰にも見られないお庭で好きに過ごすとか、ちょっとやってみたいかも。

「マリエッタも……あんまり見ないで欲しいんだけど」
「私も成長出来るでしょうか」
「おいで、マリエッタおいで」
「ふふっ、はーい」

 ブリジットだって全く無い訳じゃないでしょ。
 私だって別に……ようやく大きくなり始めた所だし。

 寝床から起き出して、ブリジットの元へ行って腕の中へ収まるマリエッタ。
 ちょっと羨ましい。

 どっちが?

 え。

 どっちがって?

 その後副リーダーのプリエラさんがロウソクの無駄遣いを咎めに来て。
 月明かりだけになった薄暗い部屋の中、二人はくっついてまだまだ話をしていた。

 私は、流石に眠気も限界になったから、寝た。

    ※   ※   ※

 ママは私の誇りだ。

 身体を売っていたママ。
 盗み、騙し、卑怯な事にも手を染めて、必死に生きて、死んだママ。

 だけどママは一度として私にそれをさせなかった。

 幼かった私の純潔に金貨を払うと言っても押し退けた。
 二人でやれば上手く行っただろう盗みでも、家に押し込めて現場すら見せなかった。

 あの日見た救いの景色に、本当は何を見たのか、それは未だに分からないけど。

 私はママの夢になり、私はママの夢を叶えるのが夢になった。

 ズレてはいた。
 人と関わる内に、それは時として醜悪なものだと語られることも知った。
 子は親のモノではない。
 精神的に未熟な母親のする、憐れな自己投影。

 だからなに?

 私達母子二人の夢なんだから、他の誰がどう言おうと関係無い。

 私は光の道を歩む。
 綺麗な服を着て、石を投げられない立派な仕事をして、誰憚ることなく堂々と振舞って生きる。

 ……たまに疲れて、だらっとしたくもなるけど。

 ママも、疲れたら逃げちゃえって言ってたから、いいよね。

「エレオノーラ」

 あの人の声が私を呼ぶ。
 ちょっと物思いに耽っていて、反応が遅れた。

「はい」

 彼の少し後ろに立って耳を澄ませた。

「少し頼みたいことが出来た。やって貰えるか?」

 大きな背中。
 あの日見た記憶と変わらない、ずっとずっと覚えていた、私とママの救い。
 それを見ているのが好きで、何もない時でもこの人の後ろへ回り込みたくなる。

 なにしてるのかな。
 なにかんがえてるのかな。
 私を呼んでくれないかな。
 コレが出来るよ、アレも出来るよって報告して、驚かせたい、感心して欲しい。

 優秀だ、って胸を張るには世界は広すぎたけど、他の子には負けたくない。

 相棒とか、財務とか、技師とか、副リーダーとか、色んな位置がもう埋まっていて最初は困った。
 私だけの立ち位置が欲しい。
 この人がそれを呼べば、私の名前が浮かぶ役割。
 それでいて、背中を眺めていられると尚良い。
 うん、護衛だ。なんて。

 でも中々後ろに立たせっぱなしにさせてくれなくて、やらなくちゃいけない事が山積みになっていく。

 今も机に広げた紙束に何かを書き込んでいて、歩み寄って来た私を一度振り返っただけ。
 忙しいのは分かるけど。

 そっと、服のしわになった所を摘まむ。

 バレてない?
 多分、平気。

 たまにこっそりやってるけど、まだ気付かれた事はない筈。

「そちらの、左側の事項については手を打ってあります。重なっている書類のことも同じく。右奥に纏めてある分は、向こう側の対処次第ですので、こちらからはまだ待った方が良いと思います」

「うん……? そう、か」

「はい」

 そうです。
 だから私はここに居ます。

「なら」

 む。

 また何か頼まれるのかと警戒した私に、インク壺へペン先を落としながら彼は言いました。

「俺もコイツが終わったら一休みするから、良かったら一緒に茶でも飲まないか?」

 いつもありがとな。

 そう言い添えて貰っただけで、口元がふにゃふにゃになる。
 まだまだ足りない私ですけど、役に立てたんだなって思える。
 それが子どもっぽい喜びだと分かっていて、やっぱり嬉しくて。

「でしたら、私がお茶の用意をしてきます。甘いものが必要ですよね。南洋の果物がないか、探してきます」

 くい、と。

 摘まんでいたしわを引っ張って離れていく。
 彼が振り返って何かと見てくるけど、もうそこに私の手はありませんよ。

 お茶を用意して、果物を用意して、手が汚れると困るから手巾と、後の作業の邪魔にならない様に台拭きも。
 それと途中で話が舞い込まない様、先手を打って幾つか先に処理しておきましょう。
 本当に急ぎの件は仕方ないけど、そうでないならあの人にはゆっくり休んで欲しいから。

 あぁそれと、湯切りをした手拭いも用意しましょうか。
 顔や首元を拭えるだけでも清涼感は増しますし。

 それとね、それとね――――えっとね。




2件のコメント

  • ロンドパパにべったりよな
    絶対に死なせてはいけない(確信
  • そろそろ最終決戦ですね()
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