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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
メイリー編のネタバレを含みます。
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一枚岩の裂け目を抜けて海を見た時、背後にある巨大な壁と相まって、自分の生きてきた場所から切り離されたような感覚を得た。
先代が殺されて、宮廷楽士の地位にあった私は敵国からの刺客に追われる事となった。
吟遊詩人の影響力は大きい。
それがローラともなれば、攻め滅ぼした相手のある事無い事吹聴し、民衆を煽り立てることだって出来るだろう。
とある高名な英雄が、吟遊詩人の復讐に膝を付いて謝った、なんて逸話もあるくらいで。
だからまあ、どうにもならないんだろうなあ、なんて。
思って。
せめて故郷の地を踏みたくて、相手の追跡に引っ掛かり易いことを承知でクルアンの町を訪れた。
まさか会えるなんて思わなかったし、到着したばっかりだからまだ平気だと油断してたら、あっさりとさ。
色々あって、返すには大き過ぎる借りを作って、でももう戻る事は出来ない。
ローラの名を捨て、メイリーとして生きる。
ただの小娘、何の知名度もない。
それについてはどうでもいいけどさ。
振り返ったままじっと壁を見上げていた私へ、お婆ちゃんが果物をくれた。
ひぃとりぼっちかい? なんて聞かれて、流離いの身だからね、って返したけど。
はは。
ご年配の慧眼には叶わなかったかもね。
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陸路を行くことにした。
船賃も無かったし、海を渡るよりは故郷に繋がっている気がしたから。
偶然港町に来ていた砂漠の民へ自分を売り込んで、雑用なんかを手伝いながら同行させて貰うことにした。
砂漠の旅はとても過酷で、静かなものだ。
砂が口の中に入って喉を傷めてしまうから、皆して布で口元を覆い、喋らない。
夜は冷え込み、焚き火に寄ってキツめの酒を飲み、砂地を踏んで疲れた身を早々に休めて寝静まる。
だから私の演奏は彼らにとっても良い気分転換になったらしい。
リュートに砂が入ってくるから手入れは大変だったけど、馴染んでくると皆黙り込んでいたのが嘘みたいにお喋りをし、喉を傷めながら歌い続けた。
それなりに楽しい旅だった。
ただやっぱり、夜はとても静かになる。
月夜を見上げながらリュートを爪弾き、ささやかな演奏を贈る。
砂漠は広大だった。
遠くに見える山脈は険しく、羊だって越えていくのは難しいという。
遮るもののない空と地平線、その中にあって、私はいつかと変わらない日々を続けている。
宮廷楽士って言ったって、やっていることは酒場で弾くのと変わらないからね。
綺麗なお庭で、綺麗な恰好をした人の前で弾くか、小汚いお店で酒臭さに苦笑いしながら皆と大笑いして弾くか。
まあ、どっちもそれなりに楽しい。
でもやっぱり変わった事はあった。
今一緒に居る人達も、いずれは別れる。
とても良い出会いだった。
また会えば、きっと笑顔で迎えてくれる。
だけどその歩みは私と一緒では無くて。
だから、気付いてしまう。
いつか誰かさんへ呼び掛けた日のことを。
ずっと一緒に練習をしてきた、その手を取り合ってきた筈の奴を。
最初に誘った時、来てくれなかったのは結構辛かった。
絶対来ると思ってたし。
旅立ってから何度も先代に愚痴った。
でも親しんだ先代が一緒だったから、その内あちこちを巡る楽しさにその辛さは埋もれて行って、時折戻った時は皮肉たっぷりにおちょくってやったんだ。
その先代も死んだ。
追われる間は必死だったから気付く暇も無かったけど、いつの間にか私はひぃとりぼっちになっていたんだな。
あのお婆ちゃん、とても優しくて親切だった。
残っていたら、そうはならなかったかな、なんて。
この想いとは別に。
やっぱり、連れ立つ誰かを欲していたんだと思う。
だって少し、涙が出るから。
あの手を取って欲しかったなぁ……。
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だけど時は巡り、巡り巡って会えたアイツは、前とは見違えるくらいに顔付きが変わっていた。
元々、町のチンピラみたいな奴だったからなあ。
俺は冒険者だぞ、って。
そんなこと言って喧嘩売って来たの、パーティの子達に教えてやったらどんな顔するだろう。
おもしろいかも、なんて思うけど。
そこは私の居場所じゃないから、あんまり引っ掻き回すのもなあ。
なんて思っていて、気付いた。
アイツが変わったのと同じように、私も変わっていたんだなって。
前なら気にせず好き放題やったさ。
でも今、仲間の事で、婚約者の事で、助けたい人の事で、昔には無かった事で思い悩む姿を見ていて、私まで眉を寄せて考え込みそうになっていた。
しょうがないな。
お前がどうしても、そこから抜け出せないのなら。
私はどこまでも昔の様に振舞おう。
お互い、無邪気な子どもで居られる時間は過ぎ去った。
私も戦場へ立つ以上、次を育てて行かなくちゃならない。
恋をすると音が変わると言われるように。
一度でも殺しに関わると、どうしたって音色が血に濡れる。
凄絶な演奏が出来るって思えば面白くはあるけどね、ローラの演奏は誰かへ引き継いでいかなくちゃ。
そういう、誰かを背負う時が迫ってきている。
自由なままじゃ得られなかった、責任って奴さ。
けど今はまだ。
そいつにお前が囚われているのなら。
私が食い千切ってやろうじゃないか。
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さあ始めよう。
自分勝手で気ままな詩を。
心を軽くする為だけの、もしもを奏でて。
どうしたって過去は今へ繋がっている。
お前の後悔は変わらない。
それでも、詩はいつだってひと時の安らぎをくれるんだ。時に人生を変える事だってあるけれど、既に自分を定めているお前には邪魔だろう。
まだ、私がローラで居られる内に。
いつかまた、同じ後悔を背負って前を見据えた時、ほんの少しでも身が軽くなるのなら価値はある。
でもさ。
ちょっとだけ私の我儘も聞いてよね。
これで最後にするから。
幸せな時間を私にも頂戴。
ねえ。
「例えばさ、最後に別れたあの日――――」
一緒に空を旅しよう。