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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
ヨルダ編のネタバレを含みます。
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箱から引き抜いた布切れに、印が付けられていたのをぼんやりと見詰める。
あぁ、私の番だ。
いつしか人の姿を模して村の中を歩き回る様になったドライアド、その力によって貧しいばかりだった村はとても豊かになって、誰も餓死することのない日々が続いていた。
けれどアレは魔物で、私達を食べちゃう怖い存在。
分かっていたのに、それを警告している人さえ居たのに、手放せなかった。
病の人が元気になった。
些細な怪我からずっと苦しんでいたお年寄りが、痛みが消えたと喜んでいた。
いつもお腹が減っていたのに、魔物のくれた種を植えて出来た食物が私達の生活を支えてくれた。
希少な薬草は町へ行けば高く売れたし、そのお金で農具を一新したり、鍋を直したり、壊れたままになっていた倉庫の鍵を取り換えた。余裕の出来た時には、みんなで綺麗な生地を買って、新しい服を作ってみたり。
いつも顔をしかめていた村の最長老のお婆さんが聞かせてくれた、黄金時代と呼ばれていた頃の生活に、少しだけ近付けたような気がした。
黄金はここには無かったけど、綺麗な花に囲まれて彼女を送ることが出来た。
皆で涙し、新設した村の共同墓地へそのご遺体を運ぼうとした時だった。
『チョウダイ。コレ、チョウダイ』
その意味を、私達はすぐに理解することが出来た。
そして今、私の番が回って来た。
新しい餌を手に入れて、樹木の魔物は大喜びだ。
若い女は美味しいらしい。
なんの細工も無いくじ引き…………本当は、印を付けた布の特徴を毎回姉さんから教えられていたけれど、その時の私は自分を見詰めるドライアドが怖くて碌に確認もせず引き抜いてしまったから。
あぁ、罰が当たったんだと、これまでの罪悪感から解放されたような気持ちでほっとしていた。
ただ一人、姉さんだけが青ざめた顔で私を見詰めていたけれど。
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前々から準備していたものだけど、とヨルダ姉さんは皆へ提案した。
希少な薬草や食物をかなりの規模で清算することが出来るようになっていた私達は、こんな枯れた辺境にあって、とても豊かな生活が送れていた。
そんな状態でも着実に資金を溜めて、国の偉い人達……私達を追いやった、海賊ヴィンセントの手先とも交渉を進めて村を救おうとしていた姉さん。
最初は、妹の私が選ばれたから言い出したんだと批判もあったけど、今後は誰も村から犠牲者は出させないと宣言した事で皆納得してくれた。
廃坑状態だった金鉱山を買い取り、そこを監獄として運営する一方で、送られてくる死刑囚や監獄内で問題を起こして正式に死刑とされた者を、ドライアドの餌にする。
どちらにせよ殺す予定の者。
首を落として大地を血で穢すより、ドライアドに吸収させてやった方が土地も潤うと言っている人さえ居た。
相手は死刑囚。
悪い事をした人。
だから、何も問題はないと。
ない筈なんだと、ずっと自分に言い聞かせてきた。
「護送お疲れ様。悪いけど、人数増加でまた少し荒れそうだから、こっちで働いて貰っていいかしら」
「はい。ハイフリスは今、結構落ち着いてきていますので。ここしばらく魔物の被害もあって大変だったんですが、ギルドの方があちこちで活躍してくれているそうですよ」
久しぶりに会った姉さんと、監獄唯一の建物、その獄長室で会話する。
姉さんは、村の人達は揃って変わってしまったと言うけれど。
あの頃の優しくて、柔らかく笑う、見ているだけで心が満たされるような光は翳りを帯びてしまったけれど、その心根は変わらず優しいものだと知っているから。
「そう。去年の秋頃に依頼を送ったのに、今更やってきたのね」
「あちらにも事情があったみたいですよ。なんとかの休日、とかって」
「ただ休んでただけじゃない。おかげでこちらは大損害よ。一部交易路が塞がれて、殆どの商隊が迂回路を取った。間の町々は干上がるし…………まあそのおかげでというのは何だけど、犯罪者が増えた」
私達は監獄を管理し、囚人に罰を与えて更生させるのが役割なのに。
本当に償うべきなのは誰なのか。
姉さんの薦めで憲兵隊にも派遣して貰い、上の人と交渉して支部長にまでされたけど、その私が死刑囚に相応しい犯罪者を求めて探し回っているなんて。
罪悪感を誤魔化す様に、お仕事は懸命にやった。
困ってる人が居たら出来るだけ助けた。
この前荷物を持って差し上げたお婆さんは、私がシランドの血族だと気付いたけど、ありがとうと言って感謝してくれた。
時折、自分の役割を忘れそうになりながら、夜になるとお腹を抱えて苦しみ続ける。
村を守る為。
あの子達を守る為。
間違ったことはしていない。
間違ったことをしたくない。
規則と、規範と、法を遵守して、真っ直ぐにそれを執行する。
そうでなければ赦されない。
過不足無く、ちゃんと、やらないと。
「……どうしたの?」
俯いていたからか、姉さんが聞いて来た。
顔をあげると、私の大好きな人が居る。
とっても美人になった姉さん。いつも厳しい顔をしているのに、私を見る時は目尻が少し落ちて、柔らかくなる。
もう七人も産んだお母さんなのに、ちょっとだけ昔を思い出して甘えたくなる。
お母さんなのに、お母さん未満な私。
「ううん……あ、いいえ」
「二人だけの時は無理しなくていいのよ」
でも、ちゃんとお母さんでも居たいから。
妹の私は封印しておかないと。
「あの、獄長」
「はい獄長です」
ふざけて応じてくるから少し頬が膨れる。
けれど珍しく姉さんが笑ってくれて、心の内が温かくなった。
「囚人に、対しての行動で、囚人から文句が出ていました……」
「あぁ。よくある事じゃない。体罰も刑の一つとして認められているわよ。反抗的な者は早めに潰しておかないと、貴女だって一昨年にあった暴動は覚えているでしょ」
「はい……ただ、その」
私は更衣場所で囚人の方から言われたことを、詳細を伏せたまま伝えた。
だって……あんな、追い詰められて擦り付けられたなんて言ったら、あの人が酷い目に合わされてしまいそうだったから。
「姉さんは、あの人のこと……」
「獄長、じゃなかったの?」
あ、間違えた。
私が口を開けてどう訂正しようか悩んでいると、姉さん……獄長が両手を組んで窓際へ向かった。
今日は刑も始まっていない護送日だから、連れてきた囚人さん達は班分けをして監獄内の説明を受けている。獄長室からなら、その様子がよく見えた。
野ざらしの、布を一枚屋根として通しただけの寝床。
露天掘りの金鉱山。
金を選別する用の川はそれなりに大きくて、時折奥の厠にしている場所へ行こうとして、流れに飲まれてしまう人が居る。
なんとか橋を通せないかと思っているけど、川付近は地盤が緩くて、しっかりしたものを作ろうとしたらかなりの金額になると言われてしまった。
風向きが変わると酷い臭いが漂ってくるから、あそこもどうにか出来ればと思うんだけど。
「そうねえ……。なんとなくだけど、あの子が喜びそうな気がしたのよ」
あの子。
樹木の魔物、ドライアド。
その餌を求めて私達はこんな場所で働いている。
「あの方は喧嘩をしていただけで、死刑囚じゃありません」
「えぇ。私達は別に、罪を捏造したりはしない。最初に貴女と約束したものね」
「うん。ちゃんと、しっかりと監獄を運営しようって」
結果として、ドライアドの餌が足りなくなることが分かっていながら、それでも譲れなかった一線。
もしそこを越えてしまったら、私は。
「でもどうしてかしら。あの男からは、とても強い、不思議な力を感じるのよ。あんなの初めてだったから、ちょっとだけね」
「そ、それでも、私達は罪を償わせる為にやっているのであって、尊厳を奪うのは」
「えぇそうね」
なんだかさらりと流されてしまった気がする。
違う、よね?
姉さん。
「当然相手の意志は尊重するけど……ふふ、もしかしたらあの男が、八人目の旦那様になるかもしれないわよ」
言われた事の意味がすぐ察せられて、顔が熱くなった。
お腹に、押し付けられた硬い感触が蘇る。
アレは正直、好きじゃない。
痛いし、怖いし、叩かれたり、髪を引っ張られて、苦しい時間だから。
だけど私から言ったんだ。
姉さんが最初の結婚で流産し、泣き暮れていた時に。
私が代わりになるから。
本来母王になるべきだった姉さんが、もう、出来ないのだとしたら、私が姉さんの代わりに優秀な子種を受けて、血族の明日を繋ぐ。
そういう意思とは別に、ちょっと……というか、凄く心配になった。
「あの、姉さん」
「どうしたの。あの男は嫌?」
まだからかってくる姉さんへ、私は押し付けられたことは隠しつつ、更衣中なのを見てしまったことにして打ち明けた。
「デカいの……?」
「デ、デカかったです……」
あんなの入るか分かんないですっ!
怖い!
男性のそういう面に対しては恐怖心のある姉さんも、深刻そうに眉を寄せて呟いた。
「なら、止めておこうかしら」
「はぃぃっ」