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こちらは、
『万年シルバーのおっさん冒険者が、パーティ追放されてヤケ酒してたらお隣の神官さんと意気投合して一夜を過ごした件、ってお前最高ランクの冒険者かよ。』
(
https://kakuyomu.jp/works/16818093073905606922)
の幕間を公開している近況ノートです。
リディア編のネタバレを含みます。
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昔から、自分で意思決定をするのが苦手だった。
言われるままに笑い、言われるままに立って、言われるままに歩いていく。
そう生きることばかり求められてきたから。
きっと、私自身も何かを決めるということが思考に無かったんでしょう。
決定するのはいつもお母様か、お父様。
この家で最も高価で美しい調度品として、いずれどこかの家へ差し出される。そういう生き方にすら疑問を持っていなかった。
『リディア様は本当に美しくていらっしゃいますね。きっと将来は良縁に恵まれることでしょう』
『リディア様、その……女はあまり勉学に励むべきではないと言われています。将来結婚される方より優秀であると、嫌煙されてしまうでしょうから……』
『誰だリディアに運動などさせたのはっ! 怪我でもしたらどうしてくれる!?』
『ほらリディア、いってらっしゃい。あの方は我が家よりも遥かに家格の高いお方。見初められれば我が家は更なる発展が約束されるわ』
はい。
はい。
はい。
それ以外の言葉は私に求められていなかった。
私も、それ以外の言葉を口にしようとは思わなかった。
だって、ずっと飽いていたから。
本当に下らない人生。
自分より少し頭が回るだけで許せなくなるような人に嫁がなければいけないなんて。
そこでも続くだろう調度品の人生も、きっと下らないもののままだろうな。
かといって、そうする以外を知らないから。
考えた事も無く、示された事も無く、学べもしなかった日々。空っぽになった頭の中で延々と不平不満だけを詰め込んで生きていく。
そこから抜け出せてからも、私はずっと、同じ所に留まっている。
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「っくそ! 相変わらず無駄に説教続けやがってゼルディスの野郎ッ!」
パーティに属するゴールドの冒険者、二週ほど前に抜けていった人と入れ替わりで加入した人が、今日も彼の目に留まって延々と詰られていた。
この人もまたすぐに居なくなってしまうんだろうか。
ようやく呼吸が掴めてきて、先の予測から来る補助も失敗の補填も滞り無く行えるようになってきたんだけど。
「気分良く語りたいだけさ。適当に受け流しとけよ」
バルディが手にしていた槍を磨きながら言う。
彼はいつも気軽そうだ。手にしている酒を煽って、げっぷをする。汚い。
「へっ、ミスリル様は余裕だなぁ。くそっ、二度とあんな失敗するかってんだ!」
「その調子だァ。まあ今日の内は飲んで気晴らしでもするんだな。苛立った状態で反省なんぞ出来ねえよ」
「……そうだなァ」
そろそろかな、と時計へ目をやる。
ゼルディスが出て行って、皆が思い思いに拠点の屋敷へ散っていくまで、あまり私は席から動かない。
誰かを見ていたい訳でも、話したい相手が居る訳でもない。
早々に立ち上がって部屋へ籠もると、私までゼルディスと同じで怒っていると勘違いされたことがあるからだ。
そんなつもりはないのに。
けど、上手く言葉が出ない。
頭の中では出来上がっていても、いざそれを外へ出すとなった時、今でも頭が真っ白になってしまう。
だから、少しだけ広間に留まって、それから部屋へ戻ることにしている。
戻ってからは自室にある簡易の祭壇で祈りを捧げる。
神官は常に膨大な魔力を消費して、その補充がほぼ祈りによる授かりものとなる為、これだけはどんなに疲れていてもやらなくちゃならない。
思わぬ長期戦へ陥った時、祈り不足で魔力が切れましたなんて絶対に許されない。
「……ようやく深層まで体力残して辿り着けるようになったんだ。ヘマして死ぬなんざ笑い話にもならねえ」
ゴールドの彼が屋敷を出ていく。
パーティメンバーには各自個室が与えられているけど、入って間もない彼はまだ元の拠点に腰を据えている。
死ぬ。
その一言がぼんやりと胸を刺した。
気付けば、広間の大机と、座る者の入れ替わっていった椅子を見詰めている。
「今日は随分と冴えない顔してるなぁ姉さん」
「…………そう?」
私がいつまでも立ち上がったまま留まっていたからか、酒を煽ったバルディが声を掛けてきた。彼はその酒瓶をこちらへ掲げる。
「そうさあ。何なら一杯付き合うかい?」
「お酒はあんまり好きじゃないの」
飲んで理性を忘れて暴れる、そういう人を見る度に、そうなりたくないって思ってしまう。
誰かがそうなっているのが嫌なんじゃない。
自分が、誰にも聞かせることすらないこの思考すら忘れてしまうのが嫌なだけ。
付き合いで舐める程度には飲むけど、酔わない様、酔わない様にって、いつも緊張してしまう。
「好きか嫌いかって話じゃないさ、姉さんのは」
「そう……?」
「そうさあ。まあな、俺みてえな適当なのと飲んでも、安心して酔えないってのはあるかもだけどよ」
「そんなことないよ」
咄嗟に彼が喜びそうな言葉を吐く。
本能、習性として刻み込まれた反応だった。
私が嫌いな、私の癖。
本当に嫌とは思っていないのに、上辺の言葉が乗ると、こうして考えている事すら押し潰されて膿になる。
バルディは喜びも嫌がりもせず、ただ酒を煽る。
「そうだ。なあなあ姉さん、だったら今夜辺り、一人で飲み歩いてみたらどうだい? 姉さんが安心して酔える場所ってのを、自分で探してみたらいい。ほら、グロースなんざいっつも嫁に酌して貰うのが最高だなんてほざいてるだろ?」
別に酔いたい訳でもなかったけど、彼の言葉を受けて自分の中の思考が従属しようとしているのを感じた。
あぁ、嫌だ。
だけど、逆らえずにいる。
「そうかな」
「あぁ。酒の味も、色々飲んでみなけりゃ良いとも悪いとも感じないもんさ。それと同じで、飲む場所も色々試してやりゃ、自分でもびっくりするくれえハマることもあるのさ」
「いっつも飲んでるからね、バルディは」
「冒険者の血と肉は酒で出来てるからな。俺はこいつが最高の相棒なんだ」
少し考えて、明日とその次、さっきの会議でゼルディスが休暇にすると言っていたのを思い出す。
新しく連れ込んだ神官の女の子と遊び回るだけのつもりでしょうけど。
確かに今から無理して祈りを捧げる必要はない、か。
「じゃあ、少しだけ出てくるね」
「あぁ。あ……いや待て、ゼルディスの奴が酒場うろついてるかもだからなぁ……、見付かると面倒そうだ」
「ちょっと神殿へ顔を出してくるだけ」
飲みにはいかないよ、なんて言いつつ、頭の中ではもうどうやって誤魔化そうかなんて考え始めていた。
こういう思考はヒーラー仕事と似ている。
自分で方向性は定められないくせに、一度定まると幾らでも思考が湧き出てくる。それを整理して、繋ぎ合わせて、現実的な形に落とし込んだ上で、更にどこまでやれるかを検討する。
まあ、適当に髪型を変えて、化粧して、普段着ない服でも着ておけば大丈夫かな。
なんだか少し、ワクワクした。
極稀に生まれる、冒険者ギルドへ所属した時みたいだ。
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なんておもったのがまちがいだったなぁぁぁぁぁ……。
三軒ほど酒場を渡り歩いて、それぞれの店で一杯だけ頼んで、後は逃げるみたいに出てきた。
どこも騒がしくて、賑やかで、怒声と笑い声がして、変に緊張してしまった。
普段飲まないから、半端に飲んだことで頭の中でずっと嫌な事ばっかり考えてしまう。
偶然見つけた、この地下にある静かな酒場へやってきて半時、もうずっとぶつぶつ口から苛立ちが漏れている。
あーやだやだ。
こんな思考したくない。
でもずっと続けてきた。
表面的には従順で、なのに内心では好き放題に罵倒する。
誰にも言えず、誰にも知られたくなくて、だけど胸の奥で蟠り続けてきた、私の中にある息苦しさ。
結局冒険者になっても変わらなかった、私の一番嫌いな私。
やだなぁ。
もうやだ。
辞めたい。
くだを巻いていた私の耳に、誰かの足音が届いた。
ずっと一人だけだった店内に誰かが入ってくる。あぁ嫌だ。なのに起き上がる気力が湧かない。
そうして扉が開いて、彼が入って来た。