【カクヨムネクストの舞台裏】開発チーム座談会

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 2024年3月にオープンした、月額制の小説サービス「カクヨムネクスト」。
 「カクヨムネクストの舞台裏」では、カクヨムネクストの運営側から、インタビューや裏話などをお届けします。
 今回は「開発チーム座談会」と題して、カクヨム運営でもあるKADOKAWAのメンバーと、開発会社である株式会社はてなのメンバーによる座談会をお送りします。ネクストのサービスがどのように立ち上がったのか、苦労や裏話などを伺いました。

【参加者】
株式会社KADOKAWA:河野(カクヨム編集長)、松崎(カクヨムネクスト責任者)
株式会社はてな:矢花(プロデューサー)、峰村(ディレクター)、伊藤(デザイナー)

構想は2021年頃から、開発要件ゼロからの立ち上げ

――まずはネクスト立ち上げの経緯をお聞かせください。

河野:ネクストの構想自体は、2020年頃にはありました。ちょうどサポーターズパスポート(以下、「サポパス」と略す)の実装に向けて動いていくなかで、ギフトではなく直接作品に対する課金についても話が出て、それならまずはプロの作品で、と思ったのが発端です。そこから、KADOKAWA社内で小説編集部を巻き込んで相談を始めました。


矢花:出版業界やインターネットの潮流を見ても、カクヨムというサービスが成長していくなかで、どこかで課金サービスが入るのは必然でした。開発側としてはぜひ後押ししたい、という前のめりな気持ちでした。

峰村:2022年の秋頃には、ネクストをやること自体は規定路線だったんですが、決まっていたのは「カクヨムの中のサービスである」ということ、「何らかの課金をしてもらうサービスである」ということだけ。
 一方で、それだけでも「面白い」とは思っていました。日本国内では、有料のWEB小説サービスは何度か立ち上がっては撤退していて、業界として悔しい気持ちや、カクヨムなら出来るという気概も持っていました。なので、何も決まってなくてもやったるぜ、という気持ちはありました。

河野:結果的には、サポパス導入から約2年経ってのネクストローンチ、というスケジュールは良かったと思います。

松崎:この2年間、サポパスはずっと右肩上がりで伸びています。ネクストを立ち上げるなかで、いろんな困難にぶつかったときも、それが常に光明となり、支えになっていました。
 たとえ確実な見返りがなくても、読者が作者を応援したいという純粋な気持ちが、ここには確かに根づいている、ということが可視化されていたわけです。読者が一番に求めているのは作者の新しい作品や活躍だと思うし、そこに対価性を持たせていくことには、きっと勝機があるはず、と信じられました。

雑誌が売れない時代のカルチャーショック

――どんなサイトにしていくのか、どうやって決めていきましたか?

峰村:そもそも、オリジナルの新連載を読む場所である、ということはKADOKAWA側で決めてらっしゃいましたね。

河野:選択肢はいくつかあったと思うんです。過去作品の読み放題や、カクヨムの人気作品を移植して課金させる、など。ただ、WEB上に色々なサイトやサービスがあるなかで「そこにしかないコンテンツがある」ということは絶対に必要だと思っていました。
 また、UGCにある「面白い作品に出会うためには探さなくてはならない」というコンテンツ発掘の労力は、限りなくゼロにしたいとも思っていたので、最終的に編集部の手配する、質を担保した作品を提供することにしました。

松崎:私はもともとカクヨムに来る前は紙の文芸誌を編集していて、それこそ、名だたる作家の方々にご連載をいただいていたのですが、一方で、雑誌自体は悲しいかな、全然売れない時代ですよね。それが、カクヨムに来たら、アマチュアも含めた作家さんの作品を、これだけの読者が毎日すごい熱量で追いかけている。そのこと自体が、すごくカルチャーショックでしたね。
 こんなふうに読書習慣が確立していて、面白い作品を能動的に探し求めている人たちがいる。まだまだ小説が伸びていく可能性がありうる、と大きな励みになりました。
 KADOKAWAには色んな編集部があって、才能ある作家と、それを支え、送りだそうと知恵を絞っているたくさんの編集者がいる。まだまだこんなものじゃないでしょ、という気持ちです。

新時代の小説雑誌を作る

――サイト全体が読み放題になるサブスク、という課金方法についてはいかがですか?

峰村:課金方式については、本格的に要件の検討を開始した2023年の2月頃の時点で本当に何も決まっていなかったですね。週に2回、3回ぐらいのペースで会議を重ねて検討していきました。エピソードで1話ずつの単位、作品でのサブスク単位、カクヨムネクスト全体でのサブスク、などの選択肢があり、開発のスピード感も求められるなか、最終的には開発の難易度で選んだわけではなく……。

河野:いろんなことのバランスを考えて、「オリジナルの新連載を読み放題」という全体サブスクに落ち着きましたよね。

矢花課金サイトだけど目的が課金額を最大化させることだけにならなかったのが、面白いですよね。カクヨムでとにかくメガヒットを出したい!という方針のもと、カクヨム全体が活発になることを見据えると、全体サブスクが良いと落ち着きましたね。ただ単に「サブスク」ではなく「新世代の小説雑誌である」という色が強くなりました。

峰村:全体サブスクの良いところは、「作家が挑戦できる環境を作る」ということじゃないかと思います。UGCのカクヨム自体ももちろん挑戦できる環境です。カクヨムロイヤルティプログラム(以下、「KLP」と略す)があるので、書籍化されなくても作品を連載しやすいようになっています。ですが、WEB上で読まれたPVに応じてリワードが分配されるので、その時に流行ってて読まれやすいものを書くとインセンティブになってしまいがちなのが、悩ましいところだと感じてます。
 ネクストは、もっと挑戦がしやすいモデルにしたいと思っての全体サブスクですね。単話課金や作品課金だと、あんまり尖った作品が読まれにくくなってしまう。ネクスト全体に課金して読んでもらい、その中で切磋琢磨してもらえると嬉しいです。

――切磋琢磨という点も、雑誌に近いかも知れません。

峰村:ちなみにネクストに作品を掲載してもらっている作家さんは、ネクストの作品は全部無料で読めるようにもなっています。
 新時代の雑誌的なものを作ろう、と考えたときに、雑誌の場合は当たり前に毎号作家さんに献本が送られて読めるはずなので、同じ仕組みがあって然るべきだなと思い作りました。それがひとつのコミュニティとなって、執筆陣同士が、互いの活躍を横目で見つつ、一緒に頑張る仲間みたいになれたらいいなとも思っています。

河野:サポパスの方もそうですけど、エピソード単位や作品単位の課金がないことで、売上の伸ばし方には制約がありますが、サブスクにしていることの良さは確実にありますね。特にネクストでは、作品を載せてくれている作家さんへの分配原資をきっちり確保できている、という点は非常に大きく、現段階ではベストな選択だったと思います。

松崎:ネクストで連載することで、ギフトやサポーターが増えたという作家さんもいらっしゃって、「読む」と「応援する」が近づいているというところは、サービス運営の目線というだけでなく、読書カルチャーとしてもすごく望ましい形だなと感じています。有難いですね。

「試し読みサイトじゃん」と言われたことで、サイトデザインを大きく変更

――ユーザーの反応はいかがでしたか?

河野:WEB小説を有料で、という部分も、メンバーの想像よりすんなり受け入れていただいたようです。

峰村:イラストがあることも大きいんじゃないですかね。要件定義後、実際の開発とデザインに入ったのですが、「UGCと何が違うんだ?」というのが一番怖い声だったので、いかに差別化するかを気にして進めていました。
 とはいえ、まだ道半ば、もっとやっていかねばならないとも思っています。

松崎:イラストをできるだけ全作品につける、というのは大きな決断でしたね。

伊藤:サイトデザインを考えるにあたって、UGC側のカクヨムは今まで頑なに「画像を使わないで、文字で勝負しようよ」という方針で、それが強いアイデンティティでもあったかなと。そこと差別化しようと思うと、画像を効果的に使うというのはひとつ大きなポイントになると考えました。
 なので、メディア面(ネクストTOPページ)を作る際は、文字情報をわざと減らして、ジャケ買いみたいなことを体験としてやってもらいたいと思っていました。

松崎:どういう作品が自分が読みたい作品なのか、を判別するのに、イラストの情報というのは本当に大きくて、絵があるとぱっと選び取れたりしますよね。

峰村:デザイン面でいうと、正方形のイラストに縦書きのキャッチコピー、という「更新の小説」部分のデザインはなかなか見かけないかっこ良さだな、と思っています。あの一枠がネクストという感じだな、と。



伊藤:最初は違うデザインをしていたんですけど、一度KADOKAWA社内の小説編集部の方へお見せしたときに「これじゃ、試し読みサイトじゃん」と言われまして(笑)。
 どうしたら、試し読みサイトっぽいイメージを払拭できるのかを追求していく際、小説サイトなので縦組みを使うとマンガサイトとは雰囲気を変えられるんじゃないか、と考えました。縦組みと正方形の画像が収まりがいい、というのもあって、結構うまくいったかなと思います。後は色々言うより、とにかく「かっこいいか」「パッと見でサイトがいけてるか」というのは、かなり意識しましたね。

峰村:最初は、イラストが用意できるかどうかも分からない状態だったので、こっちも配慮したつもりでデザインを持っていったら「試し読みサイトじゃん」と言われたので、「おっ」と(笑)。それで売り言葉に買い言葉みたいになりまして、「イラスト前提でいいんだな!?」と大きく使う方針に…。

伊藤:やってやるぜ!ってなりましたね。

峰村:結果としては良かったかなと(笑)。

目標の数倍の会員数でスタート

――ローンチ後の状況について聞かせてください。皆さんの感触はいかがですか?

河野:いいスタートが切れたのは良かったですね。ただ、UGCとは違うところがあって。
 UGCでは作家さんがすごく発言するし、作家さんのファンも発言してくださるんですけど、ネクストではサイレントな読者が多いし、作家さんもこちらから依頼している方々なので、実際の会員数以外に、成功している手ごたえを掴むのが難しいんですよね。

峰村:もともとの想定会員数からすると、数倍になりましたね。
 とはいえこのぐらい集めなくちゃとは思っていました。カクヨムには2019年から関わっており、河野さんや前任ディレクターから何度も聞いてきた話なんですが、2016年のカクヨムオープン当初、作家の方はたくさん集まって作品を投稿いただいたが、読者が少なく、期待に応えられなかった。
 ネクストの場合は課金の一部を分配原資として作家さんへ支払う、という仕組みがあるので、そもそもこの分配原資が少ないと作家さんのモチベーションが上げられない。「同じ作品を出すなら、KLPのほうが稼げる」「これだと続けられません」と作家さんに言われてしまったら、半年で解散するしかないなと思っていました。そうはなりたくないので、とにかく最初に読者を連れてきて、会員になってもらわないといけない。
 結果としては、報酬分配の金額を見ていると、そこは乗り越えられたなと安心しています。

松崎著者さんに十分な見返りがあるようにサービス設計する、というのは立ち上げ当初から、上長にも言われていましたね。
 一方で連載の原稿料を書籍化の収益で回収する、という従来の建てつけは、もはや持続可能じゃないなと感じていて。作家が自身の筆で立ち、作品によって自走できるシステムになっていけたらすごくいいなとも思っていました。
 必ずしも書籍の印税だけじゃない、サードプレイスみたいなものが居場所としてあると、作家が作家として生きていける寿命みたいなものを絶対に伸ばすと信じているので。

カクヨムからメガヒットを出す

――この後の改善予定はなにかありますか?

峰村:機能面でどうしていきたい、と言えることはあまりないんですよね。というのも、根本的に機能で入ってもらうサービスじゃなくて、作家さんたちが書いてくれる小説が主役であって、それがヒットするようにとか、ヒットしたコンテンツを引き立てられるようにする、ということに尽きるかなと。
 あとは、カクヨム全体の読書体験を引き上げることでネクストの価値も上げたいなと思っています。直近では、別のお知らせでも出していますが、アプリの体験をもっともっと良くしていきたいと思っています。

――未来への意気込みなどお聞かせください。

河野:メガヒットを出す、というのが第一命題だと思っています。世界を変えるようなメガヒットを出すのは、ネクストだけじゃなく、カクヨム全体でも、まだ我々が達成できていないことだと思います。ネクストあるいはカクヨムUGCから、世界で戦えるようなコンテンツが生まれてほしいですし、生み出すつもりです。
 もうひとつあるとしたら、今カクヨムで読まれるものだけじゃなくて、今はまだカクヨムで読まれていないけど、この先こういったジャンルがカクヨムで読みたい、読めるんだ、というニーズを先取りすることは非常に大切なことで、ネクストが取り組むべきことだと考えています。
 作家さんにしても、作品にしても、ネクストとUGCが還流する世界に出来ると良いと思っています。

松崎:UGCは、ある種自然発生的というか、コントロールできない部分も多いです。ネクストは、それをもう少し運営側でもコミットして、小説にどんな可能性があるのかを試していく壮大な実験場でもあります。
 そのなかで、作家の方々にも、普段と違う景色を見てもらえたら嬉しいですし、読者にもカクヨムという膨大な海で読みたいものを探しあぐねたりするところを、ネクストではある意味、セレクトショップみたいになっているので、その中の作品を取っ掛かりにして、UGCの海にこぎ出してもらえたらな、と願ってます。

矢花:これまでもKADOKAWAさんや作家さん、読者さんの熱い想いを実現できるように、技術によって支援させていただきました。
 これからも、技術によってインターネットをより良くするという考えのもと、KADOKAWAさんにとっては、小説の良いカタチを実現する場として、作家さんにとっては、表現を発露し反応や確かな報酬を得られる場として、読者さんにとっては、文字欲の充足や推しを推せる場として機能するプラットフォームとなるように、支援ができればうれしいです。
 書く場所、読む場所として、インターネット上になくてはならないと思ってもらえるような場所に成長させていきたいですね。

峰村:カクヨム開発チーム内ではことあるごとに「俺たちは小説の未来を作るためにやってるんだ」という話をしています。重要なのは、WEB小説でなく小説の未来であることです。
 このネクストを皮切りに、WEBという言葉をうまく外していきたいと思っています。WEB小説って、こんなに発展してきたけど、いわゆる「なろう系」という言葉が流布して、小説全体の読者から線を引かれている部分がどうしてもあると思っていて。そこを抜けていくには、線を引いている人をちゃんと連れてきて、「WEBに載っている小説って、あなたが思っているWEB小説だけじゃないんですよ」ということをしっかり伝えていきたいし、ネクストがWEB小説の最先端の発生地じゃなくて、小説全体の最先端の発生地になっていけるといいのかなと思います。
 将来的には「日本人の小説好きな人ならネクスト入ってますよね」という世界を作りたいですね。

――ありがとうございました!


kakuyomu.jp