「黒歴史放出祭」の最終選考結果を発表しました 市川沙央の選考対象作品選評も公開

黒歴史放出祭の最終選考結果を、7月29日に発表いたしました。

伊集院光氏、市川沙央氏による最終選考を行い、623作品の応募作品の中から、伊集院光賞1作品、市川沙央賞1作品の受賞がそれぞれ決定いたしました。

【黒歴史放出祭 結果】

応募総数:623作品
伊集院光賞:「亀」(著者=諏訪野 滋)

市川沙央賞:「何者でも何色でも」(著者=@oghnto)


さらに今回、市川さんが選考した最終選考対象作品について、選評を寄せていただいたので、ご紹介いたします。

【市川沙央氏 ご選評】

「君は大槻ケンヂにファンレターを出したことがあるか?」(著者=祝井愛出汰)

黒歴史という以上にファンレターあるある度が突き抜けていて共感性羞恥オリンピックがあったら個人・ペア・団体で金メダル総なめくらいの実力エピソードだと思いました。途中で始まるBSSにきゅん、として文庫一冊分の原稿が書けたので(残念ながらオウムアムア接近により時空が歪んで消失してしまいましたが……)記念に幻のブルーライト文芸『ぼくが先に好きだった彼女はジャムパンたべる「香菜」似で』の著作権を譲渡いたします!


「頭の上の触覚」(著者=十三番目)

私はナウシカのメーヴェに乗るはずでした。椅子を使って練習、特訓を重ねイメージトレーニングバッチリだったのですがこれといってどうにもなりませんでした。あんなに必死で夜空のお星様にメーヴェのプレゼントを祈ったのにひどい。その次は朱雀剣(若木未生「ハイスクールオーラバスターシリーズ」)を手から出したかったのですが出ませんでしたねえ。まあ朱雀剣は私まったく霊感ないので出ないのもわかるんですが、メーヴェは何でいまだに存在しないのか理解にくるしみます、何で、ねえ何で?!(触覚を揺らしながら)


「創作とは、黒歴史と隣り合わせで生きること。」(著者=みこと。)

身内・他人に読まれるリスクを創作者は常に抱えつつも、運よく隠しおおせるか、周囲のスマートなスルースキルによって不幸な思い出とならずにすむ小さな奇跡が、創作者の自尊心と命脈を守ります。その外側には、読まれてしまった経験を黒歴史として受容することもならず筆を折り芽を摘まれた無数の屍がいるのかも。娘さんのクリエイティビティを優しく見守るみこと。さんの視線にじんわりする素敵なエッセイでした! ちなみに私は目の前で読まれるのでなければ誰に読まれても特に何とも思わない創作露出狂タイプです……。


「ボクの人生やり直し」(著者=海野ぴゅう)

ちょっとした短編小説の趣きで、緊密な語り口にぐんぐん惹き込まれていきました。濁流の色に染まってしまった心の和解と昇華の物語に、黒歴史という言葉の深淵までも考えさせられました。何度読み返しても不思議で、切なく、これが一つの(黒)歴史として語られたことに希望の光を感じて、そして穏やかな語り終わりがとても素敵だと思いました。


「強制された矯正の話」(著者=湖ノ上茶屋(コノウエサヤ))

強制された矯正、お疲れさまでした。いや、わかりますわかります。私は背骨の矯正具を子どもの頃から装着させられてるんですが、レントゲンで見ないとわからないくらいの曲がり具合の頃は子どもなので矯正具の重さウザさが勝ってよく外してました。だから背骨もさらに曲がっちゃったんですが、仕方ないですよウザかったんですもん矯正具。みんなそんなもんですよガハハ! 取り返しがつかないことを抱えながらも今ここまで一緒に生きてきた自分の身体を大事に、時に話のネタにして味わいながら生きていきましょうね。


「素人男子のメイク奇譚。」(著者=西奈 りゆ)

黒歴史なんかであるものですか! 「美人になりたいんです!!」という魂からの叫びに心動かされ、鋼鉄のように強靭でダイヤモンドのように輝く意志の軌跡を感じました。自己実現のための装いは美しく素敵です。そんなあなたに川野芽生さんの『かわいいピンクの竜になる』(左右社)をおすすめしたいです。それはそれとして「噴火したひなあられのような人」と言えるセンスもよきですね。


「仲良し三人組の関係が壊れた日」(著者=ゴオルド)

サプライズ謝罪は確かにリスクが高すぎましたね。この一作、読み物としてクオリティが高いです。夕陽さす空き地でえんえんと廃棄物を掘る三人組の構図は黒歴史を語るための完璧な舞台設定ですね。技あり。そして苦い経験を経たからこその人生訓としても感じ入るところがありました。そうか……そうですよね……私もそろそろリミッターを装着するべきかもしれません。


「何者でも何色でも」(著者=@oghnto)

お母様はとても豊かなものを残されたなあ、と溜息をつきました。そしてその豊かさが今でも更新されていることに。ぜひぜひ本をお作りになってください。「黒でも白でもどちらでなくとも、どちらであっても。」漫画というのは基本的にモノトーンの芸術ですが、黒と白の二色だからこそ無際限にあらゆるものを描けるのだと思います。黒と白は表裏一体であることをお母様の漫画が語っている気がしました。


「隣の席の向日葵くん」(著者=月見 夕)

ひまわりはフランス語でtournesol、男性名詞だから「彼」ですね。日本語と同じく太陽に向かってターンする意味でtournesolだそうです。きっと、あの夏の「彼」にとってはこの世に芽を出させてくれた月見さんが太陽だったに違いありません。コンビニとか教室とか夏休みの間とか、周囲の環境の淡々とした感じの大らかな優しさがよかったです。


「私の黒歴史(家庭教師編)」(著者=長崎)

先生帰ったあとの母娘の会話で誤解は100%解けてるんだろうとは思いますが、こういうの後々まで気になりますよね……。子供のころ親戚に見送られてマンションのエレベーターに母と伯母と乗って、一階に着くまでのあいだ母と伯母とでその親戚の悪口を言いまくっていたら、ボタン押し忘れてエレベーター動いてなかったことがあります。これは誤解じゃなかったパティーン。


「見えない傷跡」(著者=文月みつか)

一定期間ずっと暮らしていた家が今はないとか、引っ越して今は他人の家だとかって、ありふれているけど不思議さというか独特の寂しさありますよね。この感じを含めて黒歴史とする視点どりが面白いなと思いました。実は私もよく壁を殴る人間でして、今これを書いている横の壁も、何に腹を立てたのだったか三年ほど前テレビのリモコンをバンバン叩きつけて暴れた痕跡でボッコボコに凹んでいます。も、持ち家だか……ら……;


「許してはならない自分」(著者=卯野ましろ)

悪さを認めてもらえなくて疎外感のポケットに落ちるようなことも子ども時代には往々にしてありますよね。私も大人しい子どもだったので一度ついたイメージを覆すことはなかなか難しかったです。一緒になって騒いでいるつもりで周囲からも教師からもそう認識されていなかったような思い出群を私はどこか傷として抱えていますが、ましろさんは自分だけ怒られなかったこと、自分が卑怯者になってしまったことを黒歴史として捉え、戒めとしている。人間的に素晴らしいなと思いました。見習いたいです。


「薄情者たちの集い」(著者=虎娘)

ひびが入ってたって大変じゃないですか! とはいえ深刻なことにならずによかったです。いかにもプロフェッショナルな強者(ツワモノ)集団の反応というか。虎娘さんもツワモノとして認められていたからこその笑い話なのでしょう。おのれ薄情者めらが〜、な想いはここで昇華なさってどうぞ。今日もお足元お気をつけくださいね!


「酔っぱらい日記」(著者=順風亭ういろ)

ハードボイルド小説の冒頭のようでぐっと惹き込まれました。断片的な記憶のインサートが効果的。とはいえ現実ですからびっくりですよね。何が起きていたのでしょう、想像力を刺激されます。酒と血と夕日の紅(くれない)色に彩られた黒歴史――めちゃくちゃかっこいい鉄板の持ちネタがあってうらやましいです。


「青い鳥」(著者=hororo)

超正統派の黒歴史が来ました。カッパのカの字が出たところで明石家サンタならぬ黒歴史サンタならベルを振り上げるしかないでしょ。しかしまさか一ページ目の〇〇〇が伏線だったとは、お見それいたしました。ところで、この黒歴史は岩手の遠野に旅行してほんものを見ることで伏線が再回収されるやつですね。私の友達は遠野で見たらしいです。マジで。


「魔法使いになれてなかった俺。」(著者=シーラ)

あやしい。ヤケにユニコーンの生態に詳しいその住職さんがあやしい。よっぽどファンタジー系の知識がないとユニコーンが処女しか乗せない設定まで知らなくない?(そこまで言ってないか)その住職カクヨムで勇者×聖女もの書いてたんじゃないですか? まあでも最近はハロウィンが浸透したんで大抵のコスプレ黒歴史はハロウィンの練習と言っとけば大丈夫っていう黒歴史ライフハック。


「赤い牡牛」(著者=いぬがみとうま)

オチにキレがあり、ストレートにストーリーテリングを堪能できる黒歴史です。前半のちょいレアなお仕事レポとのギャップもいいですね。その後ご縁のほうはどうなったのかめっちゃ気になりますが訊くのは野暮というものでしょう。居眠り運転で事故ってしまうリスクと社会的に死ぬリスク、人生は究極の選択であふれています……。


「おならジーザス」(著者=さくら)

微笑ましいエピソードの中に弱肉強食社会を生き抜くサバイバル術の極意が見えるように思います。すなわち先手必勝。逃げるが勝ち。チーターにも勝る逃げ足の速さを称えます。しかしご本人としては合計四十年にも及ぶ重い十字架を背負っておられるのでしょうか。私も一緒に謝るので、そろそろ許されてほしいところですね……。


「カッターチキチキブス」(著者=エメラルド貴子)

お怪我がなくてよかったです。タイトルが抜群にいいです。特級呪霊もとい強キャラ豊富で素敵な環境でしたね……。実は私いま密かに青ざめているのですが「普段優しいけどキレるとヤバい奴」なポジションが理想っていうのは黒……歴史なんです? 現在進行形でわりと理想だが? 何者かになりたいままミッドライフクライシス突入だが?! いつも心にカッターチキチキを!


「家出する脳」(著者=@senri_o)

こちらもタイトルが抜群にいいですね。神林長平のSFに胃が逃げ出す話がありましたが、脳が逃げ出さないとも限らないし、そもそも我々が同じだと思って見ている色は同じじゃないかもしれないし、いわんや色から感じるイメージをや。個々人の中の記憶もまた然りです。「今と比べてあの頃は黒いのか?今は何色だ?」すべての黒歴史エッセイに共通する真理をついた箴言です。



ご参加いただいた皆様には、改めて深く感謝申し上げます。