2-3 ほくテカ

 キャラクターグッズのフロアは二階から五階まであり、男性向けや女性向けなどにエリア分けされていた。

 わかってはいたが想像以上の広さである。元々流行っているアニメしか見ない知世ですら知っている作品に溢れていて、ついつい予定にないものまで手を伸ばしそうになってしまう。


「あのぅ、知世さん。ガチャガチャくらいなら良いですか……?」

「それは花奈ちゃんが決めることだよ。…………私はやるけど」


 カプセルトイを見つめる花奈に、知世はさらりと言い放つ。……いや、「さらりと」というよりも「ニヤリと」と言った方が良いのかも知れない。


「知世さん、悪い顔してますね?」

「いやまぁ、ね。これは友達も好きな作品だから」

「あ、私も好きです。社会現象になってますよね。紅白にも出てましたし」

「……うん、そうだね」


 社会現象。紅白。友達も好きな作品。

 今までの自分は安心して見られるものしか触れてこなかったのだと、つくづく実感する。それはそれで悪いことではなかった。でも今は、これまでと違ったわくわくに満たされている。



「あっ、知世さんありましたよ。『百合子さんの悩みごと』のグッズ!」


 数回カプセルトイを楽しんでから、改めてキャラクターグッズのフロアを巡る。すると意外にも早くお目当てのコーナーを見つけることができた。

 インターネット百科事典の代表作のページにも載っていた『百合子さんの悩みごと』。

 雫が主人公の桃ヶ池百合子役で出演していて、今年の夏に放送されたばかりのテレビアニメだ。漫画原作で所謂「日常系」と呼ばれるジャンルの作品で、お人好しな百合子さんが個性豊かなクラスメイト達に振り回される様子を淡々と描いた物語である。


「ん、ホントだ。百合子さんのグッズがいっぱいだね」

「知世さん何買います?」

「んー……。とりあえずラバーストラップかな」


 百合子さんはピンク髪のツイルドリルが特徴の女の子だ。漫画でもアニメでも百合子さんはジト目率が高く、グッズもジト目のものが多かった。


「……可愛い」

「知世さん」

「何? 知世さんも可愛いって言うのは禁止だからね」

「言って欲しいんですか?」


 花奈が目を細めてこちらを見る。

 でも顔は若干赤らんでいる気がした。可愛い。


「さ、さて。とりあえずラバーストラップは三つ買っておこうかな。ランダム性があるグッズだし、必ずしも百合子さんが出るって訳じゃないからね」


 わざとらしく独り言を零しながら、知世は『百合子さんの悩みごと』のラバーストラップコレクションを三つほどカゴの中に入れる。


「……誤魔化されました。私はただ、知世さんと仲良くなりたいだけなのに」

「いや、まぁ……うん。気持ちは嬉しいんだけどね。花奈ちゃんの距離の詰め方はだいぶ独特って言うか」

「? どういうことですか?」

「あぁ、なるほど……無自覚」


 本気で意味がわからないように小首を傾げる花奈に、知世は静かに納得する。どうやら花奈が時折ぐいぐいモードになるのは意図的なものではなかったらしい。


(将来、天然たらしにならなきゃ良いけど)


 無自覚で人を動揺させてしまうのは結構な問題だ。

 従姉の知世はともかく、同年代の男の子にまで同じような態度を取っていたら勘違いをしてしまう男子が続出するはずだ。


「心配だな……」

「だから、何がですか?」

「あー……っと。今、花奈ちゃんのことを妹みたいに思ってるってことだよ」

「…………それだけ仲良くなれたっていう考えで良いんですよね」

「そうだよ」


 花奈が天然たらしになりそうで心配だとはもちろん言えるはずもなく、知世は涼しい顔で頷く。上手く話題を逸らすことに成功したようで、花奈は嬉しそうに口元を緩めていた。



 ラバーストラップ以外の『百合子さんの悩みごと』グッズは花奈がレターセット、ミニタオル、マグカップ。知世がトートバッグ、モバイルバッテリー、そして紅茶とティーカップがセットになったフレーバーティーセットを購入した。

 何故紅茶かと言うと、百合子さんは作中でアフタヌーンティー部に所属しているのだ。まさか紅茶専門店とのコラボグッズが売っているとは思わず、少々値は張ったが迷わず手に取ってしまった。


「知世さん、顔がほくほくしてます」

「まぁね。……私、紅茶が唯一の趣味みたいなものだったからさ。嬉しくなって買っちゃった。また一緒に飲もっか」

「良いんですか?」

「もちろん。さ、次はお待ちかねの雫さんのオンリーショップだよ」


 知世のほくほく顔に負けないくらい、花奈の顔もテカテカと輝いている。

 推しと呼べる人ができて、推しの出ているアニメを観て、グッズを買って……。一つひとつが楽しくて仕方がない。まだ花奈との推し活計画は始まったばかりだというのに。不思議なこともあったものだ。


「……ぁ」


 ほんの小さな声が零れ落ちる。

 七階まで上がってきた途端に飛び込んできたのはズラリと並んだ柚木園雫の等身大パネルだった。過去のライブで着用した衣装もいくつか飾られていて、もちろんCDやライブBDも網羅されている。


「わ、わ……知世さん、パネルと衣装は撮影オーケーみたいですよ」

「花奈ちゃん落ち着いて。……あ、限定のアクリルスタンドはそっちに置いてあるみたい」

「知世さんも楽しそうですね?」

「…………まぁ、ね」


 まっすぐな瞳を向けられ、知世は目を逸らす。

 だって仕方がないではないか。どこを見ても柚木園雫関連のアイテムに溢れているのだから。雫を知ったばかりの知世でさえこんなにも胸が弾んでいるのだ。

 きっと、このフロアにいる柚木園雫ファン――おとな木さん達はさぞかし楽しくて仕方がないことだろう。


「あっ、この衣装ってあの時の」


 すると、衣装の写真をパシャリと撮りながら花奈が小さく呟いた。

 隣で知世もそっと息を呑む


「そうだね。……なんだろう。何か、懐かしい感じがする」


 花奈との共同生活が始まった日の夜。

 知世と花奈は声優アーティスト・柚木園雫と出会い、二人でライブ映像を観漁った。たった一週間ちょっと前の話だというのに、どうしてか遠い出来事のように感じてしまう。


 それくらい自分にとって濃くて、衝撃的な瞬間だったのだろう――なんて、知世は当たり前のように思ってしまった。

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