2-6 コラボカフェ

「……凄い、アニメで見たやつばっかりだね」

「見てくださいよ知世さん。チョコペンの文字とか百合子さんの筆跡にそっくりですよ……!」

「ん、本当だ。百合子さんって確か丸文字だもんね」


 まさかこんなにも細かい部分まで再現されているなんて思わなかった。

 食べる前から大興奮である。早く食べなければ料理が冷めてしまうが、スマートフォンでパシャパシャする手が止まらない。もちろん雫のアクリルスタンドや『百合子さんの悩みごと』のキャラクター達のラバーストラップも一緒である。

 楽しい、可愛い、きっと味も間違いない。


(これが推し活、か)


 思わず口元を綻ばせながら、知世はしみじみと思う。

 アニメを観るだけでも当然楽しいのだ。「日常系」と呼ばれるジャンルにちゃんと触れるのは初めてだったが、大きなドラマが起こる訳じゃなくても心がぎゅっと温かくなる。個性豊かなキャラクター達もまた良くて、一人ひとりを愛おしく感じるのだ。


 だからこそキャラクターグッズを集めたくなるし、こうしてコラボカフェに足を運びたくなるし、演じる声優に興味を持ってウェブラジオを聴きたくもなる。

 たった一つのコンテンツなのに無限のわくわくが広がっているのだ。


「あの、知世さん」

「あ、ごめん。流石にそろそろ食べないとね」

「それもそうなんですけど」


 何故か声のボリュームを小さくしながら、花奈はあらぬ方向に視線を移す。

 まだ何か撮りたいものでもあるのだろうか? と思いながら花奈の視線を辿ると、そこには男女二人組がいた。コスプレをしているという訳でもない普通の客である。花奈はいったい何が気になるのだろうか。


(高校生カップルだとは思うけど)


 知世は目を細め、二人の容姿に注目する。

 一人はバターブロンドのツインテールが印象的な女の子だ。

 パステルピンクのパーカーにデニムのショートパンツ、黒タイツにスニーカー……というラフな恰好にもかかわらず、すらりと背が高くてスタイルが良いからかおしゃれに見える。


 もう一人は女の子と同じくバターブロンドで、癖毛の短髪。センターパートと赤いアンダーリム眼鏡が特徴の男の子だ。

 座っているだけなのにモデル並みのスタイルなのが丸わかりの高身長。なのに服装は桃ヶ池百合子のフルグラフィックTシャツというオタク感に溢れた恰好なのだから驚きである。


 ちなみに今日の知世の服装はボーダーシャツにジーンズ、花奈が花柄のワンピースだ。花奈はともかく知世もラフな服装をしているはずなのに、高校生カップルらしき二人から放たれるオーラは半端ではなかった。


(……って、そこに驚いている場合じゃないか)


 知世は心の中で苦笑する。

 注目すべきは二人の手元だ。二人とも雫のアクリルスタンドを片手に料理の写真を撮っている。つまり、二人は知世と花奈と同じく柚木園雫のファン――おとな木さんなのだろう。そして今、知世達のテーブルにも雫のアクリルスタンドが置いてある。


 一瞬だけ「あっ」という空気が流れた。ツインテールの女の子がこちらに視線を向けたのだ。きっと知世達もおとな木さんであることに気付いたのだろう。しかし彼女は声をかけてこようとはしなかった。


 確かにこれは推し仲間ができるチャンスなのかも知れない。

 しかしこっちは雫を好きになったばかりだし、向こうはカップル。非常に声をかけづらい。というか、せっかくのコラボカフェデートを邪魔する訳にもいかない。


「な、何でもないです。さっ、早く食べましょう。いただきますっ」


 花奈は焦ったように言い放ち、手を合わせてからあまあまカレーを頬張る。「んー」と頬に手を当てて幸福を表わす花奈は可愛い。きっと花奈の甘いもの好きはカレーにも適用されているのだろう。

 だけど明らかに目が泳いでいる。どこからどう見てもそわそわしていた。


(……よし)


 食べ終わったら声をかけてみよう。

 そう心に決めつつ、知世は目の前に広がる幸せに集中し始めた。



 ***



 美味しかったし(お弁当風プレート)、美味しかったし(ピーチティー)、美味しかった(桃のショートケーキ)。

 あまりにも幸福な時間すぎて語彙力の低下が著しいが、こればっかりは仕方がないのだ。モニターにアニメが流れているというのも大きなポイントで、百合子さんが弁当を広げるシーンが流れた時は思わず同じタイミングで同じおかず(うなぎの玉子焼き)を口に運んでしまった。

 我ながら気持ちが悪い行動をしてしまったと反省している。


「ね、花奈ちゃん」


 食べ終えると、小声で花奈に話しかけた。

 何を言うのか察しているのか、花奈の瞬きが多くなる。


「……声、かけてみよっか」

「良いんですか?」

「というよりも、私が声をかけてみたい……かな」


 目を逸らしながら呟く。だから花奈の反応はわからない。でも「良いんですか?」と言っていたのだから大丈夫なのだろう。


「あの、すみません。少し良いですか……?」


 幸いなことに、ちょうど二人が席を立つタイミングだった。

 知世も花奈とともに立ち上がり、恐る恐る声をかける。


「あっ、もしかして雫さんのファンだったりします?」

「あ、そうなんです。と言っても、まだファンになったばかりなんですけど」

「あー、なるほど。そうなんですか。あたしと兄貴は小学生の頃からのファンなんですけどー……って、どうしたの兄貴。ここで話したら邪魔になる…………確かにそうだ。とりあえず外に出ましょう!」


 ピシッと手を上げながら女の子が提案する。

 てっきり高校生カップルだと思っていたが、「兄貴」発言から察するに兄妹らしい。少なくともデートを邪魔したことにはならないようだ。

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