3-6 子供な私達
「でも、私は……知世さんからしたら子供ですよ?」
「うん、それは大丈夫。私も子供だから」
さらりと言い放つと、花奈はまるで「意味がわからない」とでも言いたいようにこちらを見た。やはり花奈からしたら大学生の知世は大人に見えるらしい。
そんなことないんだけどな、と思いながら知世は頬を掻く。
「私、本当に子供なんです。甘えん坊な性格だし、甘いもの好きだし、普段の髪型も子供っぽいし……」
「それは子供なんじゃなくて個性じゃない?」
「個性……」
「うん。私は好きだよ。可愛いし格好良いって思う」
「…………格好良い、ですか?」
「料理好きとか、パティシエっていう夢を持っているところとか、私には眩しいくらいに格好良いって思うから」
はっきりと言い放つと、花奈がポカンと口を開ける。
きっと花奈にとっては当たり前のことなのだろう。だけど知世は凄いと思ってしまう。
だって知世は、自分のことを『空っぽ』だと思っていたのだから。
「花奈ちゃん。…………私の話も聞いてもらって良いかな」
花奈が本音を晒してくれたのは嬉しい。
でも、嬉しいだけでは終わらせたくなくて、知世は口を開く。
花奈は一瞬だけ不思議そうな顔でこちらを見た。もしかしたら、彼女は知世のことを完璧な人間だと誤解しているのかも知れない。
(幻滅されちゃうかな)
一瞬だけ、不安な気持ちが過る。
だけど知世は気が付いた。やがて頷いてくれた彼女の胡桃色の瞳には、確かな優しさが灯っていたのだと。
ぽつりぽつりと。
知世は少しずつ自分のことを話し始める。
今までずっと、本気で好きになれるものがなかったこと。
周りに合わせるだけでこれといった趣味や夢がなくて、いつかはそんな自分を変えたいと思っていたこと。
そんな中――花奈との共同生活が始まって、柚木園雫と出会えたこと。
「ごめんね、花奈ちゃん。あの日雫さんのライブ映像を観たの……ただの偶然だったんだ。花奈ちゃんに好きなんですか? って聞かれた時、最近興味があるって答えたけど……。本当はあの瞬間に初めて知って」
「知世さん」
「……ごめん。私達が雫さんを知ったきっかけだって言うのに、嘘吐いて」
「いやいや、何言ってるんですか? そんなこと最初から気付いてますよ。知世さん、誤タップしたんだろうなーって」
「…………え」
微かな声が漏れる。
知世の動揺をよそに、花奈はわかりやすく首を傾げていた。まるで「それ、本気で言ってるんですか?」とでも言いたいように見えて、自分の顔が徐々に赤くなっていくのを感じる。
「やっぱり可愛いですね、知世さんって」
「……いや、でも」
「全然、怒ってないですよ。あのライブ映像を観た瞬間に好きになった事実は変わらないんですから。今更そんな細かいこと、気にしなくて良いですよ」
言って、花奈は知世の頭に手を伸ばす。
ポンポンと優しく触れながら、花奈は得意げに微笑んだ。
「確かに、知世さんは時々子供なのかも知れませんね」
「…………」
素直に恥ずかしかった。
一度だけ花奈の髪を撫でたことがあったが、その時は「中学生なので、そういうのは」と言われてしまった覚えがある。今なら花奈の気持ちがよくわかった。従姉妹という関係性も相まって、変に小っ恥ずかしくなってしまうのだ。
「……ありがとう」
だけど恥ずかしい以上に嬉しくて、知世は小さく微笑む。
従妹で、推し活仲間で、友達で。こうして彼女と向き合っている間も、関係性が大きく動き出している感じがした。
自分をさらけ出すのはとても勇気のいることだけど。
花奈と向き合えて良かった、と心の底から思う。
「え?」
「ううん、何でもない」
まぁ、結局は羞恥心が前に出て、誤魔化してしまった訳なのだが。
「……と、とにかく」
咳払いをしてから、知世は花奈を見据える。
「私は花奈ちゃんに感謝してるんだよ。『空っぽ』だった私の日常を動かしたきっかけをくれたのは、他の誰でもない花奈ちゃんだから」
「大袈裟ですよ?」
「でも、私にとっては大袈裟じゃないから」
まっすぐ見つめながら言い放つと、花奈は困ったように唇を尖らせた。相変わらず可愛らしい照れ方だ。
「ねぇ、花奈ちゃん。今度は私の番だよ。私、花奈ちゃんの力になりたい」
「……そう、言われても」
しかし、花奈はすぐに目を伏せてしまった。
本当は寂しい。両親に自分のことを話したい。――そんな願いはすぐに叶えられるものではない。花奈はそう思っているのかも知れない。
「忙しいから、迷惑かけちゃう。……そう思ってる?」
「……はい」
「でも、もしかしたら晴子さんも花奈ちゃんに迷惑かけてるって思ってるかも知れないよ」
「え……?」
花奈は震えた声を漏らす。
どうしてそんなこと、と彼女は思っているのかも知れない。
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