3-7 家族ってそういうもの

「花奈ちゃんが料理をするようになったきっかけは、両親が忙しいからなんだよね」

「そうですけど。でもそれは嬉しいことなんです。料理が好きになって、お菓子作りも好きになって、パティシエっていう夢もできたので」

「……それでも、花奈ちゃんに負担をかけてるっていう気持ちはあると思う」

「…………そんなことないのに」


 体育座りをしていた花奈は、そのまま顔を埋めてしまう。

 困らせてしまっただろうか。だけど彼女は言っていた。「遠慮してしまう」、と。きっとこれは、誰かが背中を押さなければ解決しない問題なのだ。

 そして今――花奈の隣には知世がいる。


「花奈ちゃん」


 名前を呼び、知世は小さく微笑む。

 ドヤ顔になっていたら良いなと思った。まぁ、慣れてなさすぎてぎこちない表情になってしまっているかも知れないが。


「甘えたい時は甘えても良いんだよ。さっき花奈ちゃんが『そんなことないのに』って言ったように、花奈ちゃんの悩みも『そんなことないのに』で片付けられちゃう問題かも知れない。むしろ、『何でもっと早く言ってくれなかったの』ってなるかも知れないよ」

「そう……なんですか、ね」

「うん。きっと、家族ってそういうものなんだよ」


 自分だって十代の小娘の癖に何を言っているのだろう。だけど自分の言っていることは間違っていないのと思うのだ。

 家族の力になりたい。笑顔にしたい。だから自分達は「ごめん」と「ありがとう」を積み重ねながら寄り添っていくのだ。


「お父さんは海外出張中なんだよね?」


 花奈がコクリと頷く。

 だったら花奈が最初にすべきことは一つだ。


「じゃあ、まずは晴子さんからだね」

「…………はい」

「不安そうな顔だね?」

「そりゃ、緊張しますよ」

「大丈夫。その時は私も背中を押すから」


 言って、知世は「ね?」と首を傾げてみせる。

 少しお姉さんぶってしまっただろうか――と、一瞬だけ思った。でも知世はすぐにはっとする。花奈が敬語でも違和感がないように、自分にも自分の心地良い接し方があるのだと気付いたのだ。



「さて。それはそれとして、次は聖地巡礼だね」


 リリースイベントから帰ってきてからというもの、ずっと花奈と真面目な話をしてしまった。有意義で大切な時間ではあったものの、そろそろお腹も空いてきた。

 だから話題を逸らしたのだが、


「っ! そうでした、来週行くんですよね?」


 想像以上に生き生きとした瞳を向けてくる花奈に驚いてしまう。

 一度、宍戸兄妹と行った喫茶店で聖地巡礼の楽しさを知ってしまったからだろうか。かく言う知世もニヤリと笑ってしまった自覚があった。


「どの作品の聖地に行くんですか?」

「ずっと悩んでたんだけどね。ここが良いかなっていう場所があって。…………聞きたい? それとも、ギリギリまで内緒にしておく?」

「……知世さん、意地悪です」

「別に今言っても良いんだよ?」

「うーん…………いや、あとの楽しみにしておきます!」


 ビシッと手を挙げ、満面の笑みを浮かべる花奈。

 さっきまでのしょんぼり顔が嘘のようで、知世はクスリと笑ってしまう。


「ん、わかったよ。じゃあそろそろ晩御飯にしようか」

「あっ、そうですね。すみません、私の悩みに付き合わせてしまって」

「それはお互い様でしょ?」


 問いかけると、花奈は目を逸らしながら頷く。

 恥ずかしい気持ちが前に出ているのだろうか? 意識したら自分の顔も熱くなってきた。何かに対して必死になるのは、ふとした瞬間に照れも感じてしまうものだ。

 だけどその恥ずかしさでさえも、今の知世には心地良かった。



 ***



 今日の食事当番は花奈だ。

 メニューはロールキャベツらしく、今はタネをキャベツで包んでいるところらしい。

 そんな中、知世はひっそりと電話をかけていた。……花奈の母、晴子に。


「あ、もしもし。今お電話大丈夫でしたか? はい…………いや、花奈ちゃんは元気ですよ。ただちょっと、晴子さんにお願いしたいことがありまして」


 ――本当はもっと自分のことを話したい。


 花奈の本音を知って、知世も「その時は私も背中を押すから」と言った。

 きっと、動くのは今すぐじゃなくても良いのだろう。花奈が本音を打ち明けたという事実だけでも大きな一歩であり、別に焦る必要はないと思った。


 だけど知世は閃いてしまったのだ。

 晴子の出張先は静岡だ。

 そして知世は静岡が舞台になっているアニメに心当たりがある。

 だとしたら、駄目元でも動いてみるしかないと思った。


「っ、本当ですか! ありがとうございます。……え? あ、はい。静岡には聖地…………いや、ちょっとした旅行です。それだけ仲良くなりまして」


 晴子は知世の提案を笑顔で受け入れてくれた。

 思わず何度もお辞儀をしながら声のトーンを上げる。自分達が静岡に行く理由は聖地巡礼だが、きっとその事実も本人の口から伝えたいことだろう。

 慌てて誤魔化しながらも、知世は安堵の笑みを浮かべていた。

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