第四章 いとこと聖地巡礼

4-1 いざ聖地へ

 一週間後の十二月十六日。

 推し活計画その四、聖地巡礼。知世と花奈にとって大きな推し活の日がやってきた。


 今回二人が向かうのは静岡県西部。

 雫が皐月有栖役で出演しているアニメ『あなたの忘却になりたい』の舞台になっている場所だ。

 知世と花奈ももちろんアニメは視聴済みで、花奈に至ってはアニメを観てから原作漫画を全巻揃えたくらい好きな作品らしい。


「花奈ちゃん、新幹線の中ではちゃんと寝ようね」

「やです。無理です。寝られる訳がありません」

「…………まぁ、気持ちはわかるけどね」


 花奈は朝からテンションが高かった。多分、知世のマンションでないところで一泊するというのも要因の一つなのだろう。

 どうやら花奈はあまり眠れていないらしい。はしゃぎすぎて途中で疲れ果てたら大変だ。知世は新幹線の座席に着くなり、そっと花奈のリクライニングシートを倒しておいた。



 約一時間半後。

 きっぱりと「眠れる訳がありません」発言をしていた花奈だが、意外とすぐに眠ってくれた。しかも寝息が聞こえるほどにぐっすりと。

 静岡に辿り着いた時に目が覚めて「……ぅわ」と恥ずかしそうな声を漏らしていたが、こちらとしては一安心である。


「着きましたね、知世さん」


 改札を抜けると、花奈は改まったように呟いた。

 大きめのリュックのベルトを両手で掴みながら、落ち着かないように辺りを見回す花奈。

 いつものワンサイドアップの黒髪に薄桃色のパーカーワンピース姿の彼女からは、確かなわくわく感が漂っていた。ちなみに、知世の恰好は白いセーラーカラーニットにライトグリーンのワイドパンツだ。二人ともラフな恰好だが、まぁ旅行は動きやすさを重視するのも大事なところだろう。


「楽しそうだね」

「だって、家族以外の人と旅行するの初めてですから。……あれ、従姉は家族……?」

「……私、花奈ちゃんのことは友達って表現したはずだけど」

「あっ」


 はっとしたように、花奈は両頬に手を当てる。

 可愛い。きっと知世が同じポーズをしたらあざといと思われてしまうことだろう。


「友達。……嬉しいです」

「…………うん。そう、だね」


 改めて言われると何だか照れてしまう。

 知世はわざとらしく腕時計で時間を確認し、「よしっ」と呟いた。


「ちょうどお昼だし、最初の目的地に向かおうか」

「ですねっ。ハンバーグ、楽しみです」


 花奈も恥ずかしさを誤魔化すように明るい声を零す。

 花奈が「ハンバーグ」と言ったように、最初の目的地はハンバーグレストランだ。『あなたの忘却になりたい』の中にも度々登場している場所で、静岡県限定のチェーン店らしい。元々美味しいという噂は聞いていたため、知世も期待を募らせていた場所だった。

 しかし、知世達は少々「静岡県限定のハンバーグチェーン店」の人気を甘く見ていたようだ。


「え、一時間待ち……?」


 駅徒歩圏内の店舗に行くと、順番待ちの発券機には「約六十分・二十四組待ち」と書かれていた。

 土曜日だし、正午だし、確かに色々と混み合いそうな条件は揃っていたがまさかここまでとは。


「ごめんね、花奈ちゃん」

「? どうして知世さんが謝るんですか? これぞ旅行って感じがして楽しいじゃないですか」


 花奈が大袈裟に首を傾げる。

 一瞬でも申し訳ない気持ちになってしまったのが恥ずかしいくらい、目の前の花奈はポジティブなオーラに溢れていた。


「それに、こういう時にできることもありますから」


 外のベンチに座ると、花奈は透かさずイヤホンの片方を差し出してきた。

 流れているのは『柚木園雫のサブカルボックス』だ。確かに暇を潰すにはちょうど良いのかも知れない。三十分番組のため、二回分のアーカイブを聴けばちょうど良い時間になるということだ。そう考えると、一時間は案外あっという間に過ぎていく気がした。


「花奈ちゃん、天才だね」


 率直な感想を伝えると、花奈はふふんと得意げな顔を浮かべた。

 普通だったら「そんなことないですよ」と言われてもおかしくないのに。笑って受け止めてくれたのが嬉しくて、知世もまた笑みを零していた。



 一時間後、二人はようやくハンバーグにあり付いた。

 雫が演じる有栖はハンバーグ大好きな女子高生で、ことあるごとにご褒美として食べるハンバーグがある。

 そんな真ん丸なハンバーグが今、二人の前に置かれていた。

 店員が目の前で半分に切り、鉄板にジュージューと焼いてくれる。ソースはオニオンとデミグラスの二種類があり、二人はおすすめだというオニオンソースで食べることにした。

 もちろん、食べる前に雫のアクリルスタンドと一緒に写真を撮るのは忘れずに。


「…………美味しい」


 こうしてやっとのことで口に運んだ知世は、正直な言葉を零した。

 美味しい。空腹だったのも美味しく感じる要因なのかも知れないが、それにしたって想像以上だったのだ。流石は牛肉百パーセントというか何というか、一口食べる度にいちいち満足感を覚えてしまう。県外からもファンが殺到するのも納得の味だった。


「有栖ちゃんにとってはこの味が当たり前なんですよね。羨ましいです」

「ね。有栖ちゃんもだけど、静岡県民の人が羨ましいよ」

「……また来ましょうね?」

「気が早い……と言いたいところだけど、それは同意。花奈ちゃんともまた来たいし、家族や友達にも薦めたいな」


 ぼそりと零すと、花奈は何故か嬉しそうな笑みを零した。


「亜矢乃さんも誘いたいですね」

「……そうだね。亜矢乃、あれから雫さんに興味を持ってくれたんだ」

「えっ、そうなんですか!」


 驚き、更に嬉しそうな顔をする花奈。

 好きな人に好きなものが広がっていく。

 そんなにも嬉しいことはないな、と知世は思った。

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