4-2 キャンピングトレーラー
静岡と言えばうなぎのお菓子も有名だろう。
ということで、次に二人が向かったのはうなぎのお菓子を始めとしたスイーツが多く並ぶ複合施設だ。『あなたの忘却になりたい』の中ではデートシーンで使われている。
注目すべきは外観だろうか。巨大なダイニングテーブルや椅子の形をしていて、建物自体がフォトスポットになっているのだ。
「知世さん、まずは写真を撮りましょう!」
「有栖ちゃん達みたいにね」
「はいっ」
満面の笑みで頷き、スマートフォンを構える花奈。
アニメの中でも有栖達が驚きながらカメラを構えていたからか、ますます高揚感を覚えてしまう。
「花奈ちゃん、お腹は大丈夫?」
「もちろん大丈夫です! それに、デザートは別腹ですから」
満足するまで写真を撮ってから、知世は花奈とともに店内に入った。
花奈が「デザート」と言ったように、今度はおやつタイムということだ。当然ここもアニメの中に登場した場所である。
「わぁ」
カフェの中に足を踏み入れるや否や、花奈は思わずといったように感嘆の声を零す。外観だけではなく内装もやはり個性的で、大きなティーカップをイメージしたテーブルが目を引くおしゃれな空間だった。
「ここに有栖ちゃんが!」
「ふふっ、そうだね。ちょうど空いてるみたいだから座ろうか」
「はい。……えへへぇ」
花奈は堪え切れないようにデレデレの声を漏らす。
やはりキャラクターと同じ席に座るのは特別感があるものだ。雫のMVを再現している時もそうだったが、「今、同じことをしているんだ」と思うとニヤニヤが止まらなくなる。
「知世さんも嬉しそうですね」
「そりゃあね。こんなの、楽しいに決まってるでしょ?」
「……良かったですね」
席に座ってメニュー表を眺めていると、不意に優しい視線を向けられた気がした。何故だろう。恥ずかしいけどそうじゃないような、胸の真ん中が温かくなる感覚は。
「うん。……ありがとうね、花奈ちゃん」
「私、何もしてないですよ?」
「…………でも、ありがとう」
言って、知世は顔を隠すようにメニュー表とにらめっこをする。
心から楽しいと感じられるものがある。
隣で同じ想いで笑ってくれる友達がいる。
――考えれば考えるほどに温かい気持ちが止まらなかった。
作中にも出てきた苺たっぷりのフレンチトーストを食べてから、二人はお土産(もちろんうなぎのお菓子)を購入。それから次の目的地へと向かった。
静岡のハンバーグチェーン店も、うなぎのお菓子も、フレンチトーストも。どれもテンションが上がるポイントではあったのだが、今回の旅にはメインとなる場所がある。
それは、グランピング施設だ。
グランピングとは「グラマラス」と「キャンプ」を組み合わせた造語で、気軽にキャンプ体験ができる施設のこと。『あなたの忘却になりたい』は青春群像劇なのだが、グランピングは恋模様が一気に動き出す重要な場所として描かれているのだ。
色んな意味でわくわくしてしまうのは当然のことだろう。
「あっ、知世さん。ここです! 私達、有栖ちゃん達と同じところに泊まれるみたいですよ!」
バスで向かい、受付を済ませるや否や、花奈はテンション高めにキャンピングトレーラーを指差す。
施設内には二十棟のドームテントがあったが、知世と花奈が泊まるのはドームテントよりも若干お安いキャンピングトレーラーだった。
理由はなるべく安く済ませたいから……というだけではなく、雫演じる有栖達がキャンピングトレーラーを選んだからである。
興奮気味に写真を撮ってから、二人は自分達のキャンプ空間へと足を踏み入れた。まずはバーベキューが楽しめるウッドデッキ。テーブルやガーデンソファだけではなくガスグリルやバーベキュー用の食材も用意されている。更には露天風呂、シャワー室、トイレ、洗面台があり、至れり尽くせりだ。
しかし驚くのはまだ早い。
キャンピングトレーラーの中には当然のようにふかふかのベッドが鎮座していて、テーブル、ソファー、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、電気ケトル、AC端子などが完備されていて、まるでホテルの部屋のようだ。
「あ、あの、知世さん。私……こういう時、ベッドの上を飛び跳ねたくなっちゃうんです、けど……」
もじもじと花奈が言う。
子供っぽい行為だから恥ずかしいのだろうか。でも気持ちはよくわかるため、知世は苦笑を浮かべた。
「本当は危ないから止めたいところだけど、少しだけならね」
まぁ、自分が近くで見ていれば大丈夫だろう。
謎の保護者心を覗かせながら、知世は花奈の様子を見守る。
すると、
「あだっ」
ジャンプをする前に花奈が頭を抱えてうずくまった。
「え、は、花奈ちゃん大丈夫っ?」
慌てて駆け寄る知世。
しかし、
「痛っ」
――知世もまた、気付いた時には頭をぶつけていた。
そうか、と知世は気付く。
ここは決してホテルの客室ではない。キャンピングトレーラーの中だ。
思った以上に天井が低いのは当たり前のことで、ベッドの上に立ち上がろうものならいとも簡単に頭をぶつけてしまうのだ。
「……っ、ぷっ……あははっ」
同じように頭を抱える知世を指差しながら、花奈は笑い声を上げる。
まさか助けに来たはずの知世が同じ状況を陥るとは思っていなかったのだろう。目に涙を浮かべながら笑っていて、知世は恥ずかしい気持ちに包まれる。
「そんなに笑わなくても」
「だって知世さん、私と同じことしてるんですもん」
「それは、まさかこんなにも天井が低いと思わなかったから……。それより花奈ちゃん、痛くない? 大丈夫?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。知世さんも大丈夫ですか?」
へらりと笑いながら問いかけられ、知世はコクリと頷く。
お互い大きな怪我にならなくて良かった。まぁ、知世はわりと派手にぶつけてしまったため、たんこぶにはなってしまうかも知れないが。
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